22: final scene

「おーっす新介」

 浅彦がにこにこ顔で教室に入ってきた。うちの教室は日が当たらないからこの時間は真っ暗。他の連中はもう着替えて体育館に行ってる。

「浅彦、ドア閉めろ」

「へ?」

 入り口に突っ立ってる浅彦の後ろで女子がキャーキャー騒いでる。俺はパンツ一丁だった。

「おっと失礼。お嬢さん方、もっと見たかったら金払ってからね」

 浅彦は愛想良くそう言った後、ガラスが割れそうな勢いでドアを閉めた。

 その時、俺は見た。浅彦が、すげえ顔するのを。なんつーか、軽蔑? とか、 嫌悪感とか、そういう系のキツイ顔。でも俺がそれにつっこもうとしたらもう元のにこにこ顔に戻ってた。

「今日はどーしたんだよ。寝坊?」

 浅彦は外人がやるみたいに肩をすくめて手をヒラヒラさせた。

「なあ、昨日もらったプリント書いた?」

 浅彦はそう言って俺の机に腰を下ろした。

「おまえ、踏んでる、俺のブレザー」

「おっと失礼」

 そう言って浅彦は俺の着替えを別の机に置いて自分が机に座った。俺は文句言うのをあきらめてジャージのズボンを履いた。

「おまえもう書いたの?」

「なにを」

「話聞けよー。昨日もらった進路相談のやつ」

「あー」

 そんなもんもあったような気がする。

「なに、新介って将来の夢とか決まってんの?」

「別に」

「受験とかすんの?」

「するだろ」

「なんで」

 俺は一瞬つまった。

「いや、親が大学くらい行けとか言うし」

「はー自分の意志でもねえのに」

 喧嘩売ってんのかと思って顔見たら、なんか妙なツラしてる。つーか……。

「おまえ、どうしたの」

 俺は、聞いた。普通っぽい声で。

 だってこいつ、泣きそうな顔してんだもん。

「新介、俺、変かな」

「は? なんだよ急に」

「俺、へん?」

 俺は考え込んだ。今の状態がヘンってコトなのか、本質的にヘンってことなのか。

「でもさ、俺ってそんなに変わってないと思うぜ。顔は前向いてるし、足二本あるし、指は全部五本あるし小指短いし、ジャンプ読んでるし、成績悪いし、 物理嫌いだし。フツーだろ? どこが異常なのか教えてくれよ」

 俺はTシャツから頭を出して、浅彦を見てビビった。

 泣いてる。

「なんだよ、おい」

 浅彦は無表情だった。でも涙が頬をつたってる。変な図だと、俺は思った。

「なあ浅彦、どーしたんだよ」

 俺は後ろの机に腰掛けて奴を眺めた。こいつ、こんな顔してたんだな。

「俺さ、前から考えてたんだ」

 浅彦は今気づいたみたいに涙を拭った。赤い髪をくしゃっと掴む。

「多分俺、生きてないんだ。なんで生きてるのかよくわかんねえし、目的とかねえし、見つかるとも思えない」

 浅彦が俺を見た。その目が、俺の目を見て、俺は動けなくなる。

「欲しい物なんてないし、やりたいこともない」

 俺は目を逸らした。


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