砂糖菓子みたいに甘い……

 翌日から毎日、メグミはハヤテの事を待つようになった。

 合唱部の練習の後、特に何を話すわけでもなく、ただ並んで帰り道を歩く。

 たった1区間電車に乗るだけでぐったりしてしまうハヤテの事を心配したのか、メグミが「歩いて帰ろう」と言い出した。

 地図で調べてみたところ、駅に向かわず、学校とメグミの家の中間辺りにある大きな公園を通り抜けると、かなり近道になるらしい。

 少しは近道になるとは言え、メグミにとっては電車に乗った方が早いしラクなはずなのに、何時間も待ってまでして「一緒に帰ろう」と言うメグミを、ハヤテは不思議に思う。


(こんなの……何が楽しいんだろう?たまにはどこかに行こうとか、帰りに何か食べに行こうとか、誘った方がいいのかな……?)


 一応、形だけとは言え『付き合っている』のだから、それらしい事をするべきだろうか?


(でも、誘うってどこへ?誘ってどうするつもりだ?毎日一緒に帰るようにはなったけど、たいした会話もしないで、ただ一緒に歩いてるだけなのに……。オレなんかとこれ以上長い時間一緒にいたって、それこそおもしろい事なんてひとつもないだろうし……)


 ハヤテが頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、1台の車が速いスピードで通り過ぎた。


(危ないな……)


 ハヤテは何も言わずメグミの左側に移動し、そのまま黙って車道側を歩いた。

 メグミはハヤテの横顔を見上げて嬉しそうに微笑むと、ハヤテの右手をそっと握った。

 少し驚いたものの、ハヤテは照れくさそうにその手を握り返した。

 それから二人は相変わらず何を話すでもなく、ただ黙って手を繋いで歩いた。


(なんだこれ……。照れくさいけど……これはこれでいいかも……)


「ハヤテの指、長くてキレイだね」

「……そうかな」


(そんな事言われたの初めてだ……)


「うん……すごく好き」


(すごく好きって……)


 メグミの言葉にハヤテは照れくさそうに目を伏せてから、その指をメグミの指に絡めて、手を繋ぎ直した。


(照れくさいな……。オレには似合わないか……)


 メグミは自分の指に絡められたハヤテの指を見て、嬉しそうに笑いかける。


「ハヤテからこういう事してくれたの、初めてだね」

「……オレには似合わないって思ってる?」

「ううん、すごく嬉しい。やっとハヤテの彼女になれたって感じがする」


 どこまでもストレートなメグミの言葉に、ハヤテはまた照れて真っ赤になる。


(こんな事言うの、恥ずかしくないのかな?)


 照れくささを打ち消すように、ハヤテは別の話題を持ち出した。


「明日は木曜だから、またいつもみたいにピアノ弾くけど……」

「うん、邪魔しないように聴いてる」

「退屈しないの?」

「しないよ。ハヤテのピアノ好きだし、ピアノ弾いてるハヤテ見てるのも好き」

「……本当に物好きなんだな……」


 打ち消すつもりが更に照れくささが増して、それを隠そうと、ハヤテの口からは素っ気ない言葉ばかりがこぼれる。


「物好きじゃなくて、ハヤテが好きなの」

「……だからそれが物好きなんだって……」

「もう……。彼女に向かって、物好きはないでしょ?」

「じゃあ……変わり者?」

「素直じゃないんだから……。でも、そういうところも好きだよ」

「……もういいって……」


 何を言っても、メグミから返ってくる言葉は、砂糖菓子みたいに甘くて、優しくて、くすぐったくて、照れくさい。

 照れてそっぽを向くハヤテを見て、メグミは柔らかく微笑んだ。


「ハヤテ、譜面見ただけで知らない曲も弾けるの?」

「特別難しい曲でなければ、だいたいは」

「じゃあ、今度弾いてくれる?」

「ん?ああ、いいけど……」

「やったぁ。約束ね」


 メグミはニッコリ笑うと、少し伸び上がってハヤテの頬に素早くキスをした。


「……また……!!」


 慌てるハヤテの顔を見て、メグミはおかしそうに笑う。


「だって、私からしないと、ハヤテからはしてくれないんだもん」


(なんだこれ……。めちゃくちゃかわいい……)


