第4話 救世主爆誕 ?

 飛行艇が停泊所へ辿り着いた頃にまで話は遡る。その機内には無数の牢屋が供えられ、中に入っている者達は老若男女問わず頑強な手錠で繋がれていた。あちこちからすすり泣きが聞こえ、陰鬱とした雰囲気が漂っている。誰もが自分に待つ運命を嘆く他なかった。



「…はあ」


 とある牢屋の一画にて、一人の少女が溜息交じりに虚ろな目で辺りを見回す。少しボサボサになった黒髪は短く切られており、体は細身ながらも病弱さを感じない引き締まり方をしている。オッドアイであった彼女の片側の瞳は、壊れかけのライトに照らされて黄金色に光っていた。


 自分に起きた事を受け入れられずに泣き出す者もいれば、彼女の様に現実を受け止めてふさぎ込む者も少なくはなかった。稀に反骨精神を剥き出しにして乗組員たちへ喧嘩を売る輩もいたが、大抵は碌な結末を迎えない。


「ほら、とっとと入れ !」


 留守を任されているのであろう飛行艇の乗組員たちが、引き摺るようにしてエルフの青年を連行してくる。そして牢屋を開けるや否や、尻を蹴飛ばして叩きこんだ。見れば全身が痣や血に染まり、右腕があり得ない方向へ曲がっている。骨が折れているのだ。


「…うう…う」


 息も絶え絶えに呻きながら、青年は動こうとするが無駄な努力であった。


「派手にやっちまったが、本当に良かったのか ?」

「腕の骨が折れてんだ。あれじゃあ碌な仕事も出来ねえ…どうせ買い手もつかないだろうし、関係ねえよ。死んでくれれば食い扶持も減って助かるだろ ?」


 乗組員たちは笑いながら話していた。ここにいる者達は皆どこか別の土地から拉致されるか売り飛ばされた者達が多数であり、ここから闇市で業者によってオークションにかけられる事になっている。この青年は飛行艇に乗り込む前に怪我をしていたらしく、それをひた隠しにしていた。怪我をしていると分かれば見逃してもらえるのではないかと、淡い期待を抱いて乗組員へ告白したが現実は甘くなかったのである。


 売り物にならないと分かった途端、彼らは「それならばどう使おうが自分達の勝手」と、青年を都合の良いストレスのはけ口にし始めたのである。昼夜問わず、彼らの気が向いた時に叩き起こされ、碌な手当てを受けられないままに暴行を加えられるというのが日課と化していた。ボロボロにされた青年を牢屋へ戻す事で、反抗する意思を削ごうとしていたのかもしれない。


「…鬼畜め」


 そのまま歩き去ろうとした時、か細い罵声が聞こえた事で乗組員の二人は立ち止まった。ボロボロな姿でありながら、彼らへの対抗心を隠さずに青年が睨んでいる。誰が言ったのかを尋ねるまでも無かった。


「俺達に言ってんのか ?ああ ?」

「…」


 彼らはそう言うと、携行していた警棒で鉄格子を軽く叩きながら接近してくる。最初こそ勇ましさのあった青年だが、言わなければ良かったと後悔しているのか無言であった。そんな彼の心情などお構いなしに牢屋へ入って来た乗組員の一人は、冷たい視線と共に暫く彼を睨み続ける。そして躊躇いも無しに頭を警棒で殴った。


「お前やっぱり死にたいらしいなあ !」


 乗組員は目を見開いて怒鳴り散らした。腕で頭を覆って警棒を防ぐ青年だったが、やはり痛みはあったようで悲鳴と共にうずくまる。乗組員はそんな彼に対して容赦なく固いブーツで蹴りを入れ、踏みつけながら罵声を浴びせ続ける。


「恨むんならてめえのお袋を恨め !男に貢ぐためか知らんが、たった数十万握らせただけで喜んでた乞食の雌犬をよお !気が変わったぜ、この場で仏にしてやる !」


 そう言われながら苦しめられる青年を、誰一人として助けようとはしなかった。部屋の隅で縮こまっていた少女はそれを哀れそうに見ていたが、やがて良心の叱責に耐えきれなくなった。


「あ…あの !」


 震える身体で決意をして立ち上がり、怯えながらも声を上げる。二人の荒々しい雰囲気を持つ乗組員が彼女へゆっくりと首を向けた。


「怪我、してるみたいですから…」


 自分でもなぜ庇おうとしているのか分からなかったが、青年を指でさしながら暴行を止めるように彼女は頼む。


「…姉ちゃん、歳は ?」


 一人が唐突に尋ねて来た。


「え…じ、十八です」

「このエルフは知り合いか何かか ?」

「い、いえ…この飛行艇で初めて会いました…」


 なぜかどうでも良さそうな質問をしてくる男達に、少女は戸惑いながらも答える。やがて一人が彼女の前に立つと、やさしく肩を叩いた。


「大した度胸だぜ。見ず知らずの他人のために仲裁に入るとはな…だけどよ、そういう優しさは捨てちまった方が身のためだ。良い事したからって必ずしも報われるとは限らねえ時代だからな…へへ」


 彼はそうやって少女を讃えてから青年の方を再び見る。


「おい、そこのガキ !本当ならとっくに死んでいる所を、心優しい嬢ちゃんのおかげで寿命が延びたぜ。ラッキーだったなあ」


 そう言って少女へ微笑みかけた乗組員は、彼女の肩から手を放す。


「あ、そうそう」


 思い出した様に口を開いた矢先、男は少女の頬をぶん殴った。


「ガキを殴れなかった分だ !ギャハハハハ!!」


 壁に叩きつけられ、切った口から滲む血を確認する少女へ吐き捨てるように男は言った。そのまま牢屋に鍵をかけて二人の乗組員が持ち場に戻ろうとしたその時、上部にある飛行艇のデッキから爆発音や悲鳴が聞こえる。何事かと怪しんでいると、間もなく警報が鳴り始めた。


