第2話 生島総一郎の場合

彼――――――生島総一郎きじまそういちろうは”魔法”を発現するのが早かった。

五歳の頃には”魔法”を自覚し、その恩恵は【筋力の強化】だった。

発見が早かったこともあり、幼い頃から生活の全てに制約が設けられた。

”魔法発現者”の中でも恩恵が確定した者に装着が義務付けられているリストバンドを見て、彼は大きく溜息を吐いた。


幼い頃から感情を抑制・コントロールする事を叩きこまれた。

一時の怒気で手を出せば総一郎の場合、相手を即死させる事など容易い。

そうした危険を孕んでいる事等から総一郎は学校には通わず、常に通信制の授業を余儀なくされていた。


両親、兄姉、家族までもが総一郎を異端視した。

古くから続く地元の名家だった総一郎の家は殊更に”魔法”に目覚めた総一郎には冷たかった。

離れに用意された自室に食事を届けられる毎日、部屋から出ればお手伝いさんにも怯えられ、総一郎の心はどんどん死んで逝った。


そんな中、家族で唯一総一郎の事をちゃんと見てくれる存在もいた。

それが祖父の生島玄冬きじまげんとうだった。

彼は休日になると自分が師範を務める剣道場に彼を呼び出し、稽古をつけた。

幼い総一郎には過酷にも思える稽古だったが、時に厳しく、時に優しいそんな当たり前が、総一郎には新鮮だった。


「総よ、お前には周囲がどうかしてるように見えてるかもしれん。だがな?これから先、きっと総と同じような境遇の、似た様な奴らがきっと現れるだろう。その時にはそうした連中の助けになってやれるように今から強くなっておけ、それは早くに”魔法”を目覚めさせた総にしか出来んことだ」


まだその頃の総一郎には良く分かっていなかったが、大好きな祖父の言葉を総一郎は胸に刻んだ。

玄冬はしっかりと頷く孫に、顔を綻ばせ大きな手で頭をがしがしと撫でた。





総一郎が中学に上がる頃、その祖父が他界した。

しかし家族は総一郎を葬儀に参加させることは無かった。

”魔法発現者”に対する偏見は日本の地方にはまだ根強く残っている。

葬儀が終わり、遺骨も全て墓に納められた後、この事実を知らされた総一郎は、この時ばかりは感情を抑えることが出来なかった。


「うああぁぁぁぁぁぁぁ…………――――――!!!!!」


彼は制止するお手伝いさんたちを引き摺りながら、家族が居るであろう居間へと向かった。

そして総一郎は怒りのままに、家族に”魔法”を向けた。

兄姉を投げ飛ばし、母を払いのけ、父の胸ぐらを掴んで宙に浮かせる。

苦悶の表情を浮かべる父親に対し、総一郎の心は凪いでいた。


このままコイツを殺してしまおうか…………――――――。


そんな考えが浮かぶも、過ぎったのは笑顔の祖父だった。

総一郎の目からは止め処なく涙が溢れ始める。


「化け物め…………」


父の言葉に総一郎の中で何かが切れた。

そのまま父を床に叩きつけると、


「僕には、お前たちの方がよっぽどバケモノだっ!!」


そう声を張り上げ、”魔法”を宿らせた左手で父を抑えつけたまま、”魔法”を解除した右手で父の顔面を何度も何度も殴りつけた。

それを止められる者は何処にもいなかった、そして彼が虚しさによって殴るのを止めるまでそれは続いた。


この一件により総一郎は家を追い出された。

それは総一郎の望む処でもあった為、彼は喜んでその提案を受け取った。


代わりに用意されたのは八畳一間のアパートの一室、今日から此処が総一郎の家となった。

本来であれば勘当されたり、施設に入れられる事を想定していた総一郎だったが、仮にも名家と呼ばれた生島家、世間体を気にした結果だった。


「今更、世間体も何も無いだろ」


アパートで自分に荷物を解きながら、総一郎は独り言ちた。

箪笥の上に祖父の写真を飾り、静かに手を合わせる。

総一郎にとって優しい祖父であり、恩人であり、師匠でもあった彼に手を合わせるこの時間だけは、全てのしがらみから解放されたかのような穏やかになれる時間だった。


寡黙な少年に育った総一郎の家族は彼一人だけだ。

生活費を納めている両親は、只々総一郎が恐ろしくてとして考え、支払っているようだった。

その事を思い出してしまい、途端にないでいた心が荒れ始める。

普段から表情の変化にも乏しい総一郎も、この時ばかりは顔を顰めた。



そして彼にとって少しわくわくする事があった。

それが学校に通えることだった。

中学生となった総一郎は初めての制服に戸惑いながらも、これから三年間通う事になる中学校の門をくぐった。

期待していたほど何かがあったわけじゃない、正確に言えば何も無かったと言うべきか。

彼が”魔法発現者”であるのは事前に学校に知らされていて、対応に苦慮した学校側は彼一人だけの特別クラスを設けた。


「通信教育と変わらないじゃないか」


日常系のマンガやアニメで繰り広げられた世界を期待していた総一郎は、幻滅し、絶望した。

一般生徒に混じって何かをするという機会すらも与えられず、体育は見学、時々一人で器械体操やランニングをするくらい。

校外学習や修学旅行、課外授業も一人ぼっち、引率の先生も今年教師となったばかりの若干腰の引けた女の先生で、体よく押し付けられたのは誰が見ても明らかだった。


そんなされる総一郎を、周囲の一般生徒は快く思わなかった。

休み時間のたびに教室の外から奇異の目で見られ、嘲る言葉と嗤い声が響く、それでも総一郎の心は凪いでいた。

これが玄冬の教えの賜物なのだと実感し、彼の教えがきちんと自分の中で生かされている事に嬉しさを感じていた。




「生島君は進路、どうするんですか?」


最早総一郎の担任教師と言っても過言ではなくなった新任教師、深山玲みやまれい先生が強張った表情で問いかけてくる。

相変わらずこの先生は総一郎にビビっていた、がしかしこれでも大分マシになった方なのだった。


「一応進学を……とだけは考えています」


総一郎の成績であれば何処の高校でも問題無くは居ることが出来る、但し彼には”魔法”というハンデがあった。

未だ日本国では”魔法”を良い評価とされない、海外の国々では最早才能や個性の一つとして捉えられているところも決して少なくないというのに。

”魔法発現者”受け入れをぢ大々的に謳っている学校にしても、今の総一郎の扱いとほとんど変わらないのが現状だった。


「そうですか、”魔法”のある子が通える学校と条件を付けても、生島君の成績ならばどこを志望しても問題無いでしょう」


深山はそう言ってやんわりと微笑んだ。

本来であれば三者面談のこの場に親が同席するはず、なのだが生島家は「全て本人に任せます」の一点張りだったそうだ。

それを聞いた総一郎は嘲るように鼻で笑うだけに止めた。

予想通り過ぎて呆れさえも通り越して、その徹底ぶりに感心していた。



家に帰り、灯りをつける。

鞄を放り出し、制服が皺になるのも構わずにベッドに仰向けになった。


いつも通り心は凪いでいる、しかしよくよく自分に向き合ってみると微かに波紋があるような気がする。

本当は解っていた、”魔法”があるというだけで進学先さえもその選択肢は狭まる事に総一郎は納得がいっていなかった。

まだもう少し先の事ではあるが、考えなければならない事に自然と気分は沈んだ。


「”魔法”なんて無ければ良かったんだ……………」


その呟きはすぐに掻き消えた。

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彼らは”魔法”を否定する 暑がりのナマケモノ @rigatua

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