私立明桜学園女子硬式野球部

@momimomimanjimaru

第1話 行くぞ全国!

 一つ深呼吸をして白線を跨いだ。戦いに赴く戦士のような高揚感。左打席から見えるこの景色は、いつもあたしを昂ぶらせてくれる。

 肩幅よりも広めに脚を開き、体幹をフラットに保ちつつも体重は少し軸足に。

 投手がセットポジションからゆっくりと脚を上げた。よし、見えている。

 モーションに合わせてこちらも右足を持ち上げる。体重は完全に左脚に、右足は左膝より少し上に。

 投手の手からボールが放たれる。縫い目が浮き上がる程の綺麗なストレート。タイミングは、完璧。

 腹の底に力を溜めて思い切りバットを振り抜いた。

 渾身の力で、されど力まない。

 良い当たりが出た時ほど、自分の身体は驚く程に軽く感じるものだ。

 乾いた金属音に乗って高々と舞い上がった白球が、右中間の外野手を破りコロコロと転がっていく。二つ、いや三つは行けるぞ。

 一塁ベースを蹴ってギアを上げる、まだ右翼手は追いついていない、よし、行けるぞ!

 しかし、二塁ベースをオーバーランしたところで制止するベースコーチャーが目に入った。もう後は無いので憤死覚悟で突っ込むことはできない。どうやらここまでのようだ。

「ナイバッチ!涼香!」

「いいぞ瀬島ァ!」

 ベンチから喝采が飛ぶ。塁上で賞賛を受けるこの瞬間が、あたしは何にも変え難く好きだ。目の前の投手との勝負に勝ったという、何よりの証拠に他ならないからだ。

 七回の裏ツーアウト、私のツーベースで一点差。私は八番だから次の打者は九番だ。打順というのは基本的に打撃の得意な順に組むため、今打席に立つ澤野はウチで一番期待できないということになる。

 だが、ここまでくればもうそんなことは関係ない。この一打に、今日の、そして明日からの全てが掛かっている。

 あと一人、あと一人出れば一番に回る。一番の伊奈は調子が良い、回せば必ず何かしらの結果を出してくれる。そして二番の飯塚はしぶとい男だ。ツーアウト満塁、あたしならウチで一番回したく無い。

 無論、お前が決めても良いんだぞ。塁上から打席の澤野に無言のゲキを飛ばす。

 奴の顔には弛緩した薄ら笑いが張り付いている。程よくリラックスしているのか、力んでいないのならそれで良いが、まさかキサマ、この状況で気を抜いているわけではあるまいな?

 とにかくあと一点だ、行くぞ、必ず、全国に!

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