ねこじゃらし(6/8)

「映画なんてどうでもいいじゃない。イガちゃんもゲンちゃんも途中からでしょ」

「ぼくは前に観てるから……」

彩香をなだめる口調で柏木が曖昧に応え、五十嵐は何も言葉を返さずに画面とテーブルに目線を行き来させている。

クライマックスで、荒野に立つ主人公がホルダーから拳銃を抜いた。

「まったく、今日は映画の鑑賞会じゃないのよ……プン、怒ってよ。このオトコ連中を」

言ってから、彩香は缶ビールの蓋を開けて、プッシュという威勢のいい音を立てた。

「ほら、もう終わったよ」

二郎が彩香のグラスにビールを注いでから、陽子のグラスにも一口程度足し入れる。

「あら、かわいいネコちゃん……」

グラスに口づけた彩香がラストシーンに現れたネコに注視すると、主人公を見つめる、その青い瞳がクローズアップされた。

「ねぇ、イガちゃん……このネコ、プンに似てない?」

「あー、そういえば、前川さんはネコっぽいね。なんでだろ?目がクリッとしてるからかな。ご挨拶したとき、僕もそう思ったんだ」

五十嵐の代わりに、柏木が間髪入れずに答えた。

「……ぼくは、洗剤のコマーシャルの女優に似てると思うな。前にも言ったけど」

五十嵐の視線に気づかないふりをして、陽子はうつむいた。

「いやー、何回観てもいい映画だね。あのネコが助演動物賞だな」

ロックグラスの氷を指で触りながら、短い沈黙を嫌うように柏木が発し、ブルスケッタが減るにつれて、大皿に描かれた模様が姿を現した。

ようやく、全員が会話に集中していく。

「うちもネコを飼いたいのよ。ここはペットOKのマンションだから、飼わないと損した気がするの」

「ペットは損得で飼うもんじゃないだろ」

テレビ画面を閉ざして、二郎が苦笑いで答えた。

「ロシアンブルーっていう種類の利口そうなネコが近所のぺットショップにいるのよ。ネコだったら、散歩させる手間もないしね」

「……ネコも結構たいへんよ。わがままで気まぐれだから」

同意を望む彩香の目に、陽子は頭に浮かんだことをとっさに口にしたものの、誰の反応もなく、相づちも打たない。潤一の口調をリアルに思い出して、左の胸の内側がどくりと打つ。

「ま、ネコ問題はさておき……場所を移して、料理でも食べましょう。あとはもう温めるだけだから」

夫婦に先導されて、客たちはダイニングテーブルの椅子に腰かけた。

意図することなく、陽子と五十嵐が隣り合わせになり、お誕生日席に二郎が座る。

マカロニサラダ、海老のチリソース、ペペロンチーノ、鶏のから揚げ……とてもひとりで用意したとは思えない料理がテーブルに並んでいく。

「調理を手伝う」という陽子からの申し出をあえて断ったことを彩香は五十嵐にさらりと伝え、「個人的にプンの手料理をお願いしてみたら?」とウインクして言い添えた。

時計の針が進み、やがて、男たちは年代物の赤ワインのボトルを堪能しながら、ペナントレースを終えたプロ野球の話などで盛り上がった。

アルコールの進み具合に合わせ、陽子の心の紐もほどけていく。

五人は再会した同級生みたいに笑い、さまざまな出来事や考えを伝え合った。

饒舌になった五十嵐が陽子への想いをちらつかせると、新入社員の頃の陽子のわがままぶりを彩香が意地悪な笑みを浮かべて告白した。タイムカードを無視したり、飲み会の幹事から逃げたり……ひとつひとつが陽子自身にはまるで別人のエピソードに思え、記憶の引き出しにアルコールが染み入り、体が浮き上がる感じがする。

「いやー、美味しい料理とお酒で、ホント、シアワセシアワセ」

得意のマジックでも披露しそうな上機嫌で、柏木がお腹をさすった。

「じゃ、ソファに戻って、紅茶でも飲みましょ」

会話が途切れたタイミングで彩香が次のプログラムを切り出すと、二郎がワイングラス片手に席を立ち、陽子と五十嵐と柏木をソファの元の位置に手招いた。


(7/8へ続く)

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