コロナ時代の怪異

λμ

メリーさんの電話

 かつて『メリーさんの電話』という怪談があった。

 ある少女が、メリーと名付けられた洋人形を捨てた夜、メリーを名乗る者から電話がかかってくるというものだ。


「私メリーさん、今ゴミ捨て場にいるの」


 そんな謎の宣言から始まり、電話を受ける度にメリーさんを名乗る何者かが近づいていくる。そして終いには背後に現れ、少女は殺されてしまう。捨てられたくらいで酷い話だが、怪談というのはそんなものだ。日本で捨てられた人形は可燃ゴミとして焼却されるのだから、人形視点でみれば当然の報いと言えなくもない。


 生まれはおそらく、日本で洋人形が馴染みのなかった頃。少なくとも、電話は固定されているという共通認識があり、西洋の女性名として『メリーさんの羊』あたりが最も有名だったころ。後になって『リカちゃん人形』と混ざった話型が生まれたことから、洋人形をうまく想像できない子どもの間で分布したと考えられる。それならメリーさんの羊説とも合致する。


 前置きが長くなったが、本題はここからだ。

 メリーさんは時代の波に翻弄されてきた。怪異にとっては忘却こそが自らの死だ。寿命を伸ばすためには手段を選んでいられない。『チャイルドプレイ』という古い映画で人形霊の敗北を目の当たりにすれば躰のサイズを変えられるようにし、電話が携帯できるようになればどこまでも追えるように足腰を鍛え、恐れられなくなればドジっ子を演じ媚すら売ってきた。


 求められるキャラに死にものぐるいで飛びつき、今日まで生きながらえてきたのだ。

 

 そんなメリーさんにとって、最大のチャンスが訪れていた。

 コロナウィルスの蔓延による外出自粛――、

 

「私メリーさん。やるなら今しかないと思うの」

「……えーと……やるしかないというのは……?」


 並木なみきはメモを取りつつ、オウム返しに尋ねた。彼の前にあるノートパソコンには、年季の入ったフランス人形がフィルターで可愛らしく盛られていた。


「私メリーさん、昔みたいに怖がられたいの」

「えぇー……? いや、今の時代……怖がってもらうのはハードル高いですよ?」

「私メリーさん……怖がられてた頃が懐かしいの……」

「それは分かりますけど……でもねぇ……今どきドールファンって多いですし」

「私メリーさん! 大きくもなれるの!」

「知ってます。前、聞きました」


 並木は苦笑した。内心、怖がられたいならフィルター切ってよ、と思っていた。

 だいぶ年老いて昔を懐かしんでいるのだと思うと、時代遅れとは言いにくい。しかし、趣味で怪異コンサルタントをしているだけの、現代を生きるごく普通の高校生から見れば――


「せっかくキャラが定着してるんですから、無理するのやめません?」


 安定志向。これに限る。

 怪談とは暗がりを見て初めて怖がれるものなのだ。暗がりの少ない現代、普通のやり方では怖がってもらうのは難しい。


「それに、前に言いましたよね? もうみんな、知ってるんですよ。死なないって」

「私メリーさん。昔は本当に殺してたの」

「いや怖いですって」


 モニターに映るキラキラしたメリーさんがニヤっと笑った。気がした。人形なので笑いっぱなしなだけだろう。

 並木はため息をこらえ、悩む素振りをしながら言った。


「もし本当に殺してたんなら噂が広がらないじゃないですか。でしょ?」

「私メリーさん。ロジハラは嫌い」

「ロジハラとか言ってる場合ですか?」

「私メリーさん。…………昔は、みんな友達がいたの」

「うわ、それ悲しい」


 今の子は友達同士でプライベート――特に趣味が共有されていないから伝わらないとでも言いたいのだろう。事実、メリーさんの言うように、メリーさんを捨てて殺されたという話を知るには最低でも被害者がメリーさんという人形を持っていて、なおかつそれを捨て、電話を受けたという情報が必要なのだ。


「……あ。そうか。メリーさんメッセージアプリとかやってます?」


 そう尋ねた瞬間、並木のスマホが鳴った。

 メッセージアプリの、学校の友人たちと作っているグループに、登録した覚えのない『メリーさん』なる人物から位置情報が送られてきていた。既読がふたつついた。

 同時。

 フランス人形風のキャラが「イマココ!」と上を指差すスタンプが送られてきた。


「……うわ怖。勝手に登録とかどうやってんですか」

「私メリーさん。ITの発展を見続けてきたの」

「あー……ですよね。固定電話の人ですもんね」

「私メリーさん。HTMLをべた打ちできるの」

「……すいません。よく意味が……」


 ポコン、と並木のスマホに位置情報が送られてきた。次いで、イマココスタンプ。やり口が微妙に古臭いのが可愛いと言えば可愛い。

 今はアイドルも少数の固定ファンを掘り続ける時代だ。

 この路線で頑張るほうが絶対にいい。

 並木は決意を新たに画面に向き直った。


「……えっと、メリーさん、マジで移動してます?」

「私メリーさん。GoProに切り替えたの」

「……じゃあさっきまでは……まぁいいですけど、とにかく怖がらせる路線は難しいですよ?」「私メリーさん。話してたら、いい方法を思いついたの」


 必死だ。よっぽど怖がってもらいたいらしい。

 またポコンと位置情報が送られ、イマココスタンプが来た。並木の友人が反応した。


『え、誰???』

『俺の友達。大丈夫、害はないから』

『おー。よろしくでーす。カラオケー? いいねー』

『カラオケ?』

『? メリーさん。カラオケでしょ?』


 並木はモニターに向き直った。


「位置情報テキトーすぎです。ぜんぜん怖がられてないじゃないですか」

「私メリーさん。いまシャンパンコールを見てるの」

「…………はっ?」


 シャンパンコール――それはホストクラブで行われる宴。メリーさんは現場にいるとでもいうのだろうか。

 ポコン、とスマホが鳴り、位置情報とイマココスタンプ。


 場所は、繁華街の一角を示していた。


 並木はモニターを見た。メリーさんの背景は暖炉の上フィルターのままで、どこにいるのかは読み取れない。

 ふと、フィルターが切り替わり、上部に三十八.六℃と表示された。


「私メリーさん。熱がでてきたみたいなの」

「……はい?」


 位置情報と、イマココスタンプ。

 友人からのメッセージは、


『なに? 並木んチに行くの? もしかして……』


 違う、と打つ余裕はなくなっていた。日付が五日もずれていたのだ。


「私メリーさん。咳が止まらないの」

「いや喋ってる! いま普通に喋ってますよね!?」


 キラキラフィルターが切れ、古めかしいフランス人形に変貌した。


「私メリーさん。並木さんは若いから大丈夫だと思うの」

「何が!? 何がですか!? てか今ドコです!?」


 ふいに、顔のすぐ横に気配があった。


「私メリーさん。濃厚接触中なの」

「……いや、あの……」


 並木はゴクンと喉を鳴らした。


「コロナ、飛沫感染ッスよ……」

「私メリーさん」


 フランス人形のような顔立ちが、虚ろな瞳で並木の顔を覗き込んだ。


「本当に大丈夫だと思う?」


 すげぇ嫌な脅し方だな、と並木は思った。

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コロナ時代の怪異 λμ @ramdomyu

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