第2話 父の告白

 悟志は,国の関連施設と思われる大きなビジネスホテルのような宿泊所に連行されると,そのままその一室に軟禁されていた。部屋自体は,普通のビジネスホテルのシングルルームよりも広く,ベッドもセミダブルという感じで,ユニットバスもあれば,トイレもあり,その上空調も付いているのだから,室内で過ごす上では不自由は何もない。しかし,その部屋の外には,フル装備の軍人が銃器を持って,なぜだか悟志を部屋から出さないにように待機しているのだから,まさに監禁されているという状況の悟志だった。室内には,テレビも備え付けられているのだが,BSだとか,有料チャンネルだとか気の利いたものが映るはずもなく,その上朝倉からは,

 「夜10時以降はテレビを見ないでください。深夜番組を見て,勃起されると我々が困ります(ニカッ)。」と,御丁寧な御説明があった上に,

 「うっかりと深夜番組とかを見ないように,くれぐれも御注意願います。当然,我々は常時カメラで斉藤さんの動向を監視していますから,あなたが勃起でもしそうな素振りを見せたら,さっきと同じようなことになります。重火器を持った屈強な男達がドアを蹴破り,室内になだれ込みます。そしてそれと同時に,斉藤さんのペニスを精一杯握りつぶします。いいですね。」

などと,相も変わらぬ真顔で,右手をニギニギしながら忠告するのだから,とても室内でくつろげるはずもない。

しかし,そんな状況下であるにもかかわらず,悟志は両手を投げ出してベッドに倒れ込むと,強い眠気に襲われてしまった。思い起こせば,まさに一夜にして人生が変わってしまうような体験を続けざまに味わっていたのであるら,疲れていないはずもなかった。悟志は,大盛り唐揚げ弁当を食べて喜んでいた頃を遠い昔のように懐かしく思い出しながら,目が覚めれば,いつもの現実に戻るのではないかと,甘い幻想に浸っていた。そしてそのまま,深い眠りに落ちてゆくのだった。

 悟志は妙な夢を見ていた,なぜだか漢字のテストを受けており,その試験官が,なぜだか朝倉のような顔をした,無表情の黄金の弥勒菩薩。それ自体が,首を傾げてしまうような不思議なシチュエーションである。しかし,真面目に受験しようとする悟志が,弥勒菩薩に貼られていたお札を剥がして回答を書こうとすると,なぜだか試験官である朝倉のような弥勒菩薩がゆっくりと去ってゆく。待ってくださいとばかりに慌てて掴んでみると,うねうねとウナギのようにして,その手から逃れてゆく。なんだこれは?もはやこうなると,悪夢なのか吉夢なのかさっぱり分からない。夢を見ている悟志も,そんな夢のストーリー展開に戸惑っていた。そしてそんな真っ最中,とんでもない『バンっ』という破裂音が室内に響いた。

 目を開けると,菩薩観音ではなく,ドアを蹴破って,突入してくるフル装備の自衛官の姿が複数あった。しかもその全員が,両手を広げ,悟志に飛びかからんとしている。目覚めのドッキリとしては,これ以上ないシチュエーションである。

 「※↑↑(◎。◎)↑↑※!!」

 悟志は,声にもならない叫び声を上げると,とりあえずは身を起こした。そして,両手で頭を抱えると,そのまま堅く身を守る体勢をとった。しかしながら,その屈強な男達は,想定したとおりに,すぐには飛びかかってこない。何事かと,悟志がうっすらと目を開け,己の腕の隙間からその様子を伺ってみると,フル装備の男達は,今まさに飛びかかってはいるものの,その動作がなぜだかやたらと遅い。

 その時初めて悟志は気づいた,意味もなく立派に朝立ちしている己のペニスと,自らに秘められたジーマスターとしての能力に!

