テレビドラマ脚本「タヌキ君のコンピュータ」

Mondyon Nohant 紋屋ノアン

 

  登場人物及び動物

片倉哲朗かたくらてつろう(22)八王子大学の学生。人気ゲーム『捕らぬ狸の皮ベルト』の作者。

狸   (?)高尾山出身。御殿動物園脱走者。

三田慶雄みたよしお(40)一部上場企業ドリームトイのCEO(二代目)。

高田聡大たかだあきひろ(65)ドリームトイ取締役企画開発部長。先代からの社員。

神田宣修かんだのりまさ(28)からくり人形劇団座長。

神田明代かんだあきよ(20)宣修の妹。


○ 小型トラックの荷台

   ガタゴトと荷台は揺れる。

   幌の隙間からわずかに入り込む光が、段ボールの箱に印刷された文字を照ら

   している。荷はパソコンである。

   運転席からラジオの音声が漏れる。

アナ「これにより日本の情報産業のより一層の活性化が見込まれるもようです。

 え~次は……ただいま入りましたニュースです(ペーパーノイズ)本日午前十一

 時ごろ、東京世田谷の御殿ごてん動物園から、タヌ……タヌキィ?

 (しばらく沈黙の後、気をとりなおして)失礼しました。タヌキが、逃げだした

 もようです」

運転手「平和な国だなあ、この国って」

助手「まったく」

アナ男「(以下、平和を絵に描いたようなアナウンス)本日午前十一時頃、飼育係

 の東山ひがしやまさんが餌を与えに行き、この狸の失踪に気が付いたそうです。檻が開けら

 れた形跡はまったくなく、狐につままれたような話だということです。この狸は

 体長が五十セ ンチ位、焦げ茶色の日本狸で、人を化かすようなことはないという

 ことですが、見かけた方は御殿動物園まで連絡をして頂きたいということでし

 た」

   段ボールの陰から狸が顔を出す。

   と、ブレーキ音。停止するトラック。

運転手「こんちわぁ、OA運送です。片倉哲朗さんにお届けものなんですが」

   狸、オロオロ。

   ふと、段ボールに目をとめる。


○ ドリームトイ社長室

   最先端企業の社長室。

   この部屋とは相性あいしょうが合わない雰囲気の高田、穏やかな表情で立っている。

   開発部長というよりは工場長といった感じである。

   プロジェクトXに出演したら似合うかも。

   窓際に立つ青年社長の三田。米国帰りの経営学修士って感じ。高田に背を向

   け、窓の外を見ながら、

三田「彼、片倉哲朗って名前でしたっけ、何処の学生ですか?」

高田「八王子大学という……」

三田「パー大? ほう!(意外)…とすると、文系だ」

高田「はい」

三田「うちの開発部に、入れてあげようじゃありませんか」

高田「社長、企画開発部は、工科系の大学院くらいは出ていてもらわないと」

三田「(振り向く)開発部長。毎日九時から五時までお茶ばっかり飲んで月五十万も

 給料ふんだくっていく工学修士様と、月に七億を稼ぐテレビゲームを、たかが二

 週間で開発してしまった文学部の学生と、どちらが会社にとって有益だと思いま

 す?」

高田「後者であります」

三田「じゃ、内定ということで、片倉君には話をしておいて下さい」

高田「問題は……ですね、社長、本人が、はたしてウンと言うかどうかで」

三田「断わるわけないじゃないですか。うちは就職試験の倍率二百倍の人気企業で

 すよ」

高田「それが、片倉君、ゲーム開発の仕事があまり好きでないようで」

三田「割に合わないってことですか?」

高田「はあ?」

三田「給料に不服があるんでしょ。当然です。じゃこうしましょ。固定給プラス歩

 合給でどうです。ゲームの売上のコンマ三パーセント…」

高田「いえ、そんな青年ではないんです」

三田「どういう事情があるのかは知りませんけどね、他社に取られでもしたら、