「……すみませんね。いい歳して女の子との付き合い方もよく知らなくて。不満なら他当たって下さい。君の周りには、女の子の扱いに慣れててかっこいいヤツ、いっぱいいるだろ?」


 ハヤテは照れくささを隠そうと、思わず素っ気なく愛想のない事ばかり言ってしまってから、こんな自分に嫌気がさす。


(あーもう……何言ってんだよ……)


「意地悪……。私はハヤテが好きなんだよ?好きでもない人にキスなんかしないって、前も言ったのに……」


 シュンとしてうつむくメグミにかける言葉も見つけられず、ハヤテは繋いだメグミの手をひいて、ただ黙ったまま歩いた。


(だから、こんなつまんない男なんてやめとけばいいのに……)


 ようやくメグミの家にたどり着くと、ハヤテは繋いでいた手を離して、少しためらいがちにメグミの頭を撫でた。


「ごめん、つまんない男で」

「ハヤテは、つまんなくなんかないよ」

「……おやすみ」


 まっすぐすぎるメグミの言葉に胸が痛む。

 ハヤテはどうしていいのかわからず、メグミに背を向け足早に歩き出した。

 自宅へ帰る道を歩きながらハヤテは、見栄っ張りで子供っぽくて素直になれない自分に心底嫌気がさして、激しく自己嫌悪に陥っていた。


(オレきっと、あの子をがっかりさせてばかりだ……。好きとか……言われ慣れてないから、どうしていいかわからないんだよな……)


 自分自身が一番嫌いな自分の事を、どうしてメグミは、あんなにもまっすぐに好きだと言ってくれるのだろう?


(あんないい子、オレみたいなつまんない男にはもったいない……)


 メグミのストレートな愛情表現に戸惑う反面、初めて自分の事を好きだと言ってくれたメグミの事を、たまらなくかわいいとも思う。

 受け止め切れないほどの『好き』と言うメグミの気持ちが嬉しいと思うのに、まだどこかで信じられない自分がいる。

 本当は『ありがとう』と言いたいくせに、わざと素っ気なく愛想のない言葉で否定して突き放してしまう自分に嫌気がさす。


(せめて……もう少しだけでも、素直になれたらな……)


 メグミのように甘い言葉は言えなくても、せめてがっかりさせるような言葉じゃなく、素直な自分の気持ちを伝えて、メグミに笑ってもらえたらと思う。

 どうしてこんな自分と一緒にいるのだろうと思いながらも、メグミといる事が心地よくなっている。

 それを素直に認められない子供っぽい自分を、何とかして変えたい、変わりたいとハヤテは思う。


(大人の男になるって、甘くないんだな……)



 翌日の放課後。

 ハヤテがいつものように音楽室へ足を運ぶと、一足先に来ていたメグミが、ピアノのイスに座って待っていた。


(来てる……)


 夕べの別れ際の事が気になりながらも、メグミがそこにいる事に少しホッとして、ハヤテは音楽室に足を踏み入れる。


「あっ、ハヤテ」


 ハヤテの顔を見た途端、メグミは満面の笑みを浮かべた。


(笑ってる……。良かった……)


「もう来てたんだ」

「うん。ハヤテ、昨日の約束覚えてる?」

「昨日の……ああ……うん」


『昨日の』と言われ、ハヤテは大人げない事を言ってメグミをがっかりさせてしまった事を思い出す。


(昨日の事……謝った方がいいのかな?)


