悪名の衣(二)

 洲崎楼の酒をほとんど飲みつくしてしまった一行は、仕方なく品川楼へもどる。飽きもせず、ふたたび酒宴をはじめた。

 本来は今日の夕方に帰るつもりでいたが、中村が小亀に深い未練をもっていて、


「ガムシンさん、もう一晩だけ流連しましょうッ」


と懸命に食い下がって譲らないので、


「仕方のない奴め。わかったわかった、そうしよう。あと一晩だけだぞ」


と承諾した。

 佳紫久がクスクスと笑い、小声で言う。


「小亀さんはお酒が強くて固いですから、一見では難儀なさると思いますよ」

「だろうな。どうだ、賭けてみるか」

「面白いですね。では私は、結ばれないほうに」

「それはずるいな。仕方ない、俺は結ばれるほうに賭けるとしようか。まァ、負けるであろうが」


 中村はあいかわらず小亀の脇を固め、何とか気に入られようと苦心している。

 小亀は笑ってはいるが、花魁の嬌態を一寸たりとも崩していない。まず無理であろうか。


「あの、新さま」

「何だ」

「もしよろしければ、先ほど力さんとなさっていたお話のつづきをお聞かせ願えませんか」

「芹沢さんの話か」

「ええ、そうです。芹沢鴨さんのお話です。尻切れでは、どうしても気持ちが悪くて」

「あんな話、女子のお前には退屈であろうに」


 佳紫久は微笑み、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、興味がございます。私は幼少から水滸伝や三国志演義などの武侠ものが大好きでしたから、どうぞお聞かせください。なかなか聞けるお話ではございませぬ」

「ほう。俺も読んだことがないというのに、それは大したものだ」

「その後、芹沢さんというお方はどうなったのでありましょう」

「あそこからは、湿った話に向かってゆくがよいのか」

「はい、お差支えないところまでで結構ですから」


 やはりこの者は、ただの遊女というわけでもないらしい。

 口調は穏やかであるが、さっきから目はとても真剣でいて、じっとまっすぐに新八を見つめている。

 京では芸妓に話を盗み聞きさせる奴らもあったが、どこかが差し向けてきた間者――というわけでもないだろう。新八たちが品川楼へ来るというのは、急に決まった話だ。なにより、争乱の渦中を渡り歩いてきた新八にはわかる。佳紫久にはそうしたがない。

 となれば、あくまで個人的な興味といったところか。酒も少しまわってきたから、面白おかしく語り聞かせてやるのもやぶさかではない。

 もしも万が一、佳紫久がほかに漏らしたところで誰も信じないだろうし、知ったからといってこれから何がどう変わるというわけでもなし。


「よかろう。今さら誰に知られても構わぬ内容ではあるが、酒飲み話として他言無用で頼むぞ」

「それはもちろんです。話す相手もございませんからご安心ください」

「変わった女だ」

「フフフ、よくそう言われます。知りたいのです。世の中がどのように移ろいできたのかを」

「ハハ、世の中の移ろいときたか。そのように言われると難しくなる。さて、どこから話したものか」

「――では、壬生浪士組ができた頃からお願いします。ささ、もう一杯どうぞ」


 外はすっかり夕暮れ時。

 中庭の上に四角く切り取られた天が、うっすらと紫色を帯びていた。


 文久三年三月。

 江戸にもどる清河と袂をわかって京に残留した者たちは、京都守護職会津候預りとなって壬生浪士組を結成した。与えられた役目は、京師の治安をみだす不逞浪士の取り締まりだ。

 ところが、当初わずか二十数名ほどにすぎなかったにもかかわらず、早々に内部抗争が起こった。

 当時、隊内には大きくわけて四つの群れが同居していた。芹沢一派と近藤一派があり、さらに殿内義雄一派、根岸友山一派というものがあった。殿内と根岸は近しく、それを芹沢と近藤が対抗する構図である。