 大変ですよ。ゲーム開発の才能は、うちの社には絶対に必要です。どんな手段

 を用いても、片倉哲朗はうちに就職させてください。実弾を使ってもらっても

 結構です」

   と、小切手帳を机上に出す。


○ ドリームトイテレビゲーム開発室

   パソコンを相手にゲーム『捕らぬ狸の皮ベルト』に興ずる研究員。

   それを見物する他の研究員。少し離れて、哲朗が机を拭いている。

   ディスプレイの中では狸のキャラクターが屋台を引っ張りながら、右へ左

   と動き回る。

   社長室から帰ってくる高田。

   ドアを開けゲームに熱中する研究員たちに呆然。

研究員A「片倉君、シーン5なんだけどね。屋台を出すのは銀座? それとも、永

 田町?」

哲朗「タヌキうどんの屋台ですから、当然、永田町です」

研究員A「なるほどなあ、巧く出来てるゲームだ。片倉君、どうしたらこんな凄い

 ゲームがつくれるんだい?」

高田「人の作ったゲームで遊んでるうちは、無理だろうね」

   首をすくめる研究員達。

高田「片倉君、ちょっと」

   自分のデスクへと誘う高田。

高田「今日でアルバイトを辞めたいって話だけど」

哲朗「すみません。そろそろ卒業の支度をしないといけないので」

高田「アルバイト辞めなくともいいようにしておいた」

哲朗「?」

高田「在宅勤務ってやつだ。部屋に帰ったら、そこに在るのと同じコンピュータが

 届いているはずだ。今までのバイト代百万、君の銀行口座に振り込んでおいた。

 それから、開発費をとりあえず二百万、合わせて三百万」

哲朗「三百万円も! 何の開発費ですか?」

高田「(もちろん)『捕らぬ狸の皮ベルトパート3』の開発費だよ。足りなかった

 らもっと出す。それから、会社への連絡はEメールでかまわんよ。いちいち来て

 たんじゃ、時間がもったいない」

哲朗「はあ」

高田「それから社長がね、この会社に就職してくれって。悪くない話だと思うよ」

哲朗「・・・この会社に入るのは夢だったんですけど、ただ・・・」

高田「キーボードを叩くのは嫌か。会社が君にやってもらいたい仕事と、君が会社

 でやりたがっていた仕事、違うもんな」

   部屋の隅をみる高田。棚に木の玩具(狸の人形)が飾ってある。


○ 哲朗の部屋

   貧乏とは何か? という問いに対し、明確に答えてくれる部屋。

   建つけが極端に悪いために、開いてくれない窓。

   外に出られない狸がウロウロしている。

   片倉哲朗は木工が趣味らしい。木で作った(つくりかけも)模型や、木彫

   が山ほど置いてある。どれも高レベル。

   分解されたからくり人形が座卓の上に置いてある。

   帰宅した哲朗と大家がドアの外で話している。

   慌てて段ボールのなかに飛び込む狸。

大家「片倉さん、荷物がとどいてたわよ。おっきなダンボール。部屋の中に入れと

 いたから」

哲朗の声「あ、いつもすみません」

   哲朗、入室。

   入口の段ボールに目をとめる。

哲朗「これか、高田さんが俺にくれるってPC」

   座卓の前に引っ張って行き、PC本体やモニタを机上に置く哲朗。

哲朗「なんだこれ?」

   箱の底に、もう一台、同型だがひとまわり小さい茶色のコンピュータが  

   うずくまっている。

哲朗「予備のコンピュータかな?」

   木の葉のようなネームプレート。

   『予備のコンピュータ』と書いてある。

   コンピュータヌを取り出す哲朗。

哲朗「見たことない製品だな。新製品?」

   ネームプレートが手に触れる。

   『新製品』と書いてある。

哲朗「なんか温ったかいな、このPC」

   コンピュータヌの背には尻尾がついているが、哲朗は気付かない。

