第三章7 『売り言葉に買い言葉』

「えっ、まだあたし達の番まで時間あるの?」

 素っ頓狂な声を上げるトウフウに、受付の姉さんが愛想笑いを浮かべて言う。

「ええ、ちょっと試験に遅れが出ていまして。もうしわけありません」

「しゃーない。適当に時間を潰そうやか」

「そうね」


「ねえねえ、時間あるなら、試験がどうなのか見てみようよ!」

『何か対策が得られるかもしれませんし、ただ待っているより有意義かもしれません』

「おう、そうするか」

 あし等は受付口を離れ、会場へ向かった。


「戦闘試験って、どんな感じなのかしら?」

『聞くところによると、なかなかの鬼門らしいですが……』

「そうじゃのう」

 さっきから何人かあし等と同じ受験者らしき者とすれ違っていた。

 彼等の顔を占める感情は、大きく分けて二種類。

 緊張と落胆じゃ。


「……合格者はおらんのか」

「ん、どうしたの継愛?」

「いや、なんでもない」

 気付いていない様子のトウフウ。もなかも同様で、きょとんとしちょる。

 美甘は心配そうな面持ちであしを見てきた。

「大丈夫ぜよ。なるようになる」

 不安を押し隠し、あしは笑って言った。




 会場は以前来た時と同じぐらい人が入っとった。試験もそれなりに関心の集まる行事らしい。

 じゃけんどその観客の表情は一様に不満そうだった。


 その理由は試験官の亮大にある。

「次の人にはもうちょっと待っててもらっててぇ。お化粧が崩れちゃったのよぉ」

 そう言いつつ、大の男が戦いの旅に化粧を始めるのである。

 そりゃまあ、観客が苛立つのも当然ちや。


「……もしかして、試験の時間が大幅に遅れてるのってアイツのせいなの?」

「じゃろうな」

「ふぁああ、もなか眠くなっちゃったよ」

『ダメですよ。今眠ったら、夜寝れなくなっちゃうでしょ』


 無駄に長い時間をかけて顔面を整えた後、ようやく次の受験者が通される。

 そいたぁを見て、トウフウは首を傾げる。

「ねえ継愛。あの人、神を二柱連れてない?」

 受験者は試験前に指定の鉢巻きを頭に巻く決まりだ。だからそいたぁに付き従っているヤツは神ということになる。

「それはじゃな――」


「へっ、知らねえのか?」

 いきなり後ろから声をかけられて、あし等は驚いて振り返った。

 そこには松葉杖をついたスサノオがいた。

「おお、スサノオ! もう歩き回って大丈夫かや?」

「ああ。ホントはコイツだってもういらないんだが、医者のヤツがどうしてもって言うから仕方なくな」

「無理してケガが悪化したら大変じゃない。お医者の言うことは正しいわね」

「ったく。口が減らねえのは相変わらずだな」


 憎まれ口を叩いてる割には、スサノオは楽しそうじゃった。あし等と話すのはイヤではないんじゃろう。

『スサノオさま、神様が複数いらっしゃる理由をご存じなのですか?』

「ああ、その話だったな。実はこの試験ってのは、受験者側は神様を何柱でも使っても構わないってルールらしい」


「ええっ、そうなの!?」

「事前に渡した規則書に書いてあったじゃろうに……」

「だって、あれ印刷文字で全然墨の匂いしないんだもん」

 自分の怠慢を堂々と暴露するトウフウ。いっそ清々しい。


「にしても、スサノオはなんで試験の決まりを知っとったんじゃ?」

「何かを観戦するなら、基礎的な規則は知っといた方が楽しめるんだよ」

「スサノオお姉ちゃんも、お兄ちゃん達の応援に来たの?」

「ま、まさか。たまたま気晴らしに来たら今日は試験の日だったから、仕方なくひよっこ共の試合を観戦してただけだ」

『……ですが当日入場は受験者の関係者数名だけで、一般入場券は前日までの発売だったはずでは?』


