第2話 死神と呼ばれた男

 ベクターの前に立ち塞がるデーモン達は、あっという間にその大剣によって無惨な姿へと変えられていった。チェーンソーと同じ様に回転する刃が肉体に触れると、削っていくかのように食い込んでいき、そして荒い切り口を残して切断してみせる。


 臓物や血を飛び散らせながら断末魔を上げるデーモン達を踏みつけて、ベクターは大笑いしていた。付近にいたスプリンターの内、数体がベクターへ飛び掛かるとベクタは―再びアクセルを回しながら剣を叩きつける。攻撃が当たった瞬間にアクセルを回す事で瞬間的に刃の回転を上昇させ、彼らの強固な皮膚さえも容易く切り裂いてしまう。たちまち辺りはぶつ切りになった死体の山と化した。心なしか、死んでいるデーモン達の顔も恐怖で歪んでいるように見える。


 横の死角から飛び掛かって来たインプに対しては、即座に左腕で頭部を鷲掴みにして剛力で握りつぶした。血やデーモンの肉片が付着する度に左腕はそれを吸収して、得体の知れぬオーラを発するようになっていた。


「どうした ?俺を殺すんじゃないのか ?」


 ものの数分もしない内に凄惨な光景が作られてしまった事でデーモン達は怖気づいていた。そんな彼らに対して、ベクターは気が抜けたように笑いながら話しかけ、堂々と歩み寄っていく。彼が一歩踏み出すたびにデーモン達は必至に後ずさりをして様子を窺っていた。同胞たちの犠牲によってようやく目の前にいる男の危険性が分かったらしい。


「…ああ、もしかして…気づいた ?」


 突然立ち止まったベクターは自分の服に顔を近づけて嗅ぎ、申し訳なさそうに呟く。


「シャワー浴びてないんだよ。もう丸三日間」


 怠惰的で杜撰な私生活の一面を匂わせるような発言をして、ベクターは再び彼らに斬りかかった。特に恐ろしいのはその身の丈程はあろうかという武器を片手で軽々と、さながら子供が悪ふざけで木の枝を振り回す様に操る彼の怪力であった。自分の周りにいる個体だけを何とか退けた他のハンター達は、目の前で繰り広げられる虐殺に息を呑む。


 気が付けばあっという間にデーモン達は死に絶え、生き残っていた個体も散り散りに逃走した。ベクターは特に追いかけるわけでも無く、自分の背後で怯えながら重たい体を動かして逃げ出そうとしているインプ・キングへ目をやった。そのまま何かを閃いたらしく、大剣の持ち方を少し変えて槍投げの如くターゲットへ向けて投擲する。


 尋常ではない威力で投げられた大剣は、一直線にインプ・キングの背中へと突き刺さる。悲鳴を上げて倒れ伏し、どうにか抜こうと藻掻く標的に向かってベクターは歩いていった。やがて近づいた後に大剣を引き抜いて担ぐと、倒れ伏して瀕死になっているインプ・キングの前に立ちはだかる。そして刃を眼前に突きつけた。


「ジードって名前の人間について何か知っているか ?」


 先程までのおちゃらけた雰囲気が消え、ベクターは暗い口調で尋ねた。しかし、返ってくるのは自分への罵倒と思われる唸り声ばかりである。


「人の言葉を話せない…またハズレか」


 落胆したように言ったベクターは、溜息と共に大剣を背負ってインプ・キングの元を歩き去って行く。見逃してくれたと勘違いしたのか、インプ・キングは慌てて逃げようとするが自分から背を向けている彼を見た瞬間、良からぬ野心が芽生えた。