   コンピュータとコンピュータヌの電源コードを引っ張り、プラグをコンセン

   トに挿し込む哲朗。先ずコンピュータの白いプラグ。次に、コンピュータヌ

   の茶色のプラグを…

コンピュータヌ「ギャーッ」

   ひっくり返るコンピュータヌ。

   びっくりしてプラグを引き抜く哲朗。茶色のプラグを黙視する。

   と、電話。

哲朗「もしもし、ああ明代あきよちゃん。うん、元気だよ。うん、名月狸のか

 らくり、今日じゅうに作っちゃうから」

   からくり人形(狸の格好をしている)を手にとる哲朗。

哲朗「明日、学校の帰りに劇団に届けるよ」

  針金を引っ張ると月になる(真円になる)からくり人形。


○カラクリ人形劇団稽古場

   人形劇「名月狸」の舞台。

   舞台の枠の中にぶら下がる二つの月。

   それを見ている吾作(人形)。

   片方の月は尻尾付き。

吾作「あいかわらず化けるのが下手な狸だなあ。また化かされたフリをしてやるべ

 え。やあい、馬鹿タヌキ、明るい方のお月様がおまえが化けた偽物だ」

狸月「ハッツハッツハッ、馬鹿なのは吾作、おまえの方だ、おらが化けたのはこっ

 ちだよ」

   一方の月(暗い方、尻尾付き)が狸に変身。

   稽古場の隅で会話する神田と哲朗。

神田「からくりの製作ばかりか、脚本まで書いて貰って感謝の仕様しようもない」

哲朗「いや、僕、こういうの好きですから」

神田「来年、哲ちゃんが卒業して就職したら。もう手伝ってもらえないな」

哲朗「(ボソっと)僕はここで…」

神田「哲ちゃん無しじゃ、事実上この劇団やっていけなくなっちゃったんだけど、

 気にしなくていいよ。どうせ、来年にはこの劇団、解散するから」

哲朗「解散? どうして」

明代「(近づいてきて)お金がないのよ。夢って、お金で買うもんじゃないでし

 ょ。でも、売るときにはお金かかるのよね。特に買い手が子供だから。おまけに

 この兄貴、お金に無頓着むとんちゃくだし。この稽古場も・・・」

神田「手放さなきゃいかんだろうな。ところで哲っちゃん、就職先、決まった

 の?」

哲朗「ええ、来いって言ってくれるとこが一社だけあるんですけど」

明代「ドリームトイでしょう」

神田「あの、でかいオモチャ会社か」

明代「『トラタヌ』っていうゲームくらい、兄貴でも知ってるでしょう」

神田「そのくらいは知ってるよ。『捕らぬ狸の皮ベルト』だろう」

明代「あれ、つくったの哲朗さんなのよ」

神田「へえ!」


○ 哲朗の部屋

   狸が、冷蔵庫をあさっている。

   ハムを口にくわえた狸、(退屈しのぎに)コンピュータを起動し、

   『捕らぬ狸の皮ベルトパート1』のアイコンをクリックする。

音声「シミュレーションゲーム『捕らぬ狸の皮ベルト』パート1『短気は損気、

 タヌキは讃岐』のストーリを説明します。一匹の狸が、一旗挙げようと上京しま

 した。狸うどんの屋台を引きながら、料理の腕を磨き、人脈を広げ、金策を練

 り、ついには関東一の狸うどんチェーン店『ポンポコうどん』の総帥そうすいとなりま

 す。ただし、あなたの料理のセンス、人脈のつくりかた、経営戦略によっては、

 狸汁にされてしまう可能性もあります」

   ディスプレイ…大きな算盤そろばん、うどん粉の袋、鰹節かつおぶし醤油しょうゆの絵。

   屋台を引く狸。

   音声は『タンタンタヌキ』

   ゲームに興じる狸。狸がキーボードを打つと、画面は目まぐるしく変わる。

   しばらくして、

音声「(ファンファーレ)おめでとう。狸はとうとう関東一の狸うどんチェーン店

 をつくりました。ゲーム時間五分。あなたの経営能力は天才的です」

   『パート2』のアイコンをクリックする狸。

音声「シミュレーションゲーム『捕らぬ狸の皮ベルト』パート1はどうでしたか? 

