序章 夏の足音

風見久継(かざみひさつぐ)

「お兄ちゃん、就職おめでとー!」


 家の中に、クラッカーの音が鳴り響く。


「うっさいなー。もう夜だぞ、茜。それに、この前卒業祝いしてもらったばかりじゃないか」

「それはそれで、これはこれ」


 明日から、図書館で仕事をすることになった。


「はい、プレゼント」

「プレゼントもあるのか。開けるぞ。」

「いいよ」


 開けてみるとそこには、きらりと光る先端と、スマートな黒いボディの、ボールペンがあった。


「いいなこれ。明日から使わせてもらうよ」

「マジ?よかった~。喜んでくれなかったらどうしようかなと」


 僕たち兄妹は、鬼族の父と、ヒトの母との間に生まれた。つまり、ハーフみたいなものだ。


 父も母も、あの戦争のことを覚えている。


 モノノケがこの世界にやってきたのは、およそ1600年前とされている。突然扉が開き、たくさんのモノノケが入ってきたそうだ。最初は警戒したが、徐々に打ち解けていった。


 しかし、それと同時に、差別も進行していった。


 そしてついに、30年前、ヒトが北側、モノノケが南側に陣地をとって、戦争が行われた。モノノケ側は、魔法や肉体の改造を使い、ヒト側を圧倒した。一方の人は、現代武器で、モノノケ側にたくさんの死者を出させた。勝負は拮抗し、一向に決着はつかなかった。両リーダー同士は、何度も話し合いを重ねたうえで、戦争の開始から1年後、和解が成立。


 その後、人類、モノノケ両方が共生できる社会を目指して、ヒトの阪上市長が就任した。


 すると、梨浜は著しい発展を遂げた。差別はほぼなくなり、建物も再建された。しかし、双方の犠牲は、一生償うことはできない。誰でもわかるようなことだが、それだけあの戦争は残酷なものだった。


「明日早いんじゃないの?」

「そうだな。風呂入ってもう寝るよ」


 たびたび両親聞くことはあったが、絶対に忘れてはならない、あの戦争は、二度と繰り返してはいけない。それが、この地に生まれた子供たちへの教えだ。



「以上で、説明は終わりだけど、何か質問ある?」

「いいえ、特に」

「そう。じゃ、さっそくだけど、カウンターよろしくね、期待してるよ」

「わかりました」


 館内の案内は、意外と早く終わった。本格的に仕事が始まるのが少し早い気もするが、僕とすれば大歓迎だ。


「よろしく、新人くん」

「よろしくお願いします」


 こうして、ヒトとモノノケが同じ空間で一緒に仕事をするということは、考えられなかったと、前に父は言っていた。そう思うと、戦争を知らない僕でも、この空間のありがたみを感じる。


「これ、お願いします」


 最初に僕のカウンターにやってきたのは、黒い髪の少女だった。目の色から察するに、きっとモノノケだ。


 本のタイトルは、『梨浜の400年』。この一冊だけを、彼女は借りようとしていた。


「おい、あれを見ろ!」


 突然声が聞こえた。館内にいた大勢のヒト、モノノケが、一斉に入口へ殺到した。


 それを見た瞬間、僕は息を呑んだ。


 熊津神社から、一筋の白い光が、ただまっすぐと、空へ向かって伸びていた。

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