第29話

「むぅ……ごわごわ……」



 しばらくするとワンピースを着たエーファが不服そうに戻って来た。



「こんな布切れ、なくても一緒じゃない?」

「一緒じゃないわよ!」



 仲睦まじく楽しそうに話しながら戻ってくる。



「……人間も変だね。あっ、主様! 主様もおかしいと思いますよね。こんな布切れ、あってもなくても変わらないですよね?」

「いや、服は大切だぞ。ただ、俺に対する話し方はラーレと同じで良いぞ?」

「そうですよね。服はとっても大切ですよね! あと、主様にそんな無礼な話し方なんてできません!」



 さりげなく話し方について言及してみたが、あっさりと断られてしまう。

 するとそんなエーファの様子にラーレはため息を吐いていた。



「はぁ……、もう、どっちでもいいわよ。本当ならズボンも穿かせようとしたのだけど、それは断固反対されてね。動き回るからその……見えるのに」



 ラーレが疲れた表情を見せてくる。

 エーファに服を着せるのはそれほど重労働だったのだろう。



「わざわざありがとうな」

「気にしなくていいわ。あんな状態で放っておけないからね」



 なんだかんだ口では文句を言いながらも、ラーレは面倒見が良い。

 とってもありがたいことだった。



「でも、私は疲れたから部屋で休ませてもらうわ」



 ラーレが手をひらひらと振りながら家の方へと戻っていく。

 その言葉を聞いて、クルシュが思い出したように聞いてくる。



「ソーマさん、その子のお部屋はどうしますか?」

「あっ、そうか。エーファの部屋が必要になるんだな……」

「私は主様と同じ部屋で構いませんよ」

「いやいや、それはダメだ! ――でも、今から新しい建物を建てる余裕はないよな?」

「ははっ……、あの材料集めは大変ですもんね……」



 クルシュが乾いた笑みを見せてくる。

 素材集めに一週間、建物の建築に一ヶ月。



 流石に今からやり始めるには時間がかかりすぎる。

 野営の経験があるアルバンと違い、エーファは目を離してしまうと何をしでかすかわからない危うさがある。

 できれば目の届く範囲に置いておきたい。



 それに人の常識も通じないところがあるし――。



 スカートを使ってパタパタと扇いでいるエーファ。

 それをみて、クルシュが慌てて止めに入っていた。



「――俺たちの家はまだ部屋が余っていたよな?」

「は、はい。今は倉庫として使っている部屋が空いていますが――」

「仕方ない。そこはエーファの部屋として、倉庫はまた別に作るしかないな」

「わかりました。では、私はそこを片付けてきますね」



 クルシュが倉庫部屋の片付けへと向かっていく。


 そして、数分後に物が崩れるような音とクルシュの慌て声が聞こえてくるのだった。






 後に残されたのは俺とアルバンとエーファだった。

 ただ、アルバンとエーファは妙に話が合うようだった。

 二人で話し出すと俺の話題で盛り上がっているようだった。



「それでソーマ様はどのような偉業を成し遂げられたのですか?」

「命を落としそうな私を助けてくれたよ。主様の罠のおかげで、私の命を狙う者たちがことごとく葬り去られて――」

「はははっ、ソーマ様にかかれば命を狙おうなどという悪逆非道の輩は、ただ無情にも駆逐される定めにありますからな」



 いやいや、俺にそこまでの力はないぞ。

 むしろそういった人間を成敗するのはお前たちの方が得意じゃないか……。



 思わず苦笑を浮かべながらも話の内容に少し引っかかるところがあった。



 俺が罠を仕掛けたのは、この領地を襲ってこようとしている集団を無力化するためだったよな?

 実はそいつらが狙っていたのは俺じゃなくてエーファだった……と。

 そして、命を救われたエーファは俺のことを慕うようになった――。



 なるほど……、そんな危機的状況を救ってしまったから吊り橋効果で俺を崇めているのか……。余計なことをしてしまったか?