 殿内義雄という男は、清河同様に昌平坂学問所で学んだ秀才で、折り目ただしき武家ゆえに浪士組取締役の鵜殿鳩翁から信任が厚い。

 またいっぽうで容保と鵜殿は、畿内周辺で集めた浪士らと壬生浪士組の合流を構想していたので、相応の経歴があって話が通じる者を隊長にすえようと計画してもいた。そこで殿内が適任だと考えていたのだろう。

 しかし当の鵜殿は、清河の一件について責任をとって辞職してしまった。よって殿内は、鵜殿の後ろ盾を失ったことになる。

 やいなや、上からものを言ってくる殿内を日ごろから嫌悪していた近藤は、清河らが江戸へ発った二日後の三月二十五日、殿内を泥酔させて斬殺する。これを見て身の危険を察知した根岸一派は、すぐに江戸へ脱走した。

 かくして壬生浪士組は、芹沢一派と近藤一派が中枢となるに至る。

 それから京坂で隊士の募集をかけてみたところ、続々と加入があって人数が膨らんでゆく。島田が入隊したのもこのあたりだ。

 体制は以下となった。

 

 局長 芹沢鴨、新見錦、近藤勇

 副長 山南敬助、土方歳三

 助勤 沖田総司、永倉新八、原田左之助、藤堂平助、

    井上源三郎、平山五郎、野口健司、平間重助、

    斉藤一、尾形俊太郎、山崎烝、谷三十郎、

    松原忠司、安藤早太郎

 調役 島田魁、川島勝司、林信太郎

 勘定 岸島芳太郎、尾関弥平、河井耆三郎、酒井兵庫

 

 さらに大人数が統率をたもってやっていくには憲法が必要だろうということになり、禁令も定められた。

 

 第一、士道にそむくこと。

 第二、局を脱すること。

 第三、勝手に金策をいたすこと。

 第四、勝手に訴訟をとりあつかうこと。

 以上、この四箇条を背くときは切腹を申しつくること。またこの宣告は、同志の面前で申しわたす。

 

 そうこうして四月になったが、局長三人は重要なことにはたと気がついた。

 何においても先立つもの、金子がまったくないのだ。端午の節句も近いというのに、皆が夏物さえ用意できず綿入れを着ている有様。

 人頭はそろってもこれでは動けぬ。

 三人は雁首をそろえウンウンと知恵を絞ったすえ大坂随一の富豪鴻池から借用しようということになり、さっそく芹沢、山南、永倉、原田、井上、平山、野口、平間の八人で赴いた。

 身なりがいかにもみそぼらしくて不逞浪士と大差がなかったために、番頭から強請に間違われてしまいもしたが、会津候預りということで何とか二百両を調達し、隊士たちの衣替えをすることができた。この時に芹沢の考案で、浅葱色のだんだら染めの隊服もあつらえた。

 よかったよかったと喜んでいたのもつかの間。

 後日、芹沢は会津藩の公用方から呼び出されてしまう。

 公用方曰く、


「大坂鴻池から金子借用して衣類を整えたとのことだが、これでは肥後守|(容保)の不明となってしまう。ついては二百両は当家から浪士組に用立てるから、鴻池にはさっそく返済いたすがよかろう」


と言い渡される。

 芹沢、新見、近藤らは「しまった」とはじめて気が付いた。

 以後は自覚をもって規律をひきしめ、将軍警衛と市中巡察、浮浪人や不審者の取り締まりにのぞむ。

 勘定方が苦心してやりくりしてくれたおかげで甲冑と手槍の数もそろいはじめ、日課として洋式の調練もはじめた。

 毎日、壬生浪士組が隊伍をととのえて通りをならび歩けば、自然と市中は落ち着きを取り戻してくる。薩長土の過激攘夷派の者たちも警戒して悪事を憚るようになった。

 とにもかくにも、壬生浪士組はいよいよ隊の形ができた。新八は心躍らせ、若い隊士たちに剣の稽古を激しくつけてやったものである。

 だが、すべて順風満帆に思えた壬生浪士組の船出であったが、陰りはすぐそこまで迫っていた。

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