 ハヤテが少しためらいがちにメグミを見ると、メグミは笑って譜面を差し出した。


「これ、持って来た」

「ああ……うん」


 謝るタイミングを逃し、ハヤテはバツが悪そうな顔でそれを受け取る。


「あと、これ」


 メグミはスマホにイヤホンを付けて、ピアノのイスの左側に座ると、右側をポンポンと叩く。


「座って。一緒に聴こ?」

「……うん」


 肩を寄せ合ってピアノのイスに座り、片方ずつイヤホンを付けて、その曲を聴いた。

 ハヤテはメグミの肩がピッタリと自分の体に触れている事に、妙にドキドキしてしまう。


(なんでこんなにドキドキするんだろ……。抱きしめたいな……とか……)


 高鳴る胸とメグミを抱きしめたい衝動を抑えつつ、ハヤテはその曲に耳を傾けた。


(すごいな……。初めて聴くけど、誰の曲だ?)


 曲を聴きながらハヤテは譜面に目を走らせる。

 曲が終わると、ハヤテはイヤホンを外しながらメグミに尋ねた。


「これ……誰の曲?」

「ヒロさん。いい曲でしょ?」

「うん。すごいな……」


 すぐ間近にあるメグミの顔を見たハヤテは、メグミの目が赤い事に気付いた。


「目、赤いよ?」

「わ……そんなに見ないで」


 メグミは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。


「どうしたの?」

「夕べ、なかなか眠れなかったから……」

「なんで?」

「……ハヤテの事考えてた」

「えっ……」


(オレの事……?)


 眠れなくなるほど自分の事を考えていたのかと思うと、ハヤテはまたドキドキしてしまう。


(そんな事言われたら余計に……!)


「帰って休む?」

「やだ、ハヤテのピアノ聴きたい」

「んー……。じゃあ、聴きながらそこで休んでなよ。子守唄代わりになるかどうかはわからないけど……」

「でも……」

「大丈夫だよ。置いて帰ったりしないから」

「うん……じゃあ、眠くなったらそうするね」


 メグミはいつもの場所に座ると、にこやかに笑ってハヤテの方を見た。


「じゃあ……弾いてみるか」


 ハヤテは譜面を並べて、鍵盤の上に静かに指を乗せると、先ほどメグミと聴いたヒロの曲を弾き始めた。

 その柔らかく心地よい音色に耳を傾けながら、メグミは気持ち良さそうに目を閉じた。

 ハヤテがその曲を弾き終える頃には、メグミはスヤスヤと寝息を立てていた。


(気持ち良さそうに寝てる……。ホントにかわいいな……)


 子供のように無防備なメグミの寝顔を見て、ハヤテはその唇に触れたい衝動に駆られた。


(……何考えてんだ……)


 ハヤテは慌ててもう一度ピアノに向き直ると、再び鍵盤に指を乗せた。


(それにしてもいい曲だな。もう一度弾いてみよう)


『Darlin'』と言うタイトルのその曲は、ハヤテの心をわし掴みにするように、弾くほどに深く心に染みる。

 ハヤテはいつしか夢中になって、その曲を何度も弾いていた。



 すっかり日が暮れ、窓の外はもう暗い。

 目を閉じて眠っていたメグミが、ハヤテのピアノの音を聴きながら目を覚ました。

 メグミがジッと見ている事にも気付かないで、ハヤテはピアノを弾いている。

 ハヤテがその曲の最後の一音を弾き終えた時、メグミが後ろからそっと腕を回して、ハヤテを抱きしめた。


「ハヤテ、もう時間過ぎてるよ」

「えっ?!」

「時間忘れちゃうくらい夢中だったんだね。ちょっと、嫉妬しちゃう」

「何それ?」

「私も、それくらいハヤテに夢中になってもらいたいなぁ……」

「何わけのわかんない事言ってんの……」


 ハヤテの照れて赤くなった頬に、メグミは頬を擦り寄せ、チュッと音を立ててキスをした。

 ハヤテは慌ててメグミを自分から引き離す。


「こら!学校でそういう事は……」

「だって、こうでもしないと、ハヤテは私の方見てくれないでしょ」


(そんな事ない……。見てるよ、ちゃんと)


