第24話「全力さんVSヤドカリ」

「今日はこれくらいで、勘弁してやらあ!」


 ベタな捨て台詞を残して、全力さんが涙目で帰ってきた。どうやらヤドカリに負けてしまったらしい。まあ全力さんは、全力で戦ってコオロギと五分くらいのヘタレなので、当然といえば当然だ。


「強かったかい?」

「ああ、なかなかやったな。動きとろいし、こんなん楽勝やろ思たら、なんかハサミで挟んできよるねん。あれ、反則やろ?」

「所詮、卵から生まれる奴らとは分かり合えないよ。食っても大してうまくないしさ。お疲れ様でした」


 ヤドカリは本当はそこそこ美味いのだけれど、調理するのが非常に面倒くさいので、僕はそう答えた。


「うまくないなら別にええわ。ところで、アサリとかゆー奴は取れたん?」

「ああ、取れたは取れたけど、冷静に考えたらスコップがなかった」

「スコップって何?」

「全力さんのウンチを取る時に使う奴。仕方がないから手で掘ってたけど、まだ水は冷たいし、意外と重労働だし、バカらしくなってやめた」

「えー」


 全力さんは、取れ高が少なくて不満そうだった。全力さんは食うために生きてるが、僕は食べることにあまり関心がない。勿論、ひもじいのは嫌だけど、「人間は本当に、こんなに飯を食わなきゃ生きていけないもんなんだろうか?」と、時々思う。


 食えば眠たくなるし、眠ればまた腹が減るし、かといって、食わなきゃ頭が働かない。まるで、出来損ないの機械みたいだ。しかも、同じものばかり食べてるとすぐに飽きる。植物みたいに光合成をしたり、全力さんみたいにカリカリと水だけを摂って生きていければいいのに。


「寒いのは良くないな。うん、寒いのは良くない。死にたくなるもん」

「寒いのと、お腹が減るのは不幸の始まりです。人はあったかいところにいて、腹いっぱい食べてたら死にたくなりません。それでも死にたくなるのは、メンヘラだけです」

「めんへらって、何?」

「お腹が空いてる時の、君みたいなもんかな?」

「いまやん」

「そう」

「めんへらは良くないな。うん、めんへらは良くない。お腹がすくと悲しゅうなるもんな」

「だったら、泣けばいいと思うよ。何も問題は解決しないけど、とりあえず気分はすっきりする」

 

 僕は多分、全力さんがメンヘラだから好きなんだけど、これ以上手がかかっても厄介なので、とりあえずそう答えた。


「いや、そんなの余計にハラがへるだけや。泣いたってしゃーない」

「そういうもん?」

「ああ、こう見えてボクは、野良ノラ出身じゃけえの。世間の厳しさなら、よー知っとる。家に引きこもって株やってるだけの、キミとは違う訳よ」

「流石だね」


 全力さんは生まれてすぐに親とはぐれ、何もできずにミャーミャー泣いてるところを病院に保護されたダメ猫だ。だから、本当は野生もクソもないんだけど、僕は大人なので黙っていた。


「生きるっちゅーのは、戦うってことや。戦うってことは、勝ち取るってこっちゃで。広島のヤクザはイモかも知れんが、旅の風下に立ったことは一度もないんで!」

「いつから広島のヤクザになったんだよ。大井川を超えたこともないくせに」

「おおいがわって何?」

「静岡県に流れる川。昔から交通の難所だよ。お風呂もまともに入れない全力さんじゃ、渡るのは到底無理な話さ」

「濡れるのはやじゃなあ……。まあとりあえず、このアサリとか言う奴食お? これ、どうやって開けるん?」


 全力さんは、今度はアサリと格闘していた。カリカリにしか興味がなかった全力さんが、自ら獲物を取ろうとしているんだから、これは格段の進歩だ。戦う相手が、攻撃力ゼロに等しいというだけで。


「茹でるか炒めるかすれば勝手に開くけど、砂出ししないと食えないよ」

「何こいつら、砂食って生きてるん? みじめやなー」

「まあ、僕もずっと砂を噛むような人生を送ってきましたけどね」

「人をだまして生きてたんやから、まあ、そんなもんやろ? 屋根のあるところで眠れるだけマシってもんやで」

「そんなもんかなぁ……」

「そんなもんよ。もしボクが居てかったら、キミの人生、ホンマみじめなもんやで。感謝してや」


 それは本当にそうかもしれないなと思いながら、僕は砂出しの準備を始めた。ザルはないけど、途中で何度か水を交換すれば大丈夫だろう。お湯を使った方が砂出しは早く済むので、僕は車に積んであったカセットコンロで、飯盒に入れた海水を温め始めた。


「砂出しって、あとどれくらいかかるん?」

「うーん、三十分から一時間くらいは見た方がいいと思うけど」

「そないかかるんなら、どっかいこ? ここ寒いし」

「そうだね」


 とはいえ、別に行く当てもない。一旦、寝直したにもかかわらず、時刻はまだお昼を回ったばかりだった。僕は飯盒の中のぬるま湯にアサリを突っ込み、真新しい海水を2リットルのペットボトルに詰めて車に戻った。


 見通しは立たなくとも、とりあえず進む。それが僕の人生だ。


(続く)

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