第29話

赤子を抱えて、彼女は微笑んだ。

そして、また奮闘する日々を繰り返すのだ。

オムツをかえて、乳を飲ませて、夜泣きと戦う。

赤子が成長する、その日まで―――。




読み終えた小説の束から目を上げてみれば、きょとんとした虹色の瞳とぶつかった。


「え、ナニこれ?」

「お前たちが望んだものだ」

「ええーっ、エロチックの欠片もないんだけど?!」

「子育て奮闘記録というのもまた愛の形の一つね。これはこれで、心に沁みますわ」

「いや、オレはもっと激しいのがいいなぁ。幼女でもいいからヤらせてくれよ」


男神の意外な性癖に内心でドン引きながらスルーしてみる。犯罪者には関わってはいけない。

神の愛のなんと広くて深いことか。


「大体、毎日子育て、嫁の世話、家のことをやってみろ。小説を書くどころかエロい気持ちにもならん」

「ええ? 本が書けるように嫁と子供を与えてあげたって言ったでしょう?」

「神力の暴走だろっ、なんかいい感じに話をしていたが…そもそも相手が元公女、元聖女、騎士だなんて家事も子育ても経験ない女たちを集めて生活できるわけないだろう?!」


明かな人選ミスだ。

そもそも神たちの分身体しか好き勝手できないのだから仕方がないのだが。それでももう少し人選を考えて欲しかった。

兄妹の多い平民の子がいれば、もう少し家事を分担できただろうに。


結果的にカデフェイルが一人で担っている。


「まぁ子供なんてすぐに大きくなるからなぁ。オレはちょっと素振りしてくるわ」

「じゃあ私は神の子供たちの様子でも見てくるわね」

「待て、お前たちにはまだ話がある。まずはルチャー、お前だ」

「神様呼び捨てにするとかバチがあたるぞ!」

「もっと神様らしいことをしてから言え! お前、なんで子供を女の子にするんだ。するなら俺に似なくてよかっただろ。しかも名前がエロイだ、もう取り返しがつかないだろっ」


エロイは古語で英雄という意味がある。

なぜ女の子にそんな雄々しい名前をつけてしまったのか。アルガラは少しも気にした様子もなく、強そうでいいだろうとむしろ誇らしげだ。母親と意見が全く合わない。今後、子育てでも意見がわれそうではある。


「あれ、オレが女の子大好きだって説明しなかった? 顔が似てるのはまあ自分の子だって自覚しやすいかなと思って。あの子にも父親が誰かすぐにわかった方がいいだろ?」

「子供に対する配慮がないな!」

「あの、私にも何かありますの?」

「聖女の教育はどうなってるんだ? 性的嗜好が特殊すぎるぞ?!」


妻たちの中で、唯一カデフェイルの書いている小説の中身を知っている彼女は、やれイカとタコと交尾させろだの、トカゲとヘビを合体させろだのの要求が激しい。むしろ萎える。どこが萌え要素なのか真剣に問いただしたい。


「あっはっはっは、アンタのムッツリが分身体に現れているだけでしょ。ゴシュウショウサマね!」

「うるさいですわよ、イェリナ! あなたみたいに何でもさらけだせばいいというものではありません! あなたのほうが十分破廉恥ですのよ」

「あー、また始まった…本当にうるさい姉さんたちだな…」

「弟ならなんとかしろ」

「無理だろ。あれはああいうコミュニケーションなんだよ」


騒々しい女神二人を放置して、ところでとルチャーがにやりと笑う。


「オレさあ、あの子が大きくなったらお願いしたいんだけどいいかな?」

「指一本触れてみろ、たとえ夢の中といえども許さないからな」

「うえ、目がマジだ…やっぱり父親の自覚があるわけ?」

「自分の手で育てた子供が大きくなって悪い神に誑かされるのを黙認できる大人がいると思うな」


子育てをしていて悟るのは、こうして日に日に自分が世話をして子供が大きくなる姿を見ているとなんと命とは尊いということだ。

ひいては命の誕生の行為はとても尊い。

だからこそ、カデフェイルは思う。


「俺の呪いはいつ解かれるんだ…」


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