 あなたは、無事に『ポンポコうどん』のチェーン店をつくりあげたでしょうか。

 それでは、パート2『狐狸こりない麺々めんめん』のストーリを説明します」

   ディスプレイ…タイトル『狐狸ない麺々』

音声「狐うどんのチェーン店『コンコンヌードル』が、勢力を関西から関東に拡げ

 ようと、『ポンポコうどん』に挑戦してきます。あなたはハーバードでMBAを

 取得した狐の権謀術数けんぼうじゅっすうから企業を守らなくてはなりません。狐は様々な策略を

 用い狸の企業活動を妨害します。情報戦をどう展開するか、あなたの腕と度胸で

 日本一の狸うどん企業をつくって下さい」

   ディスプレイ…関東の地図を背にふんぞりかえる狐。

   左右には何匹もの狐が並んでいる。狸の緑の旗と狐の赤い旗の競争。

   関東各県、東京都二三区が赤になったり、緑になったり…

   しばらくして、狐、白旗をかかげる。ファンファーレ。

音声「おめでとう。狸は狐との戦いに勝利をおさめ、日本一の狸うどんチェーン店

 をつくりました。ゲーム時間五分!あなたは、経営学の超天才です」

   ドアの外で音。世帯主帰宅のもよう。あわてる狸。哲朗、入室。

哲朗「?」

   PCは点けっぱなし。

   コンピュータヌはCDドライブに、ハムをくわえている。

哲朗「おれ、朝出る時、寝ぼけてたかな」

   ハムを抜き、しばらく凝視める哲朗。

哲朗「さて、アルバイトを始めるか」

   『ゲーム開発プログラム』のアイコンをクリックする。

   ディスプレイには英文のメニュー。

哲朗「プロット…狸うどんのチェーン店は全国制覇、次の事業はと…狸と言え

 ば…」

   イメージ・狸の置物(トックリと通帳と○○○○をぶら下げた例のやつ)

哲朗「狸といえば、う~ん・・・タマだ。タマといえば球技。球技といえば、

 ゴルフだ。ゴルフ場開発! これだ。さっそく、ゴルフのデータを」

   机脇のケースを探る哲朗。

   「スポーツ」とレベルされた外付けSSDの端子をPCのUSB入力コネク

   ターに挿れようとするが、塞がっている。

   予備のコンピュータがあるのに気づき、

   コンピュータヌ(狸)にUSBを挿れる哲朗。

タヌ「グェ」

   画面には何も出ない。

哲朗「あれ、おかしいな。メニューが出ない。何か温かいし、このマウス」

   クリックする度、チンチン・チンチンと音がする。

   コンピュータヌのディスプレイに、狸うどん三百五十円、きつねうどん三

   百五十円と、食堂のメニューがでる。

哲朗「確かに、メニューだけど・・・おい、ちゃんと応えろよ(と、叩く)」

   叩くとポンポンという音がする。

タヌ「グェ、タタカナイデ下サイ、何デモ答エマスカラ」

   同時にディスプレイに「何でもお答えします」と表示される。

   激しくチンチンとクリック。

タヌ「激しくクリックしないで下さい。ダイジナトコロナノデ。音声入力ガ可能デ

 ス」

哲朗「へぇ! 音声認識するのか」

   マイクロフォン(?)が、機械音をたてながら哲朗の目前に出る。

タヌ「ドウゾ」

哲朗「(あらたまり咳払いをして)そ、それでは、先ず、東京都内のゴルフ場のデ

 ータを出力しなさい」

タヌ「ゴルフ場? GMG八王子、武蔵野ゴルフクラブ、五日市カントリークラブ

 ・・・クライシカ知リマセン」

哲朗「みんな八王子のゴルフ場じゃないか」

タヌ「ハイ、私、高尾山デ生マレ、イエ製造サレタモノデ」

哲朗「高尾に、コンピュータのメーカーがあったっけ」

タヌ「・・・ゲームノストーリーヲ、考エテイルノデハナイノデスカ?」

哲朗「そう」

タヌ「狸ノ出世物語デスネ?」

哲朗「そう」

タヌ「狸ハ、オ金ヲ儲ケテ、ドウスルンデスカ?」

哲朗「どうするって、出世するのさ」

タヌ「出世シテ、ドウスルノデスカ」

哲朗「再た金を儲けるんだろうね」

タヌ「儲ケタオ金ヲ何ニ使ウンデスカ」

哲朗「何に使うったって・・・お金は」


○ からくり人形劇団練習場(回想)