 『これが覚醒と言うのものか!しかし,なんとも情けない覚醒だよなあ,俺!』

 悟志としては,ゆっくりと己のペニスに飛びかかってくる男達に,その身を任せる事は,男として我慢ができなかった。なんだか,男として屈辱的としか思えなかった。そのまま素早く立ち上がると,男達に触れないようにして,その男達の間に身を投じた。悟志を遅う男達は,その悟志の動きに反応できないのか,目だけで悟志の姿を追い,その後になって,遅れるようにして,ゆっくりと悟志の方に身体を反転させていた。

 「これ,面白くね?」

 と悟志は思った。しかし,反転した男達は,またもや両手を伸ばし,悟志のペニスを握りつぶそうと,ゆっくりと飛びかかろうとしていた。その時初めて悟志は思った,もしかしたら,運動会の定番競技である『棒倒し』とは,こんな偶然から生まれた競技なのかもと。だから,婦女子らがキャーキャーと騒ぎたてながらやるべき競技ではないのかもと。

 悟志は,スローモーな男達の攻撃を再び身軽に交わした。しかしそれでも男達は,執拗に悟志のペニスを追い回し続けた。悟志は悟志で,その度に,その突撃を,腰の捻りも使いながら,身軽にひょいひょいと交わし続けた。その姿は,勇壮な棒倒しというより,もはやコメディと呼ぶに相応しい絵づらだった。そうして,10分くらい経っただろうか,悟志のペニスも落ち着きを取り戻す時分には,随分と男達の速度が悟志に追い付いてきていた。でもそれなのに,男達は,悟志のふにゃっとしたペニスを激しく追い求め続けていた。人数的に包囲されている悟志も,随分と息が上がってきて苦しくなってきた。そしてそんな時,

 「全軍停止だっ!」

 朝倉が,室内に入ってきて一喝した。すると,男達は,ようやくその熱っぽい棒倒しを途端に停止するのだった(とは言っても,すでに棒は立っていないのであるが)。

 「お前達,ジーマスターには敵意がないことは見れば分かるだろ!それに見てみろ,既に握りつぶすべき対象はもう無い。今すぐ,室外に出るんだ!分かったか!」

 男達は,発声者である朝倉を反射的に注視すると,敬礼をして,火が点いたかのようにして素早く室外に飛び出していくのだった。

 「いやいや斉藤さん,やってくれますねえ。」

 朝倉は,にやけながらながら悟志に近づいてきた。

 「それはこっちの台詞ですよ!寝起きに自衛隊に襲わせるなんて,どういう神経してるんですか!」

 「だから昨日の内にあらかじめ警告していたでしょ。勃起させようとした,その前に握り潰すって。それなのに,斉藤さんが勃起させるから,こんな事になったんですよ。悪いのは私たちじゃありませんからね。」

 またもや,右手をニギニギとしてみせる朝倉だった。

 「俺だって,好きで勃起させたわけじゃないですから。健康的な男子として,朝立ちしただけですよ!」

 「朝立ちですか?一体こんな状況でどんな夢を見てたんですか。」

 「み,弥勒菩薩に逃げられる夢,でした…。」

 うっかりと,『お前に良く似た弥勒菩薩に逃げられる夢』と言いそうになって,口ごもる悟志だった。

 「弥勒菩薩?そんなモンで斉藤さんは興奮するですか。全く困った趣味の方ですね。」

 笑いをかみ殺す朝倉の姿を見て,『お前に良く似た』というフレーズを挟まずに良かったと安堵する悟志だった。

 「斉藤さん,私は,昨日のあれからずっと起きていますよ。大変でしたよ。それで一つ決まったことがあります。」

 「何が決まったんですか?何か俺に関係するんですか?」

 「ええ,昨日斉藤さんとお会いした織田一佐の強い勧めもありまして,私朝倉が,今回のジーマスター付きということとなりましたよ。」

 「そのジーマスター付きって何ですか?」

 「私がジーマスター,あなたの付き人となるという事です。以後よろしくお願いします。しかし,あなたのマネージャーになるわけではありませんから,勘違いされないよう。飽くまでも,あなたの日常を把握し,国として管理する立場にあります。簡単に言えば,不満はありますが,相棒のようなものです。いいですか,斉藤さん。」

 何故だろう,『よろしく』と言っている割には,朝倉の全身から敵意が感じられるのは。

 「しかし斉藤さん,ジーマスターの能力は流石ですね。日頃から鍛えている我々の強襲を,難なくかわしてしまうなんて。初めて見ました。流石の私も驚きましたよ。」

 「いや,それには俺も驚きました。あの軍隊の人たちが,驚くほどゆっくり見えました。」

 「今まで,その能力に気が付かなかったのですか?」

 「いやあ,あんまり…,そう言えば…。」

 「そう言えば?」

 「そう言えば俺,朝飯を食うのが滅茶苦茶早いって,母親から良く言われてたんですよね。もしかしたら,その時にジーマスターの能力を使っていたのかも。そうすると,だから俺は,朝はゆっくりと起きても大丈夫だったのかも。」

