第6話「異国の商人ニコーロ=ポーロ」

 夜が明けて朝食を済ませた時光達は、すぐに調査に出発した。


 目的地は昨日、アイヌに変装した蒙古と遭遇した川である。そこで何かしていたという事は、何か企んでいる証拠が見つかる可能性がある。恐らく和人によるアイヌ誘拐にも関連していると時光達は睨んでいる。


 向かうのは、時光、丑松、オピポー、それに加えて知り合ったばかりのアイヌの戦士のエコリアチである。


 他のアイヌの戦士も近くまで来ているのだが、今回は調査なので少人数で良い。彼らは置いていくことにした。


 武装も、各人弓矢や太刀などを携行しているが、重い鎧は集落コタンに置いて来た。


 一行は警戒し、いつでも矢を放てる様に、心の準備をしながら進んだ。


 イシカリの平野は背の高い草が生い茂っているものの、身を隠しながら進める様な場所ではない。


 起伏にも乏しいため、もしも山に監視を置かれていたら、1里先からでも気付かれてしまうだろう。


 とはいえ警戒し過ぎても何も出来ないので、肚を決めて進むしかない。


 武士である時光と丑松はその様な考え方が染み付いているし、エコリアチは仲間の危険が彼にこの決心をさせている。


 単なる案内人のオピポーは……個人的な資質なのだろう。文句は何も言わなかった。


 時光達の決意とは裏腹に、特に妨害は無く目的地にたどり着いた。


 いると思っていた蒙古はおらず、時光達を待ち受けていたのは、昨日先に帰って行ったはずの人足達であった。


 物言わぬ骸と化していたが。


 人足達は皆それぞれ、この辺りの木に縛りつけられており、何本もの矢が刺さっていた。


「これは……何と残忍な……」


「ひい、ふう、みい……俺達が雇っていた人足は全員死んだか。やはり蒙古の仕業かな?」


「……」


 死体を目の前にしても冷静な時光の態度に、エコリアチは少々引き気味である。


 エコリアチとて厳しい自然の中で動物と命のやり取りをしたりしているし、他のコタンとの争いで人死にが出ることもある。生死はそれなりに見てきている。


 そんなエコリアチでも、切った貼ったを商売にしている武士とはやはり考え方が違うのだ。


 人足達の無惨な姿に時光達は気を取られていたが、不意に後ろから足音がした。かなり近寄られており、もしも敵だったら不利な戦いを強いられていただろう。


 現れたのは、赤い髪に青い目をし、見慣れない服装をした男達だった。人数は3人だ。


 明らかに日本人ではないし、アイヌでも、蒙古でもない。


「何者だ! 名を名乗れ!」


 丑松が矢をつがえながら鋭い口調で誰何した。


 矢を向けられても3人は落ち着いた様子である。


「失礼した。私は旅の商人のニコーロ=ポーロ。こちらが弟のマフェオです。こちらはグリエルモと言いますが、あなた方に分かりやすい表現をすれば、坊主ですね」


 敵意を感じさせない様子を見て丑松は弓矢を下ろした。


 明かに外国人なのに、流暢に日本の言葉を使うニコーロに、時光は感心した。


「お前達、箱館の港で見たぞ。ここに何をしに来た?」


「商人のすることと言ったら、商いに決まっておりましょう? この地域に交易を盛んにしているアイヌの集落があると聞いてやって来たのです。こんな事になっているとは予想外でしたが」


「そうか。災難だったな。残念ながら商売どころじゃない。帰った方が良いだろう」


「その様ですね。しかし、この方々のご遺体は、せめて弔ってあげましょう」


 ニコーロの提案に同意した時光達は、縄を解き人足達の死体を木から下ろして行った。


「ところでなぜこの様なことをしたのだと思う?」


「そうですね。恐らく娯楽ではないでしょうか? 的当て感覚なのでしょう。もしも見せしめだったらもっと目立つ様にするでしょう」


「そうだな。俺が見せしめをするとしたら首でも刎ねて、もっと高いところに吊るすだろうな」


「腹を切り裂いて引き摺り出した臓物で木に縛るというのも、見た者に衝撃を与えて良いでしょう」


 エコリアチは2人の会話を側から聞いていて、更に引いていた。戦いが生業の時光はともかく、商人のニコーロまでこうであるとは、蝦夷ヶ島の外の世界は余程殺伐としているのだろう。


 死体を下ろしていた時光であったが、ふと何かに気がついて人足の顔を観察し、上衣を剥ぎとった。


「お、おい。何をするんだ? おわっ!」


 エコリアチの疑問の声に気を止めず、時光は懐から短刀を取り出すと、死体の腹を一気に切り裂いた。


 腹からは臓物がぞろりと流れ出す。


 時光はその臓物も切り裂き、その中を調べている。


「……」


 エコリアチは声も無い。時光の従者である丑松は時光の作業を手伝い始め、更には異国の坊主であるというグリエルモも動じる様子も無く参加して来た。坊主という者は、洋の東西を問わず、人の生き死に慣れているのかもしれない。


「あったぞ!」


「ほう? これは興味深い」


 時光が死体の臓物を漁って見つけ出した物、それは小石ほどの大きさの金であった。

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