第35話 廃村捜索隊~翔~

 翔たちがゴールしてから十数分後に悠馬と怜奈のペアが戻ってきた。

 悠馬は暑さで少し汗ばんだだけだったが、怜奈の方は顔を上気させて前髪が汗で額に張り付いていた。

 かなり怯えて騒いだのだろうというのが伺えた。


 しかし問題は賢吾と阿里沙のペアだ。

 順番から言えば彼らは悠馬たちよりも先に出発したのだから当然先に帰ってくるはずだが、まだ戻って来ていなかった。


「追い抜いた記憶はないんだけど」


 悠馬は訝しげに首を捻る。


「もしかして本当に幽霊と会ってあの世に連れていかれたんじゃね?」

「まさか。道に迷っただけだろう」

「私、探してきますっ!」


 そう言ってきたのは驚いたことに怜奈だった。


「無理だよ。さっきあれだけ怖がってたのに」


 悠馬が苦笑いを浮かべる。


「でも……怪我してたり、野生の動物に襲われてたりしたら……」

「こういう時は主催者が行くべきなんじゃないのか?」


 悠馬が鋭い目で神代を睨む。

 いつもはこういう態度の悠馬に怯まない神代だが、この時ばかりはビクッと体を震わせた。

 悠馬が怖いのではなく、暗闇が怖いのだろう。


(へぇ。人に肝試しなんてさせておいて神代も怖いんだ)


 翔はニヤリと笑う。

 すかした態度の神代に一泡拭かせてやりたくなった。

 偽神様の化けの皮を剥ぐチャンスだ。


「悠馬の言う通りだ。これは主催者の責任だろ。事故とかあったら責任問題だぞ」

「分かりました。では私が探してきましょう」


 硬直してしまった神代に代わり名乗りを上げたのは運転手だった。

 屈強な見た目は伊達じゃないらしく、怯えた様子はない。


「みんなで手分けして探した方が確実です」

「そうだな。よし、俺も行こう」


 怜奈の提案に伊吹が賛同する。

 窓ガラスを割ろうとした件の償いのつもりかもしれないと思い、さすがの翔もそれ以上場を荒らす言動は出来なかった。


 賢吾たちが戻ってきたときのことを考え、神代だけをゴールに残して全員で捜索を開始した。


 それほど広い集落ではないが、肝試しのエリアは集落の外れである神社も含まれている。

 道を間違えば全然違う山の中へと入ってしまう可能性もあった。

 ただ早い段階で道に迷った可能性もあるので翔は民家や役場跡がある集落中心部へ向かった。


「おーい、賢吾! 阿里沙!」


 声を張り上げながら走るが、応答はない。

 念のため役場の中も入って確認したが、人が立ち入った気配もなかった。


 一応二階も確認しようと階段を上る。

 久しく誰も歩いてなかった通路は埃っぽかった。

 二階の窓から周囲を見渡すと、あちらこちらで捜索するものたちの懐中電灯の光が揺らめいていた。

 肝試しというシチュエーションもあって、まるで迷える人魂のようにも見えた。


「うわぁあああっ!」


 突然夜の闇から悲鳴が聞こえ、翔はビクッと振るえて身構えた。

 今の声は男性だった。

 賢吾だろうか?

 それとも悠馬だろうか?

 まさか伊吹か?


「どうしたっ!」


 暗闇に大声を張り上げるが返答はない。

 妙な胸騒ぎがして、翔は慌てて階段を駆け下りる。


 声がしたのは神社のある森の方だった。

 そちらを見に行ったのは伊吹と運転手だ。


「おーい! 大丈夫か! 返事しろ!」


 大声を上げながら走っていると「こっちだ」という声が聞こえた。

 草むらの方を見ると、背丈ほどの段差の下で伊吹が倒れていた。


「センセー! どうした!」

「いや、ちょっと足を滑らせて」

「マジかよ。ダセェな」


 大したこと無さそうな様子を見てほっと安堵する。


「足をくじいたみたいなんだ」

「世話が焼けるな」


 翔は段差を飛び降りて伊吹に肩を貸す。


「ミイラ取りがミイラってやつだな」

「渋い言葉知ってるな」

「あんたの小説に書いてあったんだよ」

「そうだっけ?」


 背が低いわりに重い伊吹をなんとか立ち上がらせ、神代のいるゴールへと向かう。


「少しは痩せろよ。重すぎだ」

「作家は運動不足になりがちなんだよ」

「頭でっかちでお腹でっぷりだな」

「いい表現だ。今度使わせてもらうよ」


 男二人が密着してよろけながら歩いていると、伊吹のデビュー作を彷彿させた。


「そういえば『死人使い』のクライマックスもこんなシーンだったな」

「……そうだっけ? てかもういいって俺の作品の話は。なんだか恥ずかしくなるし」

「負傷した主人公とヒロインの二人で最終決戦に向かうシーンだ。二人ともかなり怪我を負っていて、ヒロインが対決前に言うんだよ。『私が死んだら、死人使いの能力で私の身体を使って戦って』って。覚えてないのか?」

「覚えてるよ。忘れるわけないだろ」


 伊吹は懐かしむように笑っていた。

 そんな表情の伊吹を見るのははじめてだった。

 翔はしばらくその表情をじっと見つめていた。


 そして翔は気付いてしまった。

 ということを。

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