2-3 代償つきの愛

 それから、彼女はラフォーンヌ家の養女として過ごすようになった。男っぽい口調は直され、正しい作法を教えられ、難しい文字や言葉を覚えさせられた。頭は良くないけれど物覚えだけは良かった彼女は、一か月もする頃にはそれなりに作法を身に付けられた。

 ある日、彼女はアルクメネに訊ねられた。

「そう言えば、リノヴェルカは風の魔法が使えるのよね?」

 はい、お母様、とリノヴェルカは頷いた。

 この家の養女となった以上、彼女はアルクメネを母と呼ぶようにしなければならない。

「私は天空神と人間の間に生まれた亜神なのです。私は天空神の持つ力のうち、風の力を受け継ぎました」

「その力で、私を助けてくれたのよね?」

「はい」

 頷くリノヴェルカに、見せてほしいわとアルクメネは懇願する。

「何もしない子を養い続けることはできないの。あなたは風の魔法で何が出来るの? あなたにもお仕事を割り振りたいのよ」

 問われ、リノヴェルカは少し考える。レースとフリルに包まれた袖を上げ、指をついと動かした。

 すると、そよと風が吹きアルクメネの頬を撫でた。

「危険なものもあるので、今ここで使えるのはこれくらいです。でも他には……風の刃でものを切り落としたり、いつかお母様を助けた時のように突風を吹かせたり、あとは小さな竜巻くらいなら起こすことが出来ますし応用も利きます」

 それはすごいわね、とアルクメネは驚いた顔をした。リノヴェルカは気付かない。その瞳の奥に潜む、企みの光に。

 なら、とアルクメネが目を輝かせてリノヴェルカの手を握る。

「あなたにお似合いのお仕事……あるわ。やってくれるかしら?」

 アルクメネの言うことだ、きっと変なことは押しつけまい。

 はい、とリノヴェルカは頷いた。

 そして、

 知った。


  ◇


「今日からここで働くことになったリノヴェルカよ。仲良くしてあげてね」

 アルクメネに連れられたのは、どこか殺伐とした雰囲気のある建物。

 アルクメネはリノヴェルカに言った。

「風の刃……面白い力よね。私の部隊に魔導士は少ないの。おまえの力はきっと、役に立ってくれるわ」

 混乱し、リノヴェルカは問うた。

「部隊? 私は……どこに行くことになるのですか。私は何をすればいいのですか」

「簡単よ、リノヴェルカ」

 アルクメネの桃色の瞳に邪悪が宿る。

「おまえには戦ってもらうのよ。私の軍が勝つように、おまえには勝利を導く役目がある。たくさん功績をあげたら私は、おまえのことをもっと愛してあげるわ。でも私に逆らうようなら、おまえとは縁を切ります。わかったわね?」

「待って下さい!」

 立ち去ろうとする背中に、呼び掛けた。

「戦争? 軍? そんなの……そんなの、聞いてません! 私は私は……!」

「もっと違うお仕事だと思っていた? 残念。そもそも神でも人間でもないおまえが、普通の人間のように愛されるとでもお思いかしら。おまえが愛されるにはね、それだけのことをしなくてはならないの。命の恩人に対する恩は返したわ。夢のような世界、楽しかったでしょう。でもそれはそれ、これはこれなのよ」

 縋るように伸ばしたその手を、アルクメネは振り払いリノヴェルカを突き飛ばした。突き飛ばされたリノヴェルカは、無様に地面に転がった。

「お母様……どうして……」

「愛されたいなら頑張ることね」

 嘲笑うように鼻を鳴らし、アルクメネはいなくなった。

 呆然と残されたリノヴェルカの肩に、手がかかる。

「まぁそんなわけだから、頑張りな、お嬢ちゃん」

 あちこち破れた服を着た男が、笑い掛けた。


  ◇

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