第30話 神代の千里眼~悠馬~

 トイレ休憩のあと、バスは更に奥深い山道へと進んでいく。

 本当に利用している人がいるのか怪しいほど、行き違う車も後続車もいない道だ。


 悠馬は特に見るべきものもない車窓をぼんやりと眺めながら、阿里沙と神代の会話に聞き耳を立てていた。

 大半はどうでもいい世間話で、話をしているのはほとんど阿里沙だった。

 神代は聞き役に徹しており、自らのことは話さないから情報は得られない。

 だが悠馬との約束に応えようと努力してくれている阿里沙の姿勢に感謝していた。


 細い道はやがて舗装さえされていないものとなり、運転が慎重になるため速度も遅くなる。

 ようやく目的地に着いたのは午後四時だった。

 長く揺られる移動だったので怜奈や伊吹は車酔いしたようで顔色が悪い。


「皆さんお疲れさまでした。今日はここでキャンプとなります」


 石がゴロゴロと転がる河原で辺りには店はおろか民家すら見当たらない。

 当然悠馬たちのほかにキャンプをする人の姿もなかった。


「なんでわざわざこんな辺鄙なところまで来たんだ?」


 みんなを代表して悠馬が苛立ちを籠めて神代に訊ねる。


「自然豊かで人里離れた静かな場所だからです」

「人里離れ過ぎじゃね?」


 呆れた様子の阿里沙がぼやきながら辺りの写真を撮る。


「あ、あそこになんかある。店かな?」


 伊吹が嬉しそうに指を差した少し小高い場所に何かの建物が見えた。


「気付かれましたか? 実はあれがここを選んだ理由なんです」


 神代はにっこり笑って一同を見回した。


「実はこの辺りはかつて炭鉱で栄えた町がありました。しかし時代の移り変わりと共に廃鉱となり、残った人たちは農業などで細々と暮らしてました。とはいえこんな陸の孤島のようなところで暮らすのは大変です。次第に人口が減り、ついに十年ほど前、廃村となってしまいました」


 こんな奥地まで道が続いていたのもその村があったからなのだろうと悠馬は納得した。

 しかしあの村とキャンプの関係性は分からない。


「ここでキャンプをし、夜はあの集落で肝試しを行います。廃病院とかもあって夜はなかなか迫力ありますよ。幽霊ともあえるかも?」

「はあ⁉」


 ひときわ大きな声を出したのは、意外にも賢吾だった。


「肝試しなんて馬鹿馬鹿しい。幽霊なんているはずないだろ。あんなものは人の無知や恐怖心が生み出したものだよ。不可解なこと、理解できないことを妖怪や幽霊のせいにしているだけだ。暗闇を恐れるのは人間の、いや動物の遺伝子レベルの本能であって、そこによく分からない幽霊を付け加えることで恐怖心を煽っているに過ぎない。死んだ人の霊が漂ってるとか、怨念で呪うだとかあり得ない。実に下らなくて不毛なことだ」

「まあ賢吾が肝試し苦手ってことはよく分かったよ」


 翔の忖度ないつっこみに神代や運転手を含めたみんなが笑った。

 思えばこの旅行でみんなが笑ったのはこれがはじめてかもしれない。

 もっとも賢吾だけは全く笑っていなかったが。


 テントは大きな男性用とそれより一回り小さい女性用の二つが用意されていた。

 全員でテント設営を行ったあと、バーベキューの準備が始まる。

 悠馬は目で合図して阿里沙と二人で薪集めに向かった。

 色々と用意周到な割に薪が足りないのは、キャンプといえば薪拾いという考えが神代にあったためだ。

 そのお陰で阿里沙と二人きりになれたのはラッキーだった。


「なにか情報は掴めた?」


 森に入って薪になりそうな枝を拾いながら訊ねる。


「うーん……どうかなぁ。神代ちゃんってなかなか自分のこと話さないし、話したとしてもなんかウソっぽいんだよね」

「それは同感だ。彼女の言葉にはどこかリアリティがないね」

「でしょ? どこ住みとか彼氏いるとか訊いてもあやふやだし」


 爪が傷つくのが嫌らしく、阿里沙はあまり枝を拾わない。

 そもそも薪を拾いに来ているというのにハンドバッグを持ってきているあたりからしてやる気が感じられなかった。


 肌見放さずとまではいかないが、自分の目の届かない場所に貴重品を置いておくのが不安だったのだろう。

 仕方なく悠馬が多く枝を拾っていた。


「でもあたしのことはよく言い当てるんだよね。友達の名前とか、どんなブランドが好きだとかすべてお見通しって感じ。千里眼っていうのはもしかしたら本物なのかな?」

「そんなわけないだろ。あれはきっと僕らのツイートを見て得た情報だよ」

「あたしもそうかなって思ったけど、好きなブランドとか呟いてないし、友達の名前だってはっきり書いてない子もいるし」

「ブランドは写真を見て判断したんだろ。友達の名前だってフォロワー見たら大体分かる」


 悠馬のアカウントは五年ほど利用したものだ。

 当然その間に恋人が出来たことや、その恋人が交通事故で命を落としたことも書いている。

 神代がそれを見たことは間違いないだろう。


「うーん、でもなぁ」と呟き、阿里沙はまだ納得していなさそうな顔をしていた。


「どうしたの?」

「それなら悠馬の死んじゃった彼女の顔も知ってるってことでしょ? その彼女が自分に似ていると知ってるなら、神代ちゃんも悠馬が動揺する理由が分かるはずじゃない? でも神代ちゃんは全くそのことに気付いてない様子なんでしょ?」

「うん、まあ……そうなんだよね」


 そこがよく分からないところだ。

 意図的に似せてきていると思われるのに本人に自覚がないのはおかしい。

 惚けているのかと疑ったが、演技をしているようにも見えなかった。


「あたしがおかしいって思うことはそれだけじゃない」

「ほかにもあるの?」

「さっきバスの中で『千里眼ならあたしの友達の名前も分かるわけ? 』って訊いたの。そしたら二年前くらいから遊んでないしフォローもしていない高校の同級生の名前とかも言ってきたの。怖くない?」

「だからそれはツイッターの履歴を見たからだよ」


 悠馬の言葉に阿里沙は「あり得ない」と首を振った。


「あたしは多いとき、一日に百件くらい投稿することあるの。少ない日でも十件はするし」

「膨大な呟きがあるのにその中から情報を探すのが難しいって言いたいの?」


 そう訊くと彼女は首を振った。


「ううん、違う。そうじゃなくて。ツイッターって遡れる件数って決まってるの。消えた履歴を読む方法もあるみたいだけど、簡単じゃない」

「そうなんだ」

「だから二年前のツイートなんてとっくに読めないはずなのに、神代ちゃんは知っていた。おかしくない? この旅行に誘われたのって数週間前だよ」

「なるほど。それは確かに妙だ。もっとずっと前からツイッターを監視していたってことかな?」


 不可能なことではないが、ただの気まぐれの遊びというには手間をかけすぎな気もする。

 相当な暇人なのだろうか。

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