 いや、エーファもまぁ、領地を守る戦力としては使えるからな。



「そういえば、罠にはまった奴らはどこに行ったんだ?」

「もちろんそのままにしてきましたよ。主様の天誅を受けたのですから、そのままの姿で後悔すると良いのですよ」

「いや、さすがにずっとそのままの状態はまずいな。助けに行かないと。二人とも、ついてきてくれるか?」

「あ、主様……。あんな悪人にまで手を貸されるとは……。なんでお心の広さなんでしょう……」



 エーファが目を潤ませながら感激する。



「かしこまりました。このエーファ、全力で手をお貸しいたします。では、私の背中に乗ってください」



 エーファがその場でしゃがみ込む。



「……さすがに乗れるわけないだろ?」



 少女の上に乗る成人男性。

 どう考えても犯罪臭がする。むしろそれしかしない。



「そんなことありませんよ。あんな奴らに時間をかけるのはもったいないです。ひとっ飛びで向かいましょう」

「いやいや、そういう意味じゃない。エーファ、今の体を忘れたのか?」

「体……あっ!?」



 自分の体を見て、ようやくエーファは今自分が人間の姿だったことを思い出す。

 しかも、少女……。



「まぁ、たいした問題はありませんよ。パッとひとっ飛びで行きましょう!」



 エーファが俺の方に近づいてきて、背中に乗せようとする。

 しかし、持ち上げようとしたものの、俺の体は一切動かなかった。



「あ、あれっ?」

「……お前は解呪した時に能力が全て下がっただろう?」

「そ、そうでした。そ、それじゃあ『飛行』も!?」



 エーファがその場で飛び上がる。



 ぴょん、ぴょん……。



 ただ子供が跳ねて遊んでいるようにしか見えない。



「えっと、今のが飛行か?」

「そ、そのようです……」



 自分の力が信じられない様子のエーファ。



「まぁ、これからコツコツ鍛えていくしかないな」

「あ、主様のお役に立てずに申し訳ありません……」

「大丈夫だ、俺の領地も似たような感じから始めているからな。一緒に成長して行こう!」



 俺が笑みを浮かべると、エーファは感極まって俺に飛びついてくる。



「あ、ありがとうございます、主様。このエーファ、必ずや主様のお役に立つために元の力を取り戻して見せます……」







 それからは罠にはまった集団の場所へ向かいながら、エーファの今の力を確かめていた。



「『威圧』!!」



 必死に頬を膨らませて怖い顔をするエーファ。



「……微笑ましいな」

「それなら『龍魔法、ドラゴンフレア』!!」



 小さくポンッと音が鳴る。

 でも、それだけで他に何も起きなかった



「…………何も起きないな」



 あまりの能力の低さにエーファは地面に手をついていた。



「い、いえ、まだです。今日から猛特訓を始めたら、きっと明日には――」

「あぁ、その意気だ! さすがに明日は早いけどな。でも、俺もアルバンも手伝うからな」

「はっ、ソーマ様の頼みとあらばこのアルバン、全力で手をお貸しいたします!」

「よろしくお願いします……」



 エーファは申し訳なさそうに頭を下げてくる。



 ……しかし、いくら能力が低下してたとしても、全くスキルが発動しないのはどういうことだろうか?

 もしかして、スキルも持っているだけじゃダメで、発動させるための最低能力値でもあるのだろうか?



 その辺りは検討していきたいな。

 ちょうどエーファがその指標になってくれそうだ。






 罠があった場所へとたどり着く。

 しかし、そこは既にもぬけの殻で罠の残骸だけが残されていた。



「しっかり逃げられたようだな」



 ひとまずは安心することができた。

 さすがに俺の罠で全く身動きが取れずに餓死された……とかになったら夢見が悪かったからな。



「……あのまま死んでいたらよかったのに」



 エーファが残念そうな顔をしていた。

 まぁ、彼女も殺されかけたわけだから仕方ないだろうな。




◇■◇




 シュビルの町に冒険者から悲報が届けられたのは、領主ランデンがソーマの領地を攻めに行こうとしたまさにそのタイミングだった。



「はぁ……はぁ……、た、大変にございます」

「なんだ、今は忙しい。後にしろ」

「いえ、こちらも大変です! ど、ドラゴンが我が領へ向かっているとのことです!」

「な、なに!? ど、どういうことだ!? 詳しく教えろ」

「はっ、冒険者によるとこの近くにドラゴンが出現するという話が出ていたそうです。それで、無謀にもそれを狩りに来たそうですが、失敗。我が領地へと向けて飛び去ったそうにございます」

「むむむっ、さ、さすがにそんな状態で兵を差し向けるわけにはいかんな。全軍に出撃命令の撤回を。あとはそのままこの領地の護衛に付かせろ!」

「はっ、かしこまりました」



 ランデンは悔しさのあまり、唇を噛みしめていた。

 こうして、ソーマの知らないところで領地の危機がまた回避されていたのだった。

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