第28話

 えっと……、救世主様って誰のことだ?

 もしかして聖女見習いだったクルシュのことか?



 クルシュを見ると彼女は必死に首を横に振っていた。



「あなたの事ですよ、救世主様……」



 俺の前にくると頭を垂れてくるドラゴン。



 ラーレが「本当にあんたは救世主なの?」と目で訴えかけてくるが、俺も身に覚えがないのでクルシュみたいに首を横に振っていた。



 そして、今度は助けを求めるようにアルバンの方を見ると彼は感激していた。



「やはり、私のお仕えすべき人はソーマ様で間違いなかったのですね。まさかソーマ様が救世主様だったなんて……」



 いやいや、そんなことあるはずないだろ!?



 思わず叫びたくなるが、そこで俺は考え直す。



 ……ちょっと待てよ。

 むしろ救世主と思われておいた方が都合が良いのではないか?



 このドラゴンも救世主を殺そうとしているようには見えないからな。

 適当に話を合わせてさっさと帰ってもらおう。



「まぁ、仮に俺が救世主だとして、それで何の用だ? まさか世界を救え……なんて言わないよな?」

「まさか、そんなことは言わないですよ。むしろ、お礼がしたくて……。私の命を救っていただいたのですから、あなたの望みを教えてください。私ができることでしたらかなえさせていただきますので――」



 命を救った? 俺が何かしたのか?

 むしろドラゴンに会うのはこれが初めてなんだが――。



「いや、別に大したことはしていない。気にしなくていいから――」



 ……それよりもさっさとどこかに行ってくれ。

 そういう意志を込めながら伝えたのだが、ドラゴンはなぜか違う考えに及んでしまう。



「謙虚な人ですね――。さすがは救世主様です……」



 ドラゴンが尊敬の眼差しを向けながら褒めてくる。



 いやいや、そういう意味じゃない。

 早くどこかに行ってくれって言ってるんだ……。



 ただ、直接言うのもよくないだろう。


 相手はドラゴン。

 怒らせたら俺たちは軽く殺される。



 だから遠回しに言ったのだが、全く気付いてもらえない。



 これはさっさと願いを伝えて帰ってもらった方がよさそうか。

 でも今の願いか……。



「今、欲しいもの……。領民だけど、流石にこれは頼めないな……。それなら他に何がいいか……」



 クルシュ達に相談したつもりだったけど、それがドラゴンの耳にも入ってしまう。



「領民!! 救世主様は領民が欲しいのですね。かしこまりました。では、私がこの町の領民になりましょう。えぇ、えぇ、それがいいですね。それならいつでも救世主様のお役に立てますので――」



 ドラゴンが一人納得していたが、俺はなんとも言えない気持ちになっていた。



 ドラゴンが住まう領地……。

 人から駆逐されるような場所じゃないのか?



 でも、何かを言う前に手遅れになってしまったようで、水晶にはドラゴンの表示がされていた。



【名前】 エーファ

【年齢】 10752

【職業】 白龍王

【レベル】 53-52(0/4)[ランクS](呪いでランクE)

『筋力』 48-47(759/2450)

『魔力』 72-71(243/3650)

『敏捷』 38-37(31/1950)

『体力』 54-53(395/2750)

【スキル】 『威圧』11(613/6000)『龍魔法』11(698/6000)『慈愛』4(533/2500)『飛翔』15(6741/8000)『対話』3(74/2000)『斬撃』6(37/3500)『人化』1(0/1000)『時魔法』1(0/1000)

【状態】 『黒龍王の呪い』(ステータスを全て1にする)



 本当に領民になっちゃった……。

 って、いうか強すぎないか、このドラゴン。

 いや、状態異常のせいで今のランクは落ちているのか……。



「その……、体は大丈夫なのか? 黒龍王の呪いを受けているようだけど――」

「やはり救世主様ともなると気づかれてしまうのですね……。確かに私は黒龍王との戦いに敗れて、呪いを受け、この地に逃げ延びました。しかし、いつかこの呪いを解いて、必ずやあの黒龍王に仕返しをするのです」



 メラメラと闘志を燃やすドラゴンのエーファ。


 ただ、そんな戦いをこの領地に持ち込まれても困るんだが――。



「まぁ、頑張ってくれ、この領地以外の場所で――。あと、その『救世主様』呼びはやめてくれないか? さすがに慣れない」

「救世主様……じゃダメですか。それならご主人様……、主様……、マスター……。どれがよろしいでしょうか?」



 どれもあまりよくないのだけど……。

 まぁ、ここは――。



「救世主呼びじゃなかったらどれでもいいぞ……」

「わかりました、救世……いえ、主様」



 今、救世主って言いかけたよな?