 こっそりと近づいて襲い掛かれば倒せると考えてしまい、忍び寄ろうとしたのである。ところが離れた距離から突然こちらへ振り返ったベクターを前に、インプ

キングは再び恐怖で硬直してしまう。何とか自分の心の内を読まれまいと怯える演技を試みるが、既にベクターは見通しであった。


「オペレーション、”殲滅衝破ジェノサイド・ブラスト”」


 気が付けば、ベクターの持つ異形の左腕が青色の禍々しいオーラを纏っていた。それを確認した後に彼がそう呟くと、左腕が流動体の様に動いて変形を始める。やがて砲塔を思わせる姿へ変貌していた。所々に変形前と同じような紋章や模様が刻まれている。


「じゃあな」


 ベクターが別れの挨拶を済ませて構えた瞬間、強烈な音と共に左腕から極太の光線が発射された。眩い光線は地面を抉りながら一直線に放たれ、射線上にいたインプ・キングを間もなく消し炭にした。 


「…おしっ、終わり」


 一本道の焼野原が完成した光景に一息ついてから、ベクターは言った。そのまま遠方で呆然と立ち尽くすハンター達に気づいて彼らに近寄っていく。


「デーモンの死体はすぐに消滅する。さっさと回収しといた方が良いぜ」


 自分達が標的にされたのかと狼狽えていたハンター達だったが、ベクターは特に危害を加えるわけでも無く、その場にいた一人の肩を叩いて気さくに言った。そのまま帰ろうとした時、常人よりも重い足音が聞こえる。地面も僅かに揺れた様な気さえした。


「待て」


 リストブレードを携えたままアスラを纏っている兵士がベクターに接近した。先程の戦闘によるものか、所々損傷の激しい箇所が目立つ。


「噂に聞く剣を背負ったハンターとはお前の事か…”死神”と呼ばれているそうだな」

「ほう、知ってるとはな…サインでも欲しいか ?今ならオプションでツーショットも付けてやる。まあ、有料だが今回はサービスで三十パーセント――」


 兵士がベクターへ聞くと、彼はいつもの不敵な調子を崩さずに冗談交じりに返答する。しかし、リストブレードがこちらへ向けられている事に気づいて少々気まずそうな顔をした。


「ああ…冗談だよ冗談。タダで良いぜ」

「悪いが俺は追っかけじゃない。どちらかと言えばお前の事は大嫌いだ」


 兵士はそう言った後に、少し間を開けてからブレードで突きを放つ。だが避けられてしまい、背後に回り込まれた後に首に腕を回された。装甲越しに首を絞められ、そのまま力づくで跪かせられる。


「はい、笑って !」


 ベクターはウキウキした様子で空いている手を使ってカメラを取り出し、なんと掛け声とともに自撮りを敢行する。恐ろしい力で締められているせいで抵抗できなかった兵士は、そのままシャッター音を聞くまで何も出来ずにいた。


「貴様…!!」


 写真を撮り終えたベクターが力を緩めた瞬間に、兵士は不意打ち気味に斬りかかる。しかし難なく躱されてしまい、そのまま廃墟の上へ逃げられてしまう。跳躍力も見事であった。


「じゃ、また会おうぜ。ポストカード作っといてやるから楽しみにしとけよ」


 そう言い残してベクターは走り去って行く。兵士は悔しそうにガスマスクを外して縛り上げたドレッドヘアーを軽く掻いた。ハンター達の一部にはそんな彼を羨ましそうに見つめる者達もいたが、間もなく「作業に戻れ」と叱咤されて渋々応じる。


「新入り…いや、アーサー。無事か ?」

「例の大剣の男を見つけたが…逃がしてしまった。すまない」


 無線が入り、後方から指揮官が現状を尋ねて来る。兵士は少し悔しそうにしながらそれに答えた。


「お前とアスラが無事だった。それだけで何よりだ。さあ、準備をしてからひとまず”シェルター”に戻ろう。初陣に乾杯といこうぜ」


 無線から陽気に励ましを貰ったアーサーは、了解とだけ告げてから連絡を断つ。そしてベクターが逃げ去った方角をもう一度だけ見た。


「死神…想像以上に癖があるな」


 そう言いながら複雑そうな顔をしたアーサーだったが、周囲から準備完了の報告を受けて装甲車へと戻って行った。

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