 「全く,天から与えられた無二の才能を,そこまで日常的に無駄遣いしていれば,感心してしまいますね。」

 冷酷に,悟志を突き放す斉藤だった。

 「今朝は,斉藤さんに呆れるために来たわけじゃありません。あなたに来客がありますので,お知らせに来ました。」

 「来客って誰です?まさか,また軍の関係者とかですか?もういいですよ。」

 「違いますよ。御家族の方ですよ。あなた昨日言ってたでしょ,『オヤジにも話を聞きたい』って。」

 「もしかしてオヤジが来てるんですか。」

 「そうです,別室でお待ちしていただいてますから,今から面会していただいてよろしいでしょうか。」

 「ええ,今すぐにでも話をしたいです。どこですか。」

 「慌てなくても大丈夫です,今から御案内します。」

 なだめるように両手を前に突き出すと,前後させる朝倉だった。

 「オヤジって,ジーマスターだったんですよね。」

 「そのように聞いています。」

 「その話をオヤジに聞いても良いですよね。また,国家機密とかいいませんよね。」

 「言いません。納得するまで,ゆっくりと話していただければと思います。」

 なぜだか,不敵に微笑む朝倉だった。


 悟志が案内された部屋は,ミーティングルームというよりは,取調室のような内装であり,狭さだった。小さなデスクに向かい合わせに椅子が配置されており,その一つに父が腰掛けていた。

 「ああ悟志,大変だったなあ,大丈夫か。」

 父が心配そうに席から立ち上がると,斉藤は,「後は心ゆくまで,お二人でお話ください。」と耳打ちして,室内をそそくさと後にするのだった。

 「悟志,身体は大丈夫か,大変だったろう,父さんも,聞いてびっくりしたよ。大丈夫か。」

 父は,心配そうに歩み寄ると,手を悟志の腰の当たりに当てた。

 「まあ,立ったままもなんだから,座ろうか。」

 「ああ,うん。」

 悟志は促されるまま椅子に腰掛けると,周囲を見回した。大きな鏡が一方の壁に埋め込まれており,いかにもテレビの刑事物にあるように,こちら側の様子が鏡越しに観察されているようだった。

 「悟志,…びっくりしただろうなあ。やっぱり。」

 父は,申し訳なさそうにして,視線を外しながら,言いにくそうにしていた。

 「そうだよ,オヤジ。本当に大変だったよ,昨日から。それでオヤジさあ,ジーマスターって知ってる?」

 「ああ,もうジーマスターの話も聞いちゃったんだ。本当は,父さんから話さないといけなかったんだろうけどね。それは,申し訳がないなあ。」

 「オヤジがジーマスターだったって聞いたんだけど,本当?」

 「ああ,そこまで聞いちゃったんだ…。」

 父は,困惑したようにして,両手で頭を抱えた。

 「話を聞いたも何も,オヤジの若いときの写真まで見せられたよ。織田とか言う人から。迷彩服姿の軍人の中に,下半身だけ裸のオヤジの姿が写ってたよ。何なのあれ。」

 「何なのあれ,と言われると,ちょっと,厳しいな…。」

 「オヤジ変態なの!何やってたの,俺までジーマスターとか言われてんだよ。どうすれば良いんだよ。俺にはあんな変態の真似ごとはできないからね,やるならオヤジがジーマスターをやってよ。それが親としての責任じゃない?俺は,普通の仕事をしたいんだよ。オヤジが勧めるから,せっかく公務員になったというのに,人生滅茶苦茶だよ。」

 堪った物を,一気に吹き出してしまう悟志だった。

 「悟志,残念ながら,父さんには,もう無理なんだよ。」

 申し訳なさそうに,上目遣いで悟志に返事する父だった。

 「無理?無理じゃないでしょ,もともとやってたんだから。オヤジが責任取ってよ。そうじゃないと,俺の人生が滅茶苦茶になっちゃうよ。どうすんだよ。」

 「まあ,落ち着いて聞いてくれ,悟志。」

 父は,宥めるようにして,両の掌を突き出した。

 「ジーマスターっていうものは,性的に満たされたら駄目なんだ。」

 「はっ?何言ってんの,オヤジ。」

 「ジーマスターってのは,性的に満たされると,その能力が無くなるんだよ,悟志。つまり,結婚したり,女性と付き合ったりすると,その能力が無くなっちゃうんだ。だから父さんは,申し訳ないが,もうジーマスターにはなれないんだ。」

