物好きか相当な変わり者?
悶々としながら、なんとか香り攻めに耐え、時々襲い来るメグミを抱きしめたい衝動にも耐えたハヤテは、やっとの思いで電車を降りた。
(はぁ……もうイヤだ……)
たったの1区間電車に乗っているだけで疲れきっているハヤテを見て、メグミは心配そうに背中をさすった。
「ハヤテ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だから」
(半分は自分のせいだって自覚ないのか?!)
ハヤテがメグミの手から逃れるように歩き出すと、メグミは慌ててハヤテの後を追った。
「ハヤテ……怒ってる?」
「別に怒ってない。これが普通」
「……そう?」
「すみませんね、愛想がないもんで」
「ふーん?ハヤテ、愛想ないの?」
「見ての通りだよ」
(ああもう……調子狂うな……)
ハヤテは改札を出ると、当たり前のようにメグミの家に向かって歩き出した。
(この子といるとペース乱されっぱなしだ。わけのわからん事考えたりするし……。さっさと送り届けて、早いとこ帰ろう。そうだ、もう来るなって言った方がいいな)
ニコリともしないで黙って歩くハヤテの背中を見て、メグミは嬉しそうに笑う。
「それでも送ってくれるんだ。やっぱりハヤテ優しい」
「仕方なく。別に、優しくなんかした覚えはない」
これ以上ペースを乱されてなるものかと、ハヤテはわざと素っ気なく答えた。
そのまま黙って歩き続け、ようやくメグミの家が近付いてきた。
これでやっと解放されるとハヤテがホッとしかけた時、メグミがハヤテの背中を見ながら話し掛けた。
「ねぇ、ハヤテは彼女とかいないの?」
背中越しのメグミからの突然の問い掛けに、ハヤテは大きなため息をついた。
(そんなわかりきった事聞くか、普通?)
「いるわけないだろ」
「なんで?」
「こんな地味で目立たない上に愛想もなくて、気の利いた話のひとつもできないようなつまんない男が好きなんて、よほどの変わり者か物好きだよ。そんな趣味悪い人なんか、いるわけない」
ハヤテがめんどくさそうに答えると、メグミは小走りにハヤテの前に回り込んだ。
(……なんだ?)
驚くハヤテの顔を覗き込むようにして見上げながら、メグミは笑って自分を指さした。
「ここに、いるよ?」
ハヤテは一瞬メグミの顔を見て眉を寄せると、ため息をついて目をそらした。
「あのさ……」
「ん?」
「モテない歳上の男からかっておもしろい?」
「え?!」
「そういうのに、いちいち反応するつもりないから。他当たってよ」
ハヤテが足早に歩き出すと、メグミはその後ろを走って追い掛ける。
「待ってよ、ハヤテ」
「だから……」
(ハヤテって呼ぶなって……!)
そう言おうと振り返ったハヤテの唇に、不意に柔らかい物が触れた。
(え……?)
「ハヤテの代わりなんて、どこにもいないよ。少なくとも、私にとっては」
呆然と立ち尽くすハヤテにニコリと微笑むと、メグミは家に向かって小走りに去って行った。
「え……?」
メグミの後ろ姿を見つめながら、ハヤテは今起こったできごとが理解できないまま、手の甲で自分の唇を押さえた。
(なんだ……?今の……?!)
生まれて初めて自分の唇に触れたその感触を思い出し、途端にハヤテは顔を真っ赤にした。
(キ……キス?!)
それからハヤテは、どこをどう歩いて帰ったのか、この間メグミを送った時の倍以上の時間をかけて家に帰り着いた。
ハヤテは部屋で上着を脱ぎながら、冷静になろうと、混乱した頭を整理する。
(あんなの、ただの気まぐれだ……。どう考えたってあんなにモテそうな子が、こんな地味で目立たなくてつまらないオレを好きになるはずなんてない……)
きっとメグミは、ピアノを弾く自分を見て、何か勘違いしているだけだ。
(ピアノ弾いてないオレなんて、ただの地味で目立たないメガネの人だろ)
『ピアノ弾いてるメガネの人』から『ピアノ』を取れば、『メガネ』しか残らない。
ピアノを弾いていない時の自分なんて、ただの『地味で目立たないメガネの人』だ。
(そんなオレのどこがいいって言うんだ)
それでもまだ唇に残るメグミの柔らかな唇の感触が、ハヤテの胸の鼓動を速くする。
(物好き……?相当な変わり者……?)
翌日の放課後。
合唱部の練習が終わり、部員たちが音楽室を去った後、ハヤテは譜面を片付けながらぼんやりしていた。
誰が決めたわけでもないのに、部活終了後に鍵をしめるのは、いつの間にかハヤテの役目になっている。
(帰るか……)
鞄を持って立ち上がると、音楽室の入り口にメグミが立っている事に気付いた。
「ハヤテ、一緒に帰ろ」
「……なんで?」
「ん?終わるの待ってた」
「いや……だから……」
メグミはハヤテのそばまで歩いて来ると、ジッとハヤテの顔を見た。
「ハヤテに、会いたかったから」
「……ピアノ、今日はもう弾かないよ」
「うん、わかってるよ」
「じゃあ……なんで?」
ハヤテの言葉にメグミはキョトンとしている。
「ピアノ弾いてないオレなんて、ただの地味で目立たないメガネの人だよ?一緒にいても、つまんないよ」
ハヤテが少し目をそらしながらそう言うと、メグミは微笑みながら手を伸ばし、ハヤテのメガネを外した。
「なっ……?!」
思いがけないメグミの行動にハヤテが驚いていると、メグミはハヤテのメガネをかけて笑う。
(かっ……かわいい……って、何考えてんだ?!)