 ハヤテは心の中で呟いて、話をそらすように壁に掛けられた時計を見た。

 時計の針はもう7時を指そうとしている。


「いつの間にこんな時間……。とりあえず帰ろうか」


 譜面を集めてメグミに返そうとすると、メグミはそれを制するように、ハヤテの手を握る。


「いい。これ、ハヤテにあげる。私が持ってても仕方ないから。そのかわり、また弾いてくれる?」

「それはいいけど……。ホントにもらっていいの?」


 メグミは満足そうに笑ってうなずいた。


「私が持ってるより、ちゃんと弾いてくれるハヤテが持ってた方が、譜面も喜ぶよ」

「変わった事言うなぁ……」

「お礼はキスでいいよ?」

「……返そうかな……」

「ひどいなぁ、もう……」


 ハヤテの帰り支度が済んで学校を出ると、メグミはハヤテの手を握った。

 ハヤテが黙って長い指をメグミの指に絡めると、メグミは嬉しそうに笑ってハヤテの隣を歩く。


「少しは疲れ取れた?」

「うん。大好きなハヤテのピアノ聴きながら眠って、目が覚めて……。すごい幸せ」

「ふーん……」


(かわいい事言うなぁ……)


 照れくさくて、わざと素っ気ない返事をするハヤテを見て、メグミはおかしそうに笑う。


「ハヤテ、照れてる」

「そんな事ない」

「お礼にキスしようか?」

「もういいって……」


 相変わらず積極的なメグミに翻弄されながらも、隣でメグミが笑っている事が心地よくて、ハヤテは小さく苦笑いを浮かべた。


(ホントに……オレなんかのどこがいいんだろ……)


「ん?どうかした?」

「いや……。世の中にはすっごい物好きがいるなぁって」

「それ、私の事?」

「さぁ……」

「物好きでもいいもん。ハヤテを好きな私が物好きなら、他の人に取られる心配はしなくていいって事でしょ?」

「あいにく、モテないもんで」

「じゃあ、物好きでも変わり者でもいい。私はハヤテの事が大好きだから」


(こういうとこ、ホントにかわいいな……。嬉しいかも……)


「譜面のお礼に、なんかおごろうか」

「お礼ならキスがいい」

「……なんか食べに行く?」


 ハヤテがわざと話をそらすと、メグミは急に立ち止まり、繋いだ手を強く引っ張った。


「わっ!……な、何?」

「……意地悪」

「え?!」

「そんなに私とキスするの、イヤ?」


 少し目を潤ませ、悲しげに呟くメグミを見て、ハヤテは小さくため息をつき、優しく頭を撫でた。


「イヤ……とか、そういうんじゃないから」

「じゃあ、何?私の事、そんなに嫌い?」

「……嫌いじゃない。オレも、嫌いな女の子と手を繋いで歩いたりはしない」

「嫌いじゃないって、好きでもないって事?」

「……とりあえず、歩こうか」


 ハヤテはメグミの手を強く握り、その手を引いて歩いた。

 メグミが素直に好きだと言ってくれるのが嬉しい反面、今までに経験のない事に戸惑い、照れくささや『そんなはずはない』と自分にブレーキを掛ける気持ちが、つい素っ気ない態度や言葉になって、メグミをがっかりさせてしまう。


(あー……。何やってんだろ……。夕べ、もう少し素直にならなきゃって思ったとこなのに……)


 しばらく黙ったまま、手を繋いで歩いた。

 いつも通り抜ける公園に着くと、ハヤテはメグミの手を引いて、ベンチに座った。


「なんか、ごめん」


 メグミはうつむいたまま、黙り込んでいる。


「あのさ……ホントに、嫌いとか、イヤとか、好きじゃないとか……思ってないから」

「……好きでも嫌いでもないんでしょ。わかってるよ……。ハヤテが私の事、なんとも思ってないって……私が一方的に好きなんだって……。付き合ってくれてるのだって、仕方なくなんでしょ……」


