BEN-E

 …つこ!…りつこ!律子!


「ん…」


「なんでこんなとこで寝てんの!」


「ん…あぁ…」


 目が覚め、辺りを見渡すと、そこは待ち合わせ場所のカフェのすぐ近くにある公園のベンチだった。


「なんで…?あれ…?カホ…?」


「なに寝ぼけてんの!」


「どゆこと?夢…?」


「大丈夫…?体調でも悪いの?」


「ん…ううん。変な夢見てたみたい」


「今日はやめとく?顔色悪いよ」


「ごめんごめん、全然大丈夫。てか今何時だ?」

 まだ起ききってない、重たい身体を持ち上げ、目的地へ歩みを進めながら、腕時計に目をやった。


「18時45分…?やっぱり夢だった…?」


「私も早く着いたから、公園で一服しようと思ってさ。じゃなきゃあんた凍え死んでたね。ハハ」


 待ち合わせ場所であった店の前まで来ると、タルトとコーヒーのいい香りがする。ガラス越しに見える、明るい店内には女性かカップル以外は見当たらない。

 レジで注文を済まし、窓際のテーブルに通され席につくと早速、旅行雑誌を広げ、打ち合わせがはじまる。


「やっぱりローマでしょ。バールがたくさんあるし、雑貨屋も美術館もいっぱいあるみたいだから、一日中いられるよ」


「イケメンもいっぱいいる?」


「そりゃねぇ」


「じゃあ決まり♡」


「ほんとバカだわ」


 カホには最近付き合いたての彼がいるらしいが、彼女はそんなこと意に介していないようだ。


「彼は大丈夫なの?束縛激しいって言ってなかったっけ?」


「猛ー反対。携帯見せろとかしょっちゅう言われるし、こないだなんかデート中、心配だからとか言って、トイレの前までついきたんだよ!ハハッ。マジでキモい。 どうせすぐ別れるし関係ないけどね」


「一応私からも旅行のこと言っておく?」


「いい、いい。律子が言ったところで信用なんてしないよ。私を近くに置いときたいだけのキモ男だから」


 テーブルに置いてある、カホの携帯が鳴る。


「ごめん、噂のキモ男から。一服がてらちょっと外出てくるね」


 見た目は美しいが、味はいまいちなタルトをコーヒーで流しこみながら、外に目をやる。


「ふぅ…」


 窓越しに見る街の景色はすっかり冬らしくなっていた。分厚いコートを纏い、白い息を吐きながら猫背に歩くサラリーマン。ダウンジャケットのポケットの中で手を繋ぎ、人の流れに逆らうようにゆっくりと歩くカップル。そんな人達を見守るように、温かい缶コーヒーを両手で持った女優が、大型ビジョンに映っている…


 ギュルッ…ゴボボ…


「いたっ…!」


 急な腹痛が走り、身体中に力が入ったその時。


「ぷぅ〜…」


「あっ!」


 パタタッ。


 突然のおならの後、唇から、白いテーブルクロスに、赤く、細い血が垂れ落ち、滲んだ。


 隣のテーブルの会話がピタリと止まり、少しの間をおいて、


「くすくす…」


 我慢できないほどの便意と、あまりの恥ずかしさに顔を赤らめ、切れた口を押さえながら逃げるようにトイレに駆け込んだ。


「最悪!なにこれ、なにこれ…」


 トイレットペーパーをぐるぐると巻き取り、唇を押さえる。


「さっきの夢で切ったとこ…?」


 水に垂らした絵具のように、くしゃくしゃの紙が赤く染まる。


 気がつくと便意は無くなっていた。


「…」

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