殺戮魔人の冒険譚 ~仇探しのついでに仕事を始めた結果、周囲から一目置かれるようになっていました~

シノヤン

パート1:ようこそ掃き溜めへ

第1話 ヤツが来る

「総員、攻撃を続けろ !」


 空は闇に包まれ、雨が降りしきっている廃墟の群れに声が響く。デーモンと呼ばれる奇怪な姿をした生物達は、ガスマスクや銃火器で武装した兵士達によって銃弾を浴びせられるが怯むことなく食い殺そうと襲い掛かっていた。


 かつて分け隔てられていた魔界と現世が、突如として一つに融合しようとしている世界。各地に出現するデーモンによって文明は成す術なく滅ぶ筈だった…が、思っていた以上に人々はしぶとかった。


「オラオラァ !人間様の力を教えてやるよお !」

「てめえらを殺せばなあ !こちとら当分は酒に困らねえんだ、とっととくたばれえ !」


 人々は生き残るために武器を生み出し、戦う道を選んだのである。倒した敵から新たな兵器を生みだし、そして再び狩りへ向かう。今やデーモン狩りは存亡を賭け戦いではなく、巨大なビジネスとして成長しつつあった。


『全”ハンター”に次ぐ…すぐに避難するんだ。”アスラ”の実戦テストを始めるぞ』


 無線からそのような声が聞こえるや否や、「ハンター」と称される傭兵たちはすぐに撤退を始めた。そして付近に待機していた装甲車のハッチが開き、重厚な黒鉄で作られたスーツを身に纏う兵士が現れる。軽量化したミニガンが両手に用意されていた。


「でっけえ… !」


 間近で見た新米のハンターは思わず慄く。そんな彼に目もくれずに兵士は歩き出し、ミニガンを構えると辺り一帯に掃射を始めた。群がるデーモン達はたちまち細切れの肉片と化してしまう。


「全弾使用完了。これより白兵戦に入る」

「了解、リストブレードの使用を許可する」


 弾切れを起こしたミニガンを投げ捨て、スーツを装着している兵士が無線で合図を送る。指示をしている後方の仲間から返事が来ると、両手の前腕に備えていた機構を作動させて鋭利な刃を飛び出させる。残りのデーモン達が襲い掛かるや否や、鈍重且つ破壊力のある力で薙ぎ倒していきながらブレードで彼らを切り裂いていく。


「ヒュー !”インプ”程度では相手にならないか…対デーモン強襲用装甲の試作型『アスラ』…上々だぜ」


 双眼鏡で眺めていた後方の兵士は、口笛を吹いて装備の性能を讃える。そうしている間にも”インプ”と称される出来の悪い泥人形の様な見た目を持つデーモン達は、無慈悲にも斬殺されていく。


「…全対象の沈黙を確認」


 暫く戦いが続いた後、スーツを纏った兵士は夥しい数の骸を踏みつけながら告げた。


「よくやった新入り。総員、素材の回収と撤収の準備を始めろ」


 後方にいた仲間は装備を使用していた兵士を労い、他のハンターたちにデーモンの肉体から得られる資源を回収するよう命じる。様々な物資に応用できるデーモンの素材は、彼らにとっても貴重な資金源であった。


「いや~雑魚とはいえ大量だな」

「ま、塵も積もれば何とやらさ。帰ったら早速冷えたビールでも――」


 他の者達から離れた場所でデーモンの亡骸を漁っていた二人は、口々に話しながら金になりそうな素材をバッグへ詰め始める。その時、付近にあった廃墟の陰から突如何かが飛び出し、ビールが飲みたいと語っていた男の首を撥ね飛ばした。


「…へ ?」


 突然の出来事に硬直した彼の同僚は、今しがた襲い掛かって来たものとは別の個体が、廃墟の暗闇からこちらを睨んでいる事に気づく。爬虫類の様な見た目をしており、強靭な皮膚と瞬発力、そして鋭利な爪を持つ「スプリンター」と称される中級クラスのデーモンである。


「ぎゃああああああああああ!!」


 突如離れた場所から上がった悲鳴に全員が反応する。二人の亡骸を貪る敵を目撃したハンター達はすぐさま攻撃態勢を整えるが、次々に背後や頭上から飛び掛かられてしまい、殺されていった。