明代「夢って、お金で買うもんじゃないでしょ。でも、売る時にはお金かかるのよ 

 ね」


○ 哲朗の部屋

タヌ「オ金儲ケテ、出世シテ、マタオ金儲ケテ、ソンナコトノ繰リ返シデハ、虚シク

 アリマセンカ?」

哲朗「・・・確かに、むなしい」

   考え込む哲朗。


○ ドリームトイ社長室

   ボディコンシャスなスーツを着た美人秘書が封筒をもってくる。

秘書「浮気の調査ですか?」

   差出人は、大帝国興信所。

三田「うん、女房のじゃないけどね」

   書類には、「片倉哲朗」、「からくり人形劇団」、「解散」、

   「三百万円」、「からくり人形の製作」、「希望しているもよう」

   等々の文字が並ぶ。

   書類から目を離し、考え込む三田。


○ 哲朗の部屋

   ゲーム製作が終わったらしく。寝そべって天井を眺める哲朗。

   テレビのスイッチを入れる。

キャスター男「動物愛護で思いだしたんですが、先日、御殿動物園から逃げだした

 狸、その後、発見されたというニュースは入ってませんね」

キャスター女「そうですね。あの辺は、車の通りの多い地域ですから、危ない目に

 あっていなければいいんですけど」

キャスター男「あの辺は、グルメが多い地域ですから、狸汁にされている可能性も

 あるんじゃないでしょうか(笑)」

   テレビから視線をコンピュータヌに移し、凝視する哲朗。

哲朗「おい、コンピュータ。おまえ、高尾で製造されたって言ってたな」

タヌの画面「YES」

哲朗「おまえ、どっか壊れてないか?」

タヌの画面「NO」

哲朗「そうか、じゃあ、やめとこう。どっか壊れてたら、高尾山にでも行って捨て

 て来ようかと思ったんだけど」

   突然、ガーガー、ピーピーと音をたて、一生懸命故障するコンピュータヌ。

   画面では「故障!」の文字がブリンクする。

哲朗「なんだ、やっぱり壊れてるじゃないか。じゃあ、明日、高尾山に捨ててきて

 やろう。しかし、大変だろうな。こんなデカいやつ高尾まで持って行くの。もう

 少しポータブルだと有難いんだけど」

   都合よくスマホに化け変わるコンピュータヌ。

   尻尾(ストラップ)を嬉しそうに振っている。


○ ドリームトイ開発室

   高田が手紙を読んでいる。

高田「お約束通り、『捕らぬ狸の皮ベルト』パート3が完成しました。高田部長さ

 んは、開発費の足らない分を出して下さるとおっしゃいましたね」

哲朗の声「図々しいお願いですがあと百万円頂けないでしょうか。高田部長さんに

 は、以前、からくり人形の劇団のことをお話したと思います。その劇団がつぶれ

 そうなのですが、とりあえず四百万円あれば、来年一年は解散しなくてすむので

 す。それに、僕も好きな仕事ができます」

   静かにため息をつく高田。

高田「『トラタヌパート3』のストーリーは次の通りです」

哲朗の声「パート2で宿敵『コンコンヌードル』を倒し、ファーストフード界を制

 覇した狸は、次にゴルフ場開発事業に手を出そうとします」

   ゲームのディスプレイ

   重役机に座って葉巻をくわえる狸。

   日本地図(戦略地図)緑のP印旗が、次々と立てられてゆく。

哲朗「政治家や財界人とゴルフをして金脈や人脈を開拓します」

   選択枝、テニス、ゴルフ、水泳・・・ゴルフが選ばれる。

高田「ゴルフゲーム付きか、これなら、オジさん連中にも売れるぞ」

哲朗の声「ある晩、街に出た狸は、小さなうどん屋の屋台を見かけます」

   夜の街角。うどん屋の屋台。

哲朗「屋台を引いていた頃を懐かしみ、その暖簾のれんをくぐった狸は、

むかし

 む無く別れた恋人に出逢います」

   エプロン姿(うどん屋)の狸の娘。

哲朗「狸の故郷の山林はリゾート開発の会社に買い占められました。狸の仲間たち

 は住処すみかを追われ散々ちりぢりとなったのです」

   故郷の山の風景。谷川。雪月花。破壊される森林。追い出される狸達。

哲朗「そういった経緯で、彼の恋人は都会で屋台を引いているのでした。絶対に儲

 かる観光事業に投資すべきか、それとも全財産をなげうって仲間のために故郷の

 山を買い戻し、恋人とともに田舎へ帰るべきか、狸は迷うのです」

  選択枝・・・故郷の山で野良仕事をする二匹と社長椅子にふんぞり返り葉巻を

  くわえる狸。

  二つの絵の間を行き来して迷う狸。

哲朗「目標が一つだけあって、手段が沢山ある。どの手段を選択したら有効に目的

 を達成できるか。その時の迷いがゲームなんだと、部長さんはおっしゃいました

 ね。ところが、このゲームには目標が二つあるのです。プレーヤは手段を選ぶの

 ではなく、目標を選ぶのです。ゲームをする人の運や能力ではなく、その人の人