 言うまでもないが、関係者は受験者と同時の入場でなければならず、スサノオはあし達とは入っとらん。

 スサノオは柿が熟すように顔を赤らめてそっぽを向いた。

「そうだったっけか?」

『はい』

「ふふふ。あんた、素直じゃないわねえ」

「るっせえなあ。ってか、肩の蛙はなんだよ?」

「若緑のこと?」


 トウフウの言葉に、スサノオの目がジトっとしたものに変わる。

「……まさかソイツ、お前が飼ってんのか?」

「ええ。さっき拾ったのよ」

「可愛いでしょー」


 もなかに同意を求められたスサノオは考え込むように眉間にしわを寄せ、頭を掻く。

「あー……、まあ、爬虫類の中ではマシ……なのか?」

「マシって失礼ね。お世辞なしでぶっちぎりで可愛いじゃない」

「……まさかお前の差し金か?」

 勘ぐるような目をスサノオが向けた時、もなかが「あっ、始まるよ!」と声を上げた。


 高台では青龍と二柱の神が向かい合っている。

 間(ま)もなく試合が始まった。

 二柱の神が同時に挑みかかる。

 じゃけんど青龍は冷静に水流弾を一発ずつ土手っ腹に打ち込んで、一瞬で決着をつける。

 その間、亮大はずっと手鏡を覗き込んでいて指示らしい指示は出していなかった。一応筆は持っているが、それを振るう気配は一切ない。


 受験者は茫然と立ち尽くしちょった。

 試合が終わったことに気付いた亮大は、そんな彼に向かって高笑いしながら言うた。


「残念ねぇ、実力が足りないみたい。あぁたみたいな子、ウチにはいらないから。とっとと帰って、マンマのおっぱいに顔を埋めて慰めてもらいなさい」

 気を失った神様が係官によって運ばれていく。

 受験者はすっかり失意の底に叩き落とされているのか自分で歩きだすことなく、係官が両脇を抱えて退場させとった。


「うわぁ、すっごく強いね」

「……変身すらしてないのに、二柱を相手に瞬殺だなんて」

「えげつないな。同じ神とは思えねえ」

 苦虫を嚙み潰したような顔でスサノオが吐き捨てた。

 あしもすっかり毒気を抜かれてしもうた。

 まさか同じ受験者が、手も足も出ないとは……。


「青龍と戦ってたヤツ等だって、実力的には中の上はあるんだぜ」

「それはまっことか?」

「ああ」

「……ねえ、ちなみにあたしは?」

「下の中ぐらいじゃねえの?」

「そんなあ……」

 トウフウはがっくりと肩を落とした。


 ふと高台を見やると偶然、亮大と目が合った。

「あら。あぁた達、尻尾撒いて逃げずに来たのねぇん」

 野太い大声であしとトウフウに語り掛けてくる。


 あしは立ち上がってヤツに言ってやった。

「ああ。おまんをぶっ倒しに来てやったぜよ」

「その蛮勇だけは褒めてあげるわぁ」

 亮大は妙にくねくねした動きで青龍を示し言うた。


「でも残念。この子は今日も試合は全勝。負け知らずなのよぉ」

「ほりゃ大したもんじゃがのう。字さえ書かない書字者風情が、あし等に勝てるとでも思うてるんか?」

「うふふ、吠えるわねえ。いいわ、とってもいいわっ! その度胸を買おうじゃない」

 やけに楽しそうに手を叩き、ヤツは両方の人差し指を向けてきた。

「あぁた達の相手をする時は、青龍たんの全力全開を見せてあげるわぁ。せいぜい楽しみにしてらっしゃぁい!」


 響き渡る、亮大の「オーッホッホッホッホッホ!」という笑い声。

 高台近くの観客は一斉に耳を押さえた。

『……継愛さま、大丈夫なのですか?』

 美甘の問いに、あしは答えることができなかった。

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