 メグミがうつむいたまま呟くと、ハヤテはためらいがちにその肩を抱き寄せた。


「そんな事ない」


 ハヤテは長い指先に、メグミの髪を絡める。


「いつの間にか、当たり前みたいに隣にいて……手繋いだりして……心地いいって……もっと一緒にいたいって、思う」

「……一緒にいていいの?」

「うん。オレも、好きでもない女の子と一緒にいたいなんて思わないし、手を繋いだりもしないから」

「ハヤテ、ズルイ……。ちゃんと言ってくれないんだもん」


 メグミは潤んだ瞳で、上目づかいにハヤテを小さくにらみつけた。


(なんだこれ……。めちゃくちゃかわいい……)


 ハヤテは思わずメグミをギュッと抱きしめた。


(ヤバイ……オレ、マジかも……)


「ハヤテ……?」

「うまく言えないんだけど……多分、好き……だよ」

「多分?」

「こういう気持ちになった事ないから。正直、自分で自分の気持ちに戸惑ってる」

「こういう気持ちって?」

「なんかドキドキして……かわいいなとか……抱きしめたいなとか……キスしたいとか……」


 ポツリポツリとハヤテが照れくさそうに呟くと、メグミはハヤテの背中に腕を回して、そっと抱きしめる。


「そう思ってくれてるの?」

「うん……思ってる」

「ふふ……嬉しい」


(ヤバイ……。マジでかわいい……)


 ハヤテは嬉しそうに微笑むメグミをジッと見つめて、指先でそっと唇に触れた。


「……好き、だよ」


 メグミはハヤテの目を覗き込むようにジッと見つめた後、目を閉じた。

 引き寄せられるようにハヤテの唇が、メグミの形の良い唇にそっと触れた。


(柔らかい……)


 重ね合わせた唇の感触に、鼓動が高鳴る。


(すっげぇ好きかも……)


 そっと触れ合うだけの短いキスの後、ハヤテはメグミを抱きしめて、照れくさそうに呟いた。


「オレらしくないって……思ってる?」

「うん……でも、嬉しい」

「嬉しいの?」

「うん、すごく嬉しい……。だって、ハヤテは私の事、なんとも思ってないんだって思ってたから……」

「もしかして……夕べ眠れなかったのって……」

「うん……。他の人の所に行けばいいって、ハヤテ、本気で思ってるのかなって……。悲しくなっちゃって……」

「ごめん、大人げない事言って……。最初はまぁ……オレの事好きなんて有り得ないって……付き合ってなんて言ったって、そのうち飽きて離れて行くんだろって思ってたけど……」

「本気だって、わかってくれた?」

「うん……。それに、いつの間にかオレも、本気で好きになってた」

「じゃあ……メグミって呼んで、もう1回キスしてくれる?」

「えっ……」


 メグミの潤んだ瞳に見つめられ、ハヤテは少し照れくさそうに目を伏せてから、メグミの頬に手を添えた。


「メグミ……好きだよ。すっげぇ……好きだ……」


 ハヤテの唇がメグミの唇に触れる。

 唇が離れるのを惜しむように、ハヤテは何度もメグミの唇にキスを落とした。


(かわいい……。メグミ……好きだ……。ずっとこうしてたい……)


 真っ暗になった人気のない公園のベンチで、二人は抱きしめ合って、何度もキスをした。

 ドキドキと高鳴る鼓動。

 お互いを抱きしめ合う温もり。

 触れ合う唇の柔らかさ。

 初めて経験する不思議な感覚と感情。

 自分が自分じゃなくなるような不安と、自分でも知らなかった自分自身に戸惑う。

 メグミの言葉は砂糖菓子みたいに甘過ぎるはずなのに、胸焼けするほど甘過ぎるお菓子を食べた後のようにイヤな気分にはならなくて、むしろその甘さがハヤテの頑なな心をほどくように優しくくすぐり、温かく心地よく包み込む。

 それは、ハヤテにとって、初めての恋だった。




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