 「何それ!?」

 父の言葉を理解しようとすると,軽く目眩を覚える悟志だった。『要するに俺は,彼女が居ないから,ジーマスターとして覚醒したと言われているのか?ジーマスター自体が恥ずかしい話であるのに,それって,まさに恥の上塗りとも言える屈辱的な話でじゃないのか?もしかしたら,彼女居ない歴が年齢と同じ上,童貞でモンモンとしていると国家から認定されているのか?それって人道的に問題があるんじゃないのか?』そんな疑問が血流に乗って全身を駆け巡った。

 「だからさ,父さんにはもう無理だから,悟志に頑張ってもらうしかないんだ。残念だけど。」

 「ちょっと待って,今のオヤジの話が本当だとすると,俺ってこれから結婚もできないし,彼女も作れないの。それって最悪じゃん。」

 「だから父さんも,ジーマスターが嫌になって,逃げしたんだ。」

 そこで笑顔を浮かべる父を,悟志は我が父ながら,憎たらしく感じた。

 「じゃ何?俺にも逃げ出せっての?そんな大それたこと,いきなりできるはずないでしょ。国を敵に回すなんて。オヤジが駄目なら,姉ちゃんが居るじゃん。姉ちゃんにジーマスターになってもらえばいいじゃん。」

 「悟志,織田さんから聞いたかもしれなけど,女性はセックスするときに,身体能力を高める必要はないんだよ,基本受け身だから。だから,女性はジーマスターになれないんだ。それに,仮になれたとしても,女性のジーマスターって,なんか,生々しいだろ。父さんは,お姉ちゃんにそんな思いをさせちゃいけないと思うよ。」

 「じゃあ俺はいいの?男のジーマスターだって十分に生々しいよ!」

 「悟志,だからお前には,早めに彼女作れって言ってたのに,父さんの言うことを聞かないから。彼女を作っていれば,自衛隊も諦めたのに。」

 「彼女ができないのは,俺の責任じゃないって!」

 言われのない父の問責に,やり場のない怒りを覚える悟志だった。

 「あのさ,じゃ俺,一体これからどうすれば良いの。まさか,ジーマスターとして,一生彼女もなしに働けって言うの。」

 「悟志,まあ落ち着いて,落ち着いて。」

 「落ち着いて聞けるわけないでしょ,こんな話。」

 「父さんの話を聞いたら,きっと納得する。」

 「どんな話だよ。」

 「父さんが軍を逃げ出したときの話だ,なんで父さんは,軍から逃げ出せたと思う?」

 「知らないよ,よっぽど女に飢えていたんじゃない。だから,ジーマスターの超人的な能力を使って,逃げ出せたんじゃない。下半身裸で。」

 「冷静になって考えてほしいんだ。大体一時軍から逃げ出したとしても,その後,ずっと一介の市民である父さんが国から身を隠し通せると思うか?確かに父さんは,軍を逃げ出してから,養子に入ったり,結婚したりして,名字も変えるとかして工夫はしたけど,それだけで,軍が父さんの消息を掴めなくなると思うか。相手は国だぞ,その気になれば,すぐにでも父さんの行方を掴めたはずなんだよ。だけど,捕まらなかった。何故だと思う?」

 「そんなこと分からないよ,それより…。」

 「まあ悟志,聞いてくれ。織田さんから聞いたかもしれないけど,このジーマスターという能力は遺伝性のものなんだ。要するに父さんが結婚せずに,独り身のまま死んでしまえば,そのジーマスターの能力は永遠に失われてしまうはずだったんだ。その上な,ジーマスターの能力は,年を重ねるごとに衰えるんだ。ほら,よく新聞広告にあるだろ,『若い頃のように,芯から漲る,先まで漲る!』って,年取ると,そんなに勃起しなくなるんだよ。だから,父さんが思うに,軍は勃起力が弱くなった父さんを,わざと逃がしたんだよ。そうして,ジーマスターの承継者,つまり悟志を作り出したんだよ。」

 熱っぽく,訴えかけるような眼差しで見つめられても困ってしまう悟志だった。

 「で,それで父さんは,俺にどうしてほしいの。」

 「軍も,ジーマスターの血筋の大切さは分かっていると思うんだ。お前がジーマスターとしての任務を果たせば,いずれはきっと解放してくれるだろうし,もしかしたら,軍がお前に素敵な相手を見付けてくれるかもしれないぞ。」

