第5話 理想と現実

「ベクター、他の飛行艇の様子は見たのか ?」


 偶然見つけた生き残っていた乗組員を二人でリンチにした後、コックピットへと押しやりながらタルマンは聞いて来る。


「ああ、特に何も無かった。さしづめ、他のは護衛用だったのかもな」


 少し歩くのが遅かった乗組員の背中を一度押してからベクターは答える。そのまま操縦席に辿り着くと、タルマンは「何かあれば頭を吹っ飛ばしてやる」と告げながら彼を座らせた。


「いつでも離陸できるようにしておけ」

「はいぃ… !」


 タルマンがショットガンの銃口を押し付けて命令すると、乗組員は泣きながらエンジンを起動する。その間にベクターは通信機の周波数を合わせ、どこかへ連絡を取り始めた。


『こちらノースナイツ保安機構。ご用件を』


 無愛想な中年女性の声が聞こえた。デーモンが蔓延る世界となって以降、人々は”シェルター”と呼ばれる居住空間を作り上げ、格差や貧困、犯罪に喘ぎながら生き抜いていた。ベクターが住むノースナイツと名付けられたシェルターは、他地域と比較してもかなりの規模と豊かさを誇っており、こういった治安維持組織の編成も可能となっていたのである。


「第九エリア支部へ着陸許可をくれ」

「申し訳ございませんが、まずはご用件をお願いします」

「ああすまない…人身売買に関わっていた可能性のある密輸船を拿捕した。そちらへ引き渡しをしたい。フォード支部長はいるか ?」


 女性が不機嫌そうにしながら再び用件を聞いて来ると、ベクターも詫びを入れてから詳細を伝えて支部のトップと話がしたいと申し出る。「少々お待ちください」と声が聞こえた後に無音の状態が暫し続いたが、やがて一人の男の声が聞こえる。


「…支部長のフォードだ。おおよそ報奨金の催促といった所だな ?」

「ああ。用件は既に伝えたと思うが、今からそっちへ――」

「ってお前だったのかベクター !いつ以来だ ?」


 支部のオフィスでは、初老の男がデスクに取り付けられた通信機に向かっていた。最初こそ威厳たっぷりに応答していたが、相手が顔見知りと分かるや否や即座に態度を崩した。


「良く分かったな」

「へっ、伊達に付き合いは長くないんだ。任せとけ…面倒な手続きはこっちでやっとくよ。お前はのんびりコーヒーでも啜りながら来れば良いさ」

「どうも。毎回悪いね」

「まさか !お前が犯罪者を優先的に連れて来てくれるもんだから、本部からの評判も鰻登りでな。こっちが礼を言いたいくらいだ。それじゃ、後で会おう」


 手続きに関する連絡を終わらせ、フォードが通信を切断したのを確認してベクターも通信機の電源をオフにした。そして乗組員にノースナイツへ向かう様に指示を出す。間もなく飛空艇は離陸し、エンジンやタービンが作動する音を機内に響かせながら飛行を開始する。


「腹減ったな…ちょっと見て来る」

「おう、俺の分もな」


 喉の渇きと僅かな空腹を気持ち悪がったベクターは、食糧庫くらいあるだろうとコックピットを出ていく。タルマンも彼に何か持ってくるようにと頼んだ。それから少しすると、缶に入った飲料を二本持ってベクターが帰還する。


「ビールしかなかった。他の連中が殆ど食っちまっててよ」


 ベクターがそう言って缶ビールを放ると、タルマンはそれをキャッチして銘柄を確認する。


「常温のラガーねえ…ここにいる連中はビールの飲み方も知らねえのか ?おい」

「お、俺に言われても…!?」


 ラガービールは冷えてる物に限るというタルマンの信条において、それはあまりにも許せない暴挙であった。銃口を強く押し付け直してくる彼に対し、乗組員は縮み上がっている。


「文句言うなよ…それに、コイツもある」

「…キャラメルか。いいね」


 ベクターが彼を咎めてから、包み紙に入った小さな固形物を投げた。手に取ってキャラメルだと分かったタルマンは、久々の甘味を少し喜びながら口に入れる。



 ――――本来ならば二日は掛かるかもしれない距離だったが、ベクター達の脅しによって全速力で飛行艇が飛んだ結果、ノースナイツへは一日足らずで辿り着いてしまった。第九エリア支部の屋上にある発着場にて、誘導に従って飛行艇を着陸させたベクター達はハッチを開いて外へ降り立つ。


