武蔵野のうけらが花の

たまご

第1話

(一)

 ——武蔵野の 草はもろ向き かもかくも 君がまにまに は寄りにしを


 東京都府中市にある大國魂おおくにたま神社のけやき通りのひと隅に、その歌碑は建っていた。

 すぐ傍に解説板があり、歌の現代語訳に何気なく目を留める。意味がわかったとき、わたしは少し苦しくなった。

 出来たばかりの柔らかい瘡蓋かさぶたで覆われた傷痕に、誰が詠んだかわからぬ歌が、優しく触れて撫でた気がしたのだ。

 一面のススキが原が風になびくうら寂しい様が、ぱっとわたしの脳裏に浮かぶ。

 武蔵野のススキが原の真ん中に立ち、顔を覆って泣いているのは——わたしだった。


(二)

 行ったことのない駅で降りて、知らない土地を散策したいと思うことが、わたしにはよくある。

 失恋をした後なんかは特にそうだ。

 頭を空っぽにして散策するうち、湿った気持ちが上向くこともあるし、行った所の史跡を調べてまわるのも、いい気晴らしになるからだ。

 三年越しの恋に破れたわたしは今回、通勤途中の駅の電光掲示板で毎度見かける終着駅を散策することにした。

 自宅近くの駅から武蔵野線に乗り換えて、三十分と少し。

 学生で賑わう車内で、わたしは読みかけの【星の王子様】を出して気を紛らわす。

 パイロットのいい加減な言葉に傷つき、王子様が泣いてしまう場面まで読んだところで、終点を知らせるアナウンスが車内に流れた。


 府中本町駅を出ると、右手に太い柱が何本も、天に向かってそびえ立つ。

 何だろうと近付いて案内板を見ると、かつてこの地に存在した、武蔵国の国司館こくしのたちの柱を再現したものらしい。その昔、この辺りには、无邪志国むさしのくに胸刺国むさしのくに知々夫国ちちぶのくにの三つの国が存在し、それらが統合されて武蔵国になったそうだ。

 その後、国府が設置され、この地は政治・経済・文化の中心地として花開いた。

 けれど、かつて武蔵国の都として栄えたこの場所も、今や競馬ファンの集う地としての顔の方が有名だ。

 この地に生き、この地に暮らしたいにしえの人々の面影は、既にない。

 わたしと彼等を繋ぐものなどないのだと、そう思っていた。

 それなのに、神社での参拝を終え、社の入り口付近にあるカフェで休もうとしたわたしの目に、飛び込んできた歌碑があった。

 歌碑に刻まれたその歌は。

 千三百年もの時を一気に飛び超えて、わたしの心に触れてきたのだった。


(ススキが風になびくように、わたしはあなたにただひたすらに、この心を寄せたのに……)


 歌の現代語訳を心の中で反芻する。

 詠み人知らずのその歌の作者を、わたしは欠片も思い浮かべることが出来ない。

 なのに、歌に込められた感情には、どうしようもなく揺さぶられ、突き動かされるものがあった。

 およそ恋をした者ならば、一度は覚えがあるだろう。

 想えども想えども、その想いの一片ですら、かすりもしない苦しみに。

 ふと、詠み人に興味が湧いた。

 わたしはスマホを取り出して、適当な単語で検索をかける。いくつか記事がヒットして、その中に、歌の詠み人についてのものがあった。

 曰く、あの歌の詠み人は、男女どちらかすらはっきりとしていないらしい。

 果たしてあれは、女が詠んだ恨み節か、男が詠んだ蜜ごころか。

 わたしと同じ傷を抱えたその人に、すっかり惹かれてしまったわたしは、誰も知らないその人を、もっと知りたくなっていた。


(三)

 わたしは翌週、近所にある図書館を訪れていた。

 武蔵野や万葉集に関する本をいくつか手に取りパラパラと頁をめくれば、


 ——わが背子せこを どかも云はむ 武蔵野の うけらが花の 時なきものを

 

 その歌が飛び込んでくる。

 わたしは、隣に添えられた現代語訳を辿った。


(愛しい人へのこの想いは、なんと言ったらいいのだろう。武蔵野のオケラの花が時を選ばず咲くように、焦がれ続けるこの想いは……)


 何故だろう。

 その歌を詠んだのは、あの歌碑に刻まれた恨み節を詠んだ者と、同じ気がした。

 確たる証拠など何もない。

 けれど、歌に込められた恋心が、切に訴えかけてくる。

 二つの歌は繋がっているのではないか?

 わたしは武蔵野の地で詠まれた、詠み人知らずの歌が他にないかと探し出す。

 すると例の歌碑に刻まれた歌を含めて、五つの歌が見つかった。

 そのどれもが恋歌で、武蔵国で詠まれたものだ。

 わたしは少し興奮しながら、妄想とも言える一つの仮説を考える。


 五つの歌の詠み人は、全て同一人物で、歌を時系列に並べれば、一つの恋の始まりと終焉が——遠い昔、この地に生きた誰かの血の通った感情が、掴めるのではないか、と。


 それは少々乱暴で、下衆な妄想なのかも知れない。

 けれど五つの歌は、彼か彼女の生きて愛した一つのストーリーとなって、わたしの心に次々雪崩なだれ込んでくる。

 わたしは近くのソファに腰掛け、スマホを出して物語を綴り始めた。


(四)

 无射志国むさしのくにの大領の娘が、父から申し付けられて、中央からやって来たその男に対面したのは、武蔵野原に黄金の尾花が一斉に棚引く季節であった。

 父が娘子おとめを呼んだのには訳がある。

 都から任期制で派遣される国宰くにのみこともちを現地の豪族がもてなし、取り入ってますます引き立てて貰うのは常套手段だ。

 父が娘を献上するのも、またよくあることだった。

 大国に分類される国の郡領の娘として、娘子はそれを重々承知している。

 春にやって来たさかんは壮年だったので、娘子は少し震えていたが、父に酒を注がれていたのは、娘子とそう変わらぬ年頃の青年で、娘子は大層驚いてしまった。

 言葉も出せずにいる娘子に、男は親しげに笑いかける。

 そうして思い出したかのように、「ここに来るまで野原で見かけた白い花が気に入った。あの花の名はなんと言う?」と問うてくる。

 花の名など気にした国宰が果たして今までいただろうか?