「侵入者か!?」


 二人はホルスターから拳銃を抜いて、様子を見にシャッターを開けて隣の区画へ出ていく。慣れない出来事に不安を感じながら少女が牢屋の外を見ていると、直後に連続して銃声が聞こえる。しばらく鳴り止まなかったが、再びシャッターが開いた時には、先ほどの乗組員の一人が足を引きずりながら逃げようとしていた。


「ちょいと早めのクリスマスプレゼントだ !」


 必死に逃げようとする男の背中を狙って、タルマンはショットガンを構える。そして散弾を発射した。散弾は背後から男の胴体や足、頭部を貫いて一瞬のうちに彼を亡き者にしてみせた。


「さーて、お宝ちゃん達とご対面だ」


 一通り敵を排除した事で安心しきったタルマンは銃を仕舞い、嬉しそうに手を擦り合わせながら隣の区画へ侵入する。しかし、彼の目の前に広がっていたのは大量に並んでいる牢屋と、そこで物珍しそうに自分を見つめる囚われの人々だった。


「………あれ ?」


 先程までは確かにあった浮足立つ気分が消え失せ、タルマンは呆然としていた。早足で区画を通り過ぎていき、さらに奥の区画も確認するが同じように牢屋だらけである。


「まさか――」

「おいタルマン !どういう事だコレ!?」


 混乱するタルマンの前から、一仕事終えたらしいベクターが声を荒げて近づいて来た。彼にとっても想定外らしく、ガスマスク越しに周りを見回している。


「お前、外の連中は…」

「ここに俺がいるのが答えだよ。それより説明してくれ」


 歩きながら状況の整理を始める二人は、少女が入っている牢屋が存在する区画で立ち止まった。近くの壁に貼られている張り紙には闇市における奴隷たちの取引価格が記されている。


「つまり密輸は密輸だが、商品は”人間”だったってわけだ。偽装してやがったんだ」

「どうすんだよ…流石に奴隷ビジネスについては知らないぜ」

「何だよその『知識があればやってた』みたいな言い方…」


 タルマンがひとしきり落ち着いてから結論を導き出すと、ベクターも奴隷に関しては専門外だと言った。その不穏な発言にタルマンは思わず眉をひそめながら苦言を呈する。


「金にはなるだろうが奴隷はリスクがデカいって聞く…処罰も厳しいし、俺の趣味じゃないんだ。それより情報屋が誰なのか教えろ。後でクレーム入れといてやる」

「フジだよ…あいつから仕入れた」

「…お前ちょっとこっちに来い」


 奴隷になる予定だった者達を眺めるベクターは、奴隷ビジネスに手を出さない理由を語り、タルマンへ情報屋についての詳細を尋ねる。彼は恐る恐る情報屋の名前を出すが、それを耳にしたベクターは少しだけ黙ってから自分の手の届く範囲へ呼び寄せる。そして彼の肩に腕を回した。


「何でよりにもよってアイツなんだよ… !口開けばデマしか言わねえ野郎じゃねえか 」

「仕方ねえだろ !アイツの所が一番安かったんだよ !」

「じゃあ言え、幾ら払った ?」

「えっと…」


 ベクターがタルマンに文句を言い出し、タルマンもそれに対して怒鳴りながら反論する。その後に情報料の値段をベクターが尋ねると、タルマンは一気に押し黙る。やがてゆっくりと指を四本出した。


「四万か…安いのは安いが、俺達からすれば手痛いな」


 想定以上の出費らしく、ベクターは少し余所見をしながら愚痴をこぼす。しかしタルマンは申し訳なさそうに再び口を開いた。


「四十」

「え ?」

「四十万」

「…」


 彼から桁が一つ少ない点を訂正されると、ベクターは無言で彼の首にチョークスリーパーを行った。常人によるものであれば息苦しさで済むのだが、ベクターに掛けられた場合には話が違ってくる。


「ぐぇっ…!!ま、まて…死ぬっ…!!」

「おう。そのまま死ね !」


 首の骨を破壊されかねないと危険を感じたタルマンは許しを乞うが、ベクターは聞く耳を持たなかった。しかし流石に殺すつもりは無いらしく、何だかんだで腕を解いてやる。


「お前何考えてんだよ!?俺達の貯金全額じゃねえか!?」


 ガスマスク越しからでも分かる程にベクターは怒り、そして驚愕していた。


「あの野郎、いきなり足元を見てきやがったんだよ !」

「その結果がこれだよ !今日からどう生活しろってんだ!?大家に追い出されるかもしれないんだぞ !」

「分かってるよ !俺が悪かった !だが元はと言えばお前が情報収集を急かしたから―― !」


 暫くの時間をそういった言葉の応酬に費やしていた二人だったが、一息をついてからすぐに気持ちを切り替える。


「…とりあえず、”保安局”に引き渡す。だろ ?」

「ああ…まあ、多少懐は温まるさ…」


 少し落ち着いたベクターが聞くと、タルマンもそれに応じた。そのまま付近にある死体を漁って鍵の束を見つけ、手短な場所にあった牢屋を開ける。そして一人の少年に鍵を渡した。


「他の連中も助けてやれ。保安局に保護してもらうから勝手な真似はするなよ。全員に伝えろ」


 ベクターとタルマンが釘を刺してコックピットへ向かうと、辺りは歓喜に包まれた。やがて牢屋の扉が開かれ、悪夢から解放されたように人々の顔は晴れ晴れとしていた。


「何なんだろう、あの人達…」


 おなじく牢屋から出た少女は、ベクター達を思い浮かべながらそう呟いた。

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