「気を付けろ。死体転がってるぞ」


 飛行艇へ突入する職員達にベクターは忠告して、発着場の隅で待っているフォードの元へ向かう。恰幅の良い白髪が良く似合う男がベクターへ手を振っていた。


「前より痩せたな」

「分かるか ?支部長になってから結構忙しくてな…前金以外の報酬は後で振り込んでおくが、あまり期待はしない方が良い。この手の犯罪は親元を抑えなきゃどうにもならんのでな…そっちに掛かりっきりなんだ」


 挨拶代わりにベクターが体型について言及すると、フォードも少し上機嫌に経緯を話す。その一方で昨今の犯罪事情から報酬は少ないだろうと彼へ告げた。


「ま、だろうな」

「掛け合ってはみたんだが、すまなかった…それにしても一体どうしてアレが偽装されていると分かったんだ ?」

「え、ああ~…あれだ。知り合いから噂を聞いてな…うん」


 落胆を垣間見せるベクターに対して、フォードはどうして飛空艇が奴隷ビジネスに使われていると分かったのかを知りたがっていた。「密輸している金目の物資を奪うために乗りこんだ」などと、口が裂けても言えなかったベクターは適当なことを言って話を切り上げる。


「ほら、こいつは前金だよ…そうだ !報酬代わりになるか分からんが、気持ちとして貰っといてくれ」


 なけなしの金を渡してくるフォードだったが、突然何かを思い出した様に手を叩いて懐を探る。そして一枚のチケットを渡した。


「ストリップショー ?あんまり好きじゃねえんだがな」

「そう言うな。最近オープンした店でな…あのエルフ達のセクシーな腰使い !見なきゃ損するぜ !」

「それで良いのかよ妻子持ち…」


 ストリップショーの割引チケットだと分かったベクターは笑いながら言ったが、随分とハマっているらしいフォードは興奮しながら語る。ちょっと引き気味ではあったが、ポケットにしまったベクターはタルマンを連れてその場から立ち去ろうとした。


「あ、あの…」

「ん ?」


 誰かが自分を呼んだ気がしたベクターが振り返ると、毛布を肩に掛けたまま少女が立っていた。


「あ、えっと…ありがとうございました !」


 そのまま少女が深く頭を下げて礼を言うが、当のベクターは対して反応する事もなく彼女を見ている。


「おう、まあ達者でな」


 あっさりとした返事を残して歩き去るベクターを少女は見送っていたが、隣にタルマンがいる事に気づく。


「悪い、あいつ意外と照れ屋なもんで…こいつは電話番号と住所だ。報酬次第じゃ何でも引き受けてやるよ。それじゃ元気でな、嬢ちゃん」


 タルマンもまた気前が良く、住所や電話番号が書かれた紙を渡してからベクターを追いかけた。少女は黙ったまま書かれていた住所を確認する。


「あの人達って何者なんですか ?」


 後ろにいるフォードへ少女は尋ねた。


「しがないハンターですよ。だがノースナイツにおいて…いや、私が知る限りでは世界のどこを探してもアイツほど頼りになる奴はいません。少々、曲者ではありますがね」


 フォードも誇らしげにそう言ってベクター達を見送った。




 ――――ノースナイツの第九エリアは、いわば貧困層のために用意されたスラムの様な区域であった。一日に一回は死体か暴行現場に遭遇するなどとデマを吹聴される事も珍しくなかったが、少なくとも多少余裕のある者ならば間違いなく居住先には選ばない。


 薄汚い団地や雑居ビルがひしめき、様々な廃棄物や泥の臭いが混じった空気が漂っていた。すっかり小雨によって濡れた地面には、雑に捨てられた広告や新聞紙が水分によってふやけている。ベクターとタルマンはそんな場所を二人して歩き、ようやく自宅であるボロボロな空き家へ到着する。


「…大家は来てないよな ?」


 物陰から覗きながらベクターは言った。


「ああ。大丈夫そうだ」


 タルマンも安全を確認してから彼に返事をする。そして二人は周辺を警戒しながら中へ入って静かに鍵をかけた。本来ならば自分達には不相応な物件だったが、大家の情けで住まわせてもらっていたのである。しかし碌に金も無い今の状態では、今度こそ叩き出されかねないと恐怖を抱えていた。


「ひとまず飯食いに行こうぜ。いつものラーメン屋ならツケで行けるだろ」

「ツケ払いってもう何回目だ ?出禁になって無いと良いが」


 タルマンはソファに腰を下ろしてからベクターへ提案した。装備を立て掛けてフードを脱ぎ、ガスマスクを外したベクターはワインレッドの色をした髪を掻きあげる。そして店側が自分達を歓迎してくれるのだろうかと危惧した。しかし他に食べるものも無いからと、結局二人で先程と同じように警戒しながら家を出て、しみったれた街へと繰り出していった。

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