第5話「アイヌと吉里迷」

 オピポーの仲裁により戦いを中断した時光とエコリアチは、集落コタンおさの家に来ていた。


 見張りは丑松に代わり、時光、オピポー、そしてエコリアチが車座になった顔を突き合わせている。


「では、この和人は我々に害を成す存在では無いということで良いのだな?」


 エコリアチはオピポーに念を押す様にして尋ねた。


 くどい様だが、コタンが壊滅的な状況にあるという異常事態においては、当然の行動と言えるのかもしれない。


 むしろ、よく信じる気になったくれたと言うべきだろう。これは、エコリアチの頭の回転の早さと、オピポーの信頼性の両方によるものだろう。


「では教えてくれ。和人が敵とはどういうことなんだ? この集落は和人との交易で栄えていると聞いているが」


「ああ、それは……」


 エコリアチの言う事にはこう言うことだった。


 時光達和人が蝦夷ヶ島えぞがしまと呼ぶ北方の島——現代日本人にとっての北海道——の北には、大きな島があり、その島をアイヌはカラプトと呼んでいる。その島には昔からギレミ——漢人の文字で「吉里迷」と書く——が住んでおり、かつては蝦夷ヶ島に攻撃して来たこともある。


 その際、時の和人の王が遣わした将軍の協力もあって、ギレミの襲来を押し戻し、今では逆にアイヌがカラプトまで勢力を伸ばしている。


 と言っても、最近ではそこまで互いに衝突することはなく、交易を通じてある程度友好的な関係を築いていたはずだった。


 アイヌの和人に対する有力な交易品である鷲の羽も、かなりの数がギレミが採った物をアイヌが買いとって和人に売っているのだ。ギレミは大陸にも居住しているため、カラプトのギレミとの交易によって大陸の産物を入手することも可能である。アイヌにとって非常に有益であった。


 しかし、最近になって状況が変わった。


 5年前、モンゴル帝国——時光達の言うところの蒙古——が勢力を伸ばして来て、大陸とカラプトのギレミをその傘下に収めてしまった。


 そして4年前、ギレミ達はモンゴル帝国にこう訴えた。


骨嵬くいが毎年の様に侵入して来て困っている。助けて欲しい」


 骨嵬とはギレミ達のアイヌを指す言葉である。当のアイヌは困惑した。確かにアイヌはカラプトにまで勢力を拡大した。しかしそれはかなり昔の話だ。ギレミの訴えは大袈裟過ぎでは無いのかと。


 しかし、重要なのはギレミ達の訴えによって、実際にモンゴル軍が押し寄せて来てしまったと言う事だ。


 最初はモンゴル軍はアイヌに対して贈り物をして懐柔しようとしていた。しかし、次第に蝦夷ヶ島や日本の情報を聞き出そうとしてくるので、アイヌはモンゴルの真意を疑い始めた。


 そして最近になって、カラプトのアイヌのコタンがモンゴル軍によって襲撃される事態にまで発展した。


 カラプトのアイヌはその多数が制圧されてしまったのだが、これに対抗するため、現在蝦夷ヶ島のアイヌの戦える男達が集結して、カラプトの対岸に集結している。


 そのため、コタンには女子供、老人しか残っていない状況だったのだが、そのコタンから急報が集結したアイヌの戦士団にもたらされた。


「和人がコタンを襲い、残っている者達を連れ去った」


 この知らせにアイヌの戦士団は騒然となった。


 当然の事である。後方が脅かされていては目の前の敵に集中できない。被害を受けたコタンの者は連れ去られた仲間が心配だし、そうで無いコタンの者は自分の集落も同じ目に遭わないか気にかかる。


 更には連れ去られたコタンの者は仲間を人質にされて裏切るのでは無いか? とか、逆に被害を受けていないのは裏で通じている証拠では? などと疑心暗鬼が広まって、とても一致団結、まとまって戦える状態ではない。


 その状況を解決するためにエコリアチを代表とする調査隊が派遣され、一足先にエコリアチは自分の集落を調べるために戻って来たのである。


 そこで遭遇したのが和人である時光達なのだ。


「話は分かった。しかし、集落を襲った和人というのが気になるな。実は蒙古の変装ではないのか?」


「いや、トキミツさん。知らせて来たのはこのイシカリの者だ。我々は和人との交流があるから間違える事は無いはずだ」


「そうか……」


「そうだ。だから本来ならトキミツさんのモンゴルへの調査を協力したいのだが、今はその様な状況にない。そしてトキミツさんが北に行って戦士団と合流しても和人に対する疑念がある以上、誰も協力しないだろう」


 エコリアチの言葉に対して、時光は即座に返答した。


「ならば、逆にこちらが協力しよう」


「それはありがたいが……構わないのか? 敵はトキミツさんと同じ和人なのだぞ?」


「構わない。アイヌと協力して蒙古を調べるのが、執権の北条時宗様から与えられた使命なのだ。それを阻むのは、例え和人であったとしても敵だ」


「そういうものか」


「そういうものだ。それに俺達は昼間に、アイヌに変装した蒙古人を見た。恐らく今回の件に関係があるに違いない」


 蒙古人の蝦夷ヶ島での活動、これは日本に対しても良くない動きに決まっているのだ。それに和人が絡んでいるとなれば、ますます見過ごす事は出来ない。


 夜が明けてから、調査をするという事に決まって会合はお開きになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る