 娘がか細い声でうけらの花だと伝えると、男は笑みを濃くしてそうか、と言った。


 ——あれは美しい。无射志国むさしのくには美しい国だ。


 都から下ってくる国宰の大半が、地方に飛ばされた不遇を嘆き、都に比べるともの寂しいこの土地を、悪し様に罵る。

 この地を美しいと言ってくれたおよそ官吏らしくないその男に、娘は初めての恋をした。


 *

 ——恋しけば 袖も振らむを 武蔵野の うけらが花の 色に出なゆめ


 娘子と彼が恋仲になるまで、そう時間はかからなかった。

 娘は身も世もなく彼に心を捧げたが、それは隠さねばならぬことだった。

 娘の父は下心を持って娘を彼に献上したが、複数の豪族が存在するこの土地で、国宰に対するそのような行為は一種の抜け駆けとも言える。

 結果そうしたことには関係なく恋仲になった二人だったが、人目につけば邪推した者が、父娘の郡家こおげに火を放ってもおかしくなかった。


 彼の任期は六年。

 それが長いか短いか、若い娘にはわからない。

 ただその時が永遠に続けばいいと、大國魂大神に祈った。


 *

 ——武蔵野の 小岫をぐききぎし 立ち別れ にし宵より 背ろに逢はなふよ


 しかし彼は任期を待たずに突然帰京することになった。

 知らせが届いたのだ。

 彼が都に置いてきた家族の死を知らせるものだった。

 別れに際し、娘子が彼に会うことはなかった。

 彼は血相を変え、国庁からそのまま駿馬に跨り駆けていったと人伝てに聞き、娘は静かに涙した。


 ——夏麻引そびく 宇奈比うなひを指して飛ぶ鳥の 到らむとそよ 下延したはへし


 別れも言わず去っていった男から尺牘てがみが届くことはなく、男が戻ってくることもなかった。

 娘は逢いたい気持ちのままに歌を詠み、しかしそれもいつしか男への恨みに変わっていった。


 娘は尾花の原を裸足で駆け、一面の黄金の中をひらひらと舞い踊る。

 娘の幼い恋心には、彼の事情などわかりはしない。

 風が吹き、黄金の草は一斉に、同じ方向に棚引いた。


「ススキが風に靡くように、わたしはあなたにただひたすらに、この心を寄せたのに……」


 そう言って、娘は顔を覆った。

 娘を慰めるように、武蔵野の草が彼女を撫でた。


(五)

 武蔵国で詠まれた歌を並べ替えて出来た物語は、男に捨てられた娘の恨み節で終わってしまった。

 しかし、本当にそうだろうか?

 わたしはわたしの創作した娘の想い人を何故か悪人にしたくないという思いを感じていた。

 娘の姿に今の自分を、投影してしまったからだろうか。

 娘が尽くした男について、強く強く知りたくなる。

 何か手掛かりはないだろうかと本の頁をめくれば、男のよすがが見つかった。


 ——いかにして 恋ひばかいもに 武蔵野の うけらが花の 色に出ずあらむ


 娘の歌への返答として詠まれたものだ。

 恋する心を顔に出さずにいられようか、とはなんとも情熱的である。

 とはいえ、月が満ち欠けするように、人の心も移ろいゆく。

 男がその後心変わりをしたとして、誰に咎めることが出来よう。

 しかし、かつて互いに互いの内臓の温かさに触れたことがあるのなら、その人の背を見送る哀しみは、いかばかりだっただろうか。

 わたしはふと、【星の王子様】の一節を思い出す。

『本当に不思議なところですね、涙の国というところは!』というくだりだ。

 わたしと娘を時を超えて繋いだのは、この、涙の国だったと思う。

 誰の心の中にもあって、他人は決して入れないのに、奥に他人の涙の国にワープ出来る泉があって、わたしはきっとその泉に落ちてしまったのだ。


「武蔵野の 草は諸向き かもかくも 君がまにまに 吾は寄りにしを」


 わたしは小さく声に出し、娘の哀しみを咀嚼する。

 娘はどうして、この気持ちを歌にして、未来永劫残したいと思ったのか。

 それはきっと、この哀しみが、娘の宝物だったからなのだろう。

 深い哀しみや傷痕は、ときに他の明るい感情よりも、ずっとずっと大切で、聖なるものになり得ることを、わたしは既に知っている。

 想い人に捧げた純情も、受け入れられなかった哀しみも、娘はきっと絶対に、手放したくないと思ったのだ。

 そのてがみには届かなかったけれど、千年後のわたしに届いた。


 ススキが原の真ん中で、娘が一人泣いている。

 娘を優しく撫でた尾花が、わたしの頬にも触れた気がした。


 

(了)

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