その七

 チャイムの音は鳴りやまない。

 嫌がらせのような連打が続く。


 高宮秋子は少し蒼ざめながらも立ち上がってドアを開けに行った。


 ドアを開けると、向こうから脅しつけるような声が二人分聞こえ、足音も荒々しく、こっちに近づいてきた。


 一人は先日の肥った男、もう一人は角刈りで背が高く、額に見事なそり込みを入れた、こっちも”まあそんな稼業にしかつけないだろうな”という人相の男だった。


『あ、兄貴・・・・いえ、社長、こいつですぜ』肥った男が腫らした両目で俺を見ながら、少しビビったような声を出した。


『あんたか・・・・探偵にしちゃ、随分荒っぽい真似をしてくれたな?』


『売られた喧嘩は買うのが主義でね』

 俺はそっぽをむき、麦茶を飲み干し、そう答えて立ち上がった。


 彼は『××興業社長、権藤』と、自分で名乗った。


『なるほど』

 俺は答える。

『カタギでないというのは分かった』

『だったら話は早えな。秋子・・・・いや、ウチの”かなえ”をあれこれ詮索するのは止めてくれねぇか?』

『断る、といったらどうするね』

『こいつにやられた以上に痛い目を見ることになるな。断っとくが俺はこいつ(と、彼はアオタン男をちらりと見た)よりははるかに強いぜ』

 俺はポケットを探り、シガレットケースの蓋を開け、シナモンスティックを一本咥えた。


『止めておいたほうがいいと思うがな。俺は探偵だぜ?』

『ほざけ!』


 権藤はそう叫ぶと、懐からコルト・パイソンの4インチを抜いた。

 俺のM1917はそれより僅かに遅かったが、銃口は既に奴の眉間を向いていた。


『だから言ったろう?俺は探偵だって。免許持ちは銃器の所持、携帯、使用は正式に許可されているんだ。それに抜いたのはあんたの方が早かった。警察おまわりと探偵は相性はお世辞にも良くないが、この場合どっちの言い分を信じるか。よく考えてみな?』


 権藤は苦い顔をして拳銃をしまう。


『・・・・何が望みだ?』

『別に、何にも望んじゃいない。ただこれ以上彼女を食い物にするのは止めてもらえないか。それだけだ』


『証拠はあんのかよ?!』


 青タン男が間抜けな声を上げた。

『分かるかな?これ』

 俺はポケットに手を突っ込み、ICレコーダーを取り出し、ジャケットの襟を叩いて見せた。

『特注で作らせたもんでね。ワイヤレスマイクで会話の一部始終を全部拾っているんだ。兄さんらの脅し文句、警察おまわりに持っていったら、さぞかしいい土産になるだろうな?××興業といやあ、確か黒堀一家の・・・・』


『もういい、分かった。かなえ、あんたは今日で首だ。これで文句はなかろう?』


『物分かりがいいな。兄さん』


 権藤はぶすっとした顔で、青タン男に、

『行くぞ』といってから、肩をそびやかして家を出て行った。


『すまなかったな。あんたの飯のタネをっちまって』


 彼女はほっとしたように首を振った。


『いえ、もういいんです。そろそろ潮時だと思っていましたから、有難うございました』

 彼女は座布団の上に座り、俺に向かって深々と頭を下げた。


 




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