 取って消したように『主』の部分だけ残してるし……。


 まぁ、まだ救世主様……と呼ばれるよりはマシだな。


 俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 



「あと、その姿だと大きすぎるな。もっと小さくなれないのか? スキルの『人化』を使うとか……」



 今はエーファの体だけで領地の五分の一ほどが埋まってしまっている。

 庭ほどの広さしかないからな。


 もっと領地が大きくなれば良いが、今だと邪魔でしかない。



「人化の術ですね。確かに使えなくはないのですけど――」



 エーファは少し迷っている様子だった。



「本当はあまりしたくないのですけど、わかりました。救世主様の頼みですものね。では、少しお待ちください。今準備しますので――」



 エーファは渋々といった感じに目を閉じて意識を集中していた。

 すると、エーファの周りにうっすらと虹色のもやが覆っていく。


 その状態で一時間ほど過ぎる。


 未だにエーファは同じ体制のままジッと瞑想をしていた。



 なるほど……、これがやりたくなかった理由のようだ。



 見た目だけとはいえ、種族が変わるんだもんな。


 思わず感心して眺めているとラーレが隣に来て俺の服を掴んでくる。



「どうかしたか?」

「ほ、本当に大丈夫なの? なんかとんでもなく強力な力を感じるのだけど……」



 よく見るとラーレの体は小刻みに震えていた。



「い、いきなり爆発したりしないわよね?」

「さすがにそれはないと思うけど……、エーファ、どうなんだ?」



 人化途中のエーファに話しかける。



「そ、それは大丈夫ですけど、ま、待ってください。今話しかけられると……わっ!?」



 エーファの周りを覆っていたもやが突然爆発する。


 そして、俺たちはその煙で周りが何も見えなくなってしまう。



「こほっ、こほっ……、もう、一体何なのよ……」

「ど、どうなったんだ?」



 何とか手で煙を払っていく。

 ただあまり効果はなく、しばらく経ちようやく煙が晴れた頃には目の前にあの大きなドラゴンはいなくなっていた。



「あれっ? さっきドラゴンが襲ってきたのは夢だったのか?」



(ゆ、夢ではありませんよぉぉぉ……)



 どこかから小さな声は聞こえてくる。

 でも、その姿は見えない。


 一体どこに?


 首を傾げ、もう一度周りをよく見ると、俺たちの目の前に小さな少女の姿があった。


 腰くらいまである光り輝く白銀の髪。

 宝石のような深紅の瞳。

 俺の胸くらいの身長。


 どこをどうとっても初めて見る少女だった。



「って、いつまでじろじろ見ているの!?」



 ラーレが俺の顔を反対へと向けてくる。

 それもそのはずで少女は何も服をきておらず、生まれたままの姿をしていた。

 そして、その少女は咳き込みながら言ってくる。



「あ、主様ぁ、突然話しかけたらダメですよぉ」



 その呼び方はもしかして――。



「エーファ……なのか?」

「はい、そうでございます、主様。うぅ……、本当ならもっとちゃんとした大人の女性になるつもりだったのに……」



 口だけでは信用できずにエーファの能力を確認してしまう。



【名前】 エーファ

【年齢】 10752

【職業】 白龍王

【レベル】 1(0/4)[ランクE]

『筋力』 1(0/100)

『魔力』 1(0/100)

『敏捷』 1(0/100)

『体力』 1(0/100)

【スキル】 『威圧』1(0/1000)『龍魔法』1(0/1000)『飛翔』1(0/1000)



 あ、あれっ?



「ちょっと待て、エーファ。その能力……」

「んっ? あぁ……、ま、まさか……!?」



 エーファが驚きの表情を浮かべる。

 確かに持っている能力が全て最低ランクになったら驚くよな。



「の、呪いが解けてます!! ま、まさか、主様。もしかして、わざとちゃんと人化をさせないことで呪いが解けるって知ってたのですか!?」

「いや、完全に偶然だし、全ての能力が下がってしまってるけど、それはいいのか?」

「はい、またコツコツ上げたら元の数字になりますよ。あぁ……、これでようやく忌々しい黒龍の呪いを解くことができました。本当にありがとうございます……」



 エーファが俺に向かって抱きついてくる。

 すると、ラーレが間に立ってそれを防いでくる。



「まずは服を着なさーい!」

「あ、主様ぁぁぁ……」



 能力の下がったエーファは簡単にラーレに引きづられて家の方へと連れて行かれた。

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