「スプリンターによる襲撃 !」

「馬鹿な…この近辺に中級以上が出るなんて…!?」


 敵の襲撃に気づいた装甲車の内部では、想定していなかった事態に慌てふためいていた。未知数な性能を持つアスラの機能を試すために比較的安全な地域を選んだにも拘らず、なぜこのような事になってしまったのか。彼らは間もなく理解した。


「…インプ・キングだ !」


 何とか応戦しようとするハンターの一人が叫ぶや否や、遠方からノソノソと歩いて来る巨体が目に入った。インプの中でも大量の栄養を補給する事で進化できる突然変異体、それが「インプ・キング」である。この個体は厄介な事にある程度の知能を持っており、時には他のデーモンを従える事さえあるという。自分達が隙を見せる瞬間を狙っていたのだと、その場にいたハンターたちは悟った。


「この数相手じゃ、アスラを以てしても…クソ」

「ちょっ、何する気です!?」

「信号弾を放って付近のハンターへ助けを求める !俺が戻ってくるまでに機関銃の準備をしておけ !」


 装甲車の中で指示を出していた指揮官が戸惑う部下に対して、舌打ちをしながら言った。そして信号弾用のピストルを取り出して車両から出た後、空に向けてそれを放つ。天高く発射された信号弾は、数秒間の沈黙の後に暗い夜空を光で照らした。




 ――――そこから少々離れた高台にて、一人の男が焚き火の近くで寝そべっている。低い身長でありながら隆々とした逞しい肉体を持ち、豪快な黒い髭を生やしている。彼はドワーフであった。


「…ん ?」


 一瞬、夜空が明るくなった事で目を覚ましてしまった男は、すぐに信号弾によるものだと気づく。何事かと周りを見れば、自分の仕事仲間がいなくなっていた。慌てて目を擦りながら腕時計で時刻を確認し、無線でいなくなった仲間へ連絡を開始する。


「ベクター !お前、どこにいるんだ ?」

「ようタルマン、お目覚めか ?信号弾が発射されたもんでさ。今、現場を観察中だ」


 ドワーフがベクターという人物へ連絡をすると、無線から比較的若い男の声が聞こえる。ベクターはタルマンという名を持つドワーフへ寝起きの挨拶をしてから状況を語る。


「お前…俺達の計画はどうするんだ!?」

「慌てない慌てない…三十分もあれば戻って来られる。あんたは準備をするか、のんびり二度寝でもして待ってれば良いさ。じゃ、また後で」

「あ、おい―― !」


 タルマンからの連絡を一方的に切断したベクターは、廃墟の屋上から死に物狂いで戦っているハンターたちを眺めていた。少々古ぼけたガスマスクを身に付け、迷彩柄のジャケットに備えられたフードを深く被っている。そして何より目を引くのは、背中に背負っているチェーンソーによく似た機構を持つ大剣と、袖を捲って露出している異形の左腕であった。


「さーて、カッコよく決めてやりますか」


 屋上の端にて、足をぶらつかせながら座って観察していた彼だったが、やる気を出そうと立ち上がって軽くストレッチをする。借金をして買ったばかりであるスニーカーの具合を確かめながら、調子がいいことを確認した。そして一気に飛び降りると、廃墟の壁を蹴って丁度いい着地点に降り立つ事が出来る様に位置を調整する。


 そのまま新体操の如く体に捻りを加えて落下し、凄まじい衝撃と砂埃を撒き散らしたベクターは片膝を突いた状態から顔を上げる。


「…決まった」


 惚れ惚れしつつ呟いた彼は辺りを見たが、ハンターどころかデーモンさえベクターの存在に気づいていなかった。


「時代が違えばウルトラCだってのに…勿体ねえな」


 無視された事にカチンと来たものの、ベクターは立ち上がって剣の柄に取り付けられているアクセルを回す。二回ほど回した直後、大剣は火を噴いて爆音をあげ始めた。無数の小さな刃が取り付けられているチェーンが激しく回転し、僅かではあるが振動が手元に伝わるのを感じてからベクターは大剣を肩に乗せる。カバーがあるため、チェーンによって肩が切断されるという事態にはならない。


「…あれは… !」


音に気づいた一人のハンターが叫んだ。それと同時にデーモンや他のハンター、そしてアスラを身に纏っていた兵士もようやく彼へ注目した。銃火器を使わず、持ち前の大剣と身体能力のみで渡り歩く謎の怪人。誰しもが噂には聞いていたが、自分の目で見る事になるとは夢にも思っていなかったのである。


「ここからは俺の独断場だぜ」


 ガスマスク越しに笑いながらベクターはそう言った。

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