 「じゃあ俺に,それまで頑張れと?」

 「悟志,残念だけど,ジーマスターの家系にある男子の運命なんだ。できれば,家族のみんなに迷惑を掛けないように,一人で,頑張って,ほしい。」

 なんだろう,この父の躊躇いを隠しきれない懇願の仕方は。

 「オヤジ,その『一人で』って何。まさか,俺一人に全部の責任を負わせるつもり?そりゃないでしょ。」

 「悟志,残念だけど,ジーマスターの運命なんだ。母さんとか,お姉ちゃんに恥ずかしい思いをさせちゃいけないと,父さんは思うんだ。それに,申し訳ないけど,悟志の仕事は,父さんの仕事にも差し障るから,しばらくは,一人で頑張ってほしい。」

 「最悪じゃないっすか。」

 悟志は椅子の背もたれに身を任せ,思わず天井を仰いだ。

 「でもな悟志,ジーマスターってやってみると,案外良いぞ。ヒーローだぞ。やり甲斐のある,俺たちにしか出来ない仕事だぞ。」

 前向きに取り組めるよう,心にも無い言葉を続けざまに口にする父だった。しかも何故だか意味なくグータッチを求めてきている。

 「しかもだ,悟志,お前好みのAVをいくらでも見放題だ。これが仕事なんだから,良いモンじゃないか。江戸時代の御先祖様は,浮世絵を見て,興奮させていたと言うから,それに比べれば,今はまさに天国だよ。」

 浮世絵がAVになったところで,天国になるはずもない。

 「あの父さん?」

 「なんだ,悟志,少しは前向きになれたかな。」

 「さっきから,AVをいくらでも見放題って言ってるけど…」

 「『けど』何なんだ?」

 「もしかして,ジーマスターに,軍が女性を宛ったりとか,そんな話はないの,かな?」

 悟志は,少しだけ息子らしく,声を潜めて父に確認した。

 「悟志,お前は,今までの父さんの話を聞いていたか?ジーマスターは,性的に満たされるとお終いなんだ。だから,ジーマスターである限り,ずっと童貞のままなんだ。しかもジーマスターの能力は,勃起後3分間と限られているんだ,だから恒常的にAVを見て,自らを奮い立たせないといけないんだ。残念だけど,それがジーマスターなんだ。江戸時代なんか,同じ浮世絵ばっかりを見せられてたらしいぞ。」

 『もう江戸時代はいいよ!父さん!』とばかりに,ここまで説明されて,言いようのない絶望感をその身に感じる悟志だった。

 それからの父の話は,悟志の頭にちっとも入っては来なかった。要するに,父も父なりに苦労して,ジーマスターの勤めを果たし,次世代にバトンを渡した,だからお前も次世代に引き継ぐまで,ジーマスターとして頑張れ。考えるだけでも頭痛が痛くなるような,己が運命だった。

 父が引きつった笑顔で部屋を出た後,入れ替わるようにして,朝倉が柔和な笑顔で室内に入ってきた。

 「斉藤さん,大体のことは,先代のジーマスターから伝えていただいたようですね。私も初めて耳にすることが多く,大変勉強になりました。」

 「予想はしていましたけど,やっぱり盗聴していたんですね。」

 「いえ,盗聴だけでなく,このミラー越しに,全ての様子を観察し,把握していました。国家機密同士の会談なんだから,当然です。」

 悪びれる様子もなく,胸を張って答える朝倉だった。

 「それと斉藤さん,私,朝立ちについて調べてみました。確かに,見る夢に関わらず,健康な成人男性は朝立ちをするようですね。しかも就寝中,複数回朝立ちしているそうです。これは,朝立ちというべきか,表現として疑問が残りますが,あなたの身体にどのような変化が生じるのか,今後検討すべき課題と言えるでしょう。それから,英語で朝立ちって何と言うか知ってます?モーニング・ウッド,朝の木立ちですよ。こっちの方が響きとして良いとは思いませんか?」

 悟志は,こんな朝倉と相棒になることに一抹の不安を覚えた。

 「ああそれから,朝倉さんのパソコンを回収して,過去の閲覧履歴を確認させていただきました。素人物のAVがお好きなようですね。今後はこちらで十分に用意しますから,御安心ください。もしかしたら,弥勒菩薩のような,大仏物のAVがお好きなのかと思っていましたから,私も一安心です。」

 悟志は,こんな朝倉が相棒になることについて,確実に不安を覚えた。

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