「メガネかけてなかったら、地味で目立たないハヤテなの?」
「……実際そうだし。メガネかけてても、かけてなくても、地味で目立たない」
「でも……ピアノ弾いてなくても、メガネかけてなくても、ハヤテはハヤテでしょ?」
「……そうだけど」
「私は……ハヤテはハヤテで、いいと思う」
「どこが……。オレといたってつまんないよ。気の利いた事もおもしろい事のひとつも言えないし。見た目も地味だし」
「私、ハヤテに笑いのセンスとか見た目の派手さとか求めてないから、いいの」
(よくわからない子だな……)
「返して」
ハヤテが手を差し出すと、メグミはその手を握った。
またしても思いもよらない予想外のメグミの行動に、ハヤテは戸惑う。
「ハヤテ……私と付き合って」
「…………は?」
信じられないメグミの一言に、ハヤテは混乱して目を見開いた。
「私、ハヤテが好き。ピアノ弾いてても弾いてなくても、ハヤテが好きだよ」
(えっ?!何言ってんだ?!)
ハヤテは慌ててメグミの手から自分の手を振りほどき、メガネを取り返す。
「冗談だろ。そういうの、信じないから」
「冗談じゃないもん……」
メグミは少しうつむいて、小さな声で呟く。
「私……好きでもない人に、キスなんか……しないよ?」
(キ……!!思い出させるなよ!!)
「もう一度、キスしたら……信じてくれる?」
「えっ……?!」
うろたえるハヤテにメグミは一歩近付くと、少し背伸びをして、形の良い柔らかな唇で、そっとハヤテに口付けた。
ほんの少し長いキスの後、メグミは静かに唇を離してハヤテに問い掛ける。
「これで、信じてくれた……?」
「…………」
真っ赤になって固まっているハヤテに、メグミは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「私を……ハヤテの彼女に……してくれる?」
「……ハイ……」
思わず返事をしてから、ハヤテは我に返り、首を横に振った。
「いやいやいや……」
「ハイって言った。もう取り消せないから」
「いや、だからそれは……」
「嘘なの?それとも、そんなに私の事がイヤ?」
メグミが少し悲しそうに目を伏せるのを見て、ハヤテは慌てて否定する。
「イヤとか……そういうわけじゃ……」
「じゃあ……一緒に帰ろ?」
メグミはハヤテの手を取り、ニコリと笑った。
(どうなってるんだ?!)
結局ハヤテはメグミに押し切られる形で、そのまま手を繋いで歩いた。
黙ったままうつむいて歩くハヤテに、メグミは笑いかける。
「私、ハヤテが好き。だから……ハヤテにも、私の事、好きになって欲しい……。少しずつでもいいから……」
(そんな事、急に言われても……)
突然できた、生まれて初めての『彼女』の思いもよらない言動の数々に、ハヤテはただ戸惑うばかりだった。
帰宅後、ハヤテはお風呂に浸かりながら、ぐるぐると考えを巡らせていた。
(どう考えても腑に落ちない……)
こんな自分のどこが良くて、メグミは『彼女にして』と言ったのだろう?
一緒にいて、何が楽しいのだろう?
(何を話すわけでもないし……。オレの中に、好きになる要素なんてカケラもないのに……)
明日になったら、『全部嘘だよ』と言われるのではないか。
『やっぱり一緒にいてもつまんないから、付き合おうって言ったのはなかった事にして』と言われるのかも知れない。
(まぁ……それはそれでいいんだけど……)
お風呂から上がって自分の部屋に戻り、ベッドに横になって目を閉じると、どういうわけか、メグミの顔ばかりが浮かぶ。
(なんだ……?)
メグミの手の温かさや、柔らかい唇の感触が蘇り、ハヤテは一人で赤面してしまう。
(いやいやいや……。何考えてんだ……)
メグミがなぜ自分の事を好きだと言うのかも理解できないが、自分のメグミに対する気持ちはどうなんだろう?
(顔はまぁ……かわいいと思うけど……。ちょっと強引と言うか……オレの理解の範疇を超える……。よく言えば積極的だけど……わがままって言うか……でもそれもイヤじゃないような、案外悪くないような……ってか、なんで?)
突然手を握ったり、キスしたり……。
メグミの予想外の行動に、心をかき乱されている自分に気付く。
(なんでこんなにドキドキするんだろ……)
ハヤテは思わず胸を押さえ、その鼓動の速さに戸惑った。
(好き……?まさか……)
相手の事をよく知りもしないで、好きになんてなるはずがないと、ハヤテは自分に言い聞かせた。
(オレなんかといてもつまらないだろうし……。周りにはいっぱいイイ男がいそうだし……。あの子だって、そのうち飽きるだろ)
周りにはいないタイプの自分が珍しくて、メグミは勘違いしているのだろう。
そんなメグミに手を握られたり、キスをされたりした事に驚いて、自分も何か勘違いしているだけだ。
本気で好きになんてなるはずがない。
(大方、好きになった途端に『やっぱりつまらないから別れよう』とか言われるのがオチなんだから……)
ハヤテはいろいろな言い訳を並べ立てて、自分の気持ちが本気にならないようにとブレーキをかける。
(でもまぁ……とりあえず、あの子が飽きて離れていくまでは、付き合ってみようかな……)
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