 生観と価値観が、このゲームの結果を左右するのです。プログラムは同封してあ

 ります。ご査収さしゅうください」

   封筒からUSBを出す高田。


○ドリームトイ社長室

   窓の外を眺めている三田。

三田「それで、片倉君は狸にどちらを選ばせたいんでしょうね」

高田「・・・」

三田「でしょうね。僕もそっちを選ぶ」

高田「いえ、狸が選ぶのは」

三田「田舎へ帰るほうでしょう」

高田「はい!?(意外)」

三田「興信所を使って、片倉君のことを調べたんですが、彼、うちの会社から受け

 取った三百万円、そっくり人形劇団に上げちゃったようですね」

高田「はあ?・・・欲のない青年ですな。ただ、あの人形劇団には焼石やけいしに水でしょ

 う。あの経営状態では、あと一年くらいしか」

三田「人形劇団はつぶれませんよ。うちの会社が健在けんざいなうちはね。今後、劇団の運

 営費用は株式会社ドリームトイがすべてまかなうことにしました。おもちゃ会社の文

 化事業としては悪くないでしょう。そのかわり、片倉哲朗は我が社に・・・

 いや、無条件でいいや。金は出す。口は出さない。おまけに、人材まで譲る」

高田「社長、太っ腹です!」

三田「開発部長。二か月前、彼をアルバイトに雇ったのはあなたでしたね」

高田「はい」

三田「どうして、片倉哲朗を雇ったんですか?」

高田「はい、アルバイトの面接の時に、彼は、木のオモチャの話をしまして」

三田「木のオモチャって、昔ウチで造ってた?」

高田「はい、オヤジさん・・・いや社長の父上と私とで考えたオモチャです。いや

 あ、あれは売れました。徹夜で作ってもまだ生産が追っつかなくて、オヤジさ

 ん、いや社長の父上や私まで、工場に入って旋盤せんばんを回したもんです。今となって

 は夢物語ですな」

三田「僕がこの会社の名前を教えてもらったのはその頃ですね。高田のオジちゃん

 が、あなたが、僕を抱っこして、『坊やのお父さんの工場はね』・・・」

高田「坊やのお父さんの工場はね、夢をつくっている工場なんだ。だからここは

 『夢オモチャ株式会社』って名前なんだよ」

   振り向いて椅子に腰掛け、机の引出しを開ける三田。

高田「片倉君は木のオモチャを、この会社で作ってみたいって言ったんですよ」

   抽斗ひきだしから、木のおもちゃを取り出して机上に置く三田。

三田「ねえ、再た売りだしてみようか、木のおもちゃ。高田のオジちゃん」

   木のおもちゃを夕日がやさしく照らしている。

                                  (了)



●シミュレーションゲーム『捕らぬ狸の皮ベルト』ストーリー

パート1「短気タンキ損気そんき、タヌキは讃岐さぬき

 狸が、一旗挙げようと上京する。狸うどんの屋台を引きながら料理の腕を磨き、人脈を広げ、ついには関東一の狸うどんチェーン店『ポンポコうどん』の総帥となる。

選択枝:秘伝の書物。政財界の大物を得意客として掴むなど。


●パート2「狐狸ない麺々」

 狐うどんのチェーン店『コンコンヌードル』が登場。勢力を関西から関東に拡げようと、『ポンポコうどん』に対して挑戦してくる。何回か情報戦を繰り返し、最終的に味勝負で狐に勝つ狸。『ポンポコうどん』は日本一の狸うどん企業となる。

 選択枝:狐の策略。


●パート3「タヌキの幸せ八畳敷」

 うどんで全国制覇を成し遂げた狸は、次にゴルフ場開発に手をつける。ゴルフの腕前を使って人脈、金脈を開拓しノして行く狸。

 ある晩、ゴルフの帰り。狸は、車の窓から見えた小さな屋台の暖簾をくぐる。その屋台でうどんを作る娘は狸が田舎に残してきた恋人だった。恋人は、リゾート開発が始まった山林から追い出され、都会で屋台を引いているのだった。絶対に儲るゴルフ場開発事業に投資すべきか、それとも郷里の狸達のために山林を買い戻し、恋人(恋狸)とともに田舎へ帰るべきか、狸は(ゲームをする人は)迷う。



●劇中劇「名月たぬき(菊地正『八王子物語』より)」のストーリー

 月に化けて、村人を驚かしては喜んでいる狸がいた。村人は化かされたふりをしてわざと驚いてみせるのだったが、狸は、化かしてやったりと、いつも大喜び。戦が始まって、村が戦場になりそうになった。困っている村人達をみて、狸は一計。戦場に向かう両軍は、南に出ている狸月に騙されて何時まで歩いても戦場にたどりつけない。とうとう戦は中止となり、めでたしめでたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テレビドラマ脚本「タヌキ君のコンピュータ」 Mondyon Nohant 紋屋ノアン @mtake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