第五節 決戦!

今日が運命の日。


澪は足を引きずりながらも、松葉杖無しで美術部室へと向かった。

いよいよ二人の絵を発表する。

その時が来たのだ。


それぞれのキャンバスには白い布がかけられている。

草間部長の絵が最終的にどうなったのか、澪は知らない。

草間部長も澪の絵を見ることはなかったから知らないはずだ。


部員全員が興味津々で部室へと集まる。

清川先生が二人の絵の間に立つと、澪は鳥肌が立つ思いがした。


「では、発表してくれ」


澪は自分の絵の横に立ってキャンバスを覆う布の端を持った。草間部長も同じようにする。草間部長が布を引くのに合わせて澪も自分の絵の布を引いた。


わっと、したどよめきが広がる。

「すごい」と感嘆の声はどちらに上がったものだろうか。


澪は草間部長の絵に釘付けになった。紛れもない自分。しかし、全体の色はグリーンで、髪の細部は植物になっている。そして、絵の澪の頬には一筋の涙が流れていた。


草間部長の前で、私は泣き顔を見せただろうか。

澪は疑問に思う。祝賀会で泣いていたときに部長はあの場にいなかったはずだ。一人で泣いて帰った日も。


澪は驚くばかりだった。草間部長は、普段の私を通して、私の泣き顔を見通していたのだ。そして、それが絵に映えることも。


涙の落ちる先には、シロツメクサが群生している。

エアスプレーで描いたような油絵とは思えない細密さだった。


澪の絵にも、当然、関心が集まった。

どちらかというと澪の絵の方に人だかりが出来ている。

その絵は、品行方正な草間部長のイメージを見事に裏切るものだったからだ。


炎の中でまっすぐ前を見て野心をむき出しにする草間部長。

黒と緑と赤で表現されたその絵はハッキリと草間部長自身の「怒気」が含まれていた。


草間部長が描いた澪の静的な絵と、燃え盛る澪の草間部長の動的な絵。

このどちらを評価するか。


今回の裁定は、部にも関わりのあることなので、一人一点としてみんなの投票も集められた。清川先生はそれぞれの絵に十点中、何点をつけるかで採点するらしい。


澪の心は静かだった。

もし、負けたとしたら、美術部部長。

変な構造になってしまったが、美術部部長に任命されたら、という未来は考えていない。それよりも清川先生の講評が気になる。澪には描ききったという自負があった。

そして、これからも描き続ける。それは気弱で大人しい澪の一大決心だった。


票を集め終えた部員と清川先生が集計に、教員室へ入ってゆく。

草間部長は、やっと人だかりが消えた澪の絵をまじまじと見て、吹き出した。


「これが僕かー!ははっ、すごいな!」


澪は肩の力がすっと抜けるような心地がした。改めて草間部長の懐の深さに感じ入る。


「いいね、いいね。これが僕だ。素晴らしいよ、戸川さん」


草間部長はあくまでも笑いながら、澪の絵を横から見たり、正面から眺めたりした。

いつの間にか来栖先輩も草間部長の隣で澪の絵を見つめていた。


「俺の油絵の筆を折った草間の顔だな」


来栖先輩の言葉に澪は、「えっ」と呟く。来栖先輩は頭を掻きながら照れくさそうに口を開いた。


「鉛筆画の方が好きだが、一年生の頃に草間に油絵をコテンパンにけなされてな。

 ……それも描けない理由の一つだ」

「僕のせいにするなよー」


草間部長は笑っている。澪は爽やかにみえる草間部長はちょっと性格悪いのかも……と思った。結果発表までの緊張はそんな一幕で解けた。


清川先生が教員室から出てくる。

さぁ、結果発表だ―――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る