雪を溶く熱~約束のために~

水木レナ

雪を溶く熱~約束のために~

 しんしんしばれる雪が降る。

 冷えた空気に、白い息。

 しんしん、しばれる闇が降る。


 ずしーん、ずしーん。

 山をも動かす強い手で、秋人は幹を抱きました。

 大きな大きな、黒い腕。



「みふゆ……」



 雪はどんどん、つもります。

 見上げた先のてっぺんに、暗い煙が見えました。

 凍った冬のから風が、他方に悲鳴を届けます。


 美冬は眠っておりました。

 太い根を張る大木の、そのまた下の穴の中。

 銀の瞳を閉じたまま、寝藁の上に丸まって。


 あたたかな夢と、どこかでたぎる熱とに抱かれて、

 うとうと、と。

 びゅうびゅう過ぎる風のに、心を閉ざしておりました。


 しんしんしばれる雪が降る。

 ずしーん、ずしーん。

 巨人、秋人はふり返り、



「さよなら、みふゆ……」



 しんしん、しばれる雪が降る。






 たたっ。

 たたた……っ。

 たたたたた――。


 夕べの足跡をたどって、美冬は走りました。

 秋人の去った方角に、黒い煙が見えています。

 火花がパチパチ舞っています。


 大きな御山のてっぺんが、えぐれて影もありません。

 こんなことができるのは、その名も秋人ただ一人。

 御山が爆発する前に、独り抱えてゆきました。



「あきひと……まっていて」



 美冬は地をけり、走ります。

 黒煙の中、秋人を追い、姿を探して尾をゆらし、

 火山の火口に飛びこみました。

 

 ――ああ、わたしたち山の精は、己の意思で動けない。

 おのおのの立場を越えられない。

 だから、涙も流さない。


 ――だけど、秋人。

 あなたは間違っている。

 わたしたち、お人形さんではいられなかったのだわ。


 ――生きているのだもの!

 わたしたちの命は、御山と共に。

 ……だから!





 噴火する山を背負って去った秋人。

 火山の爆発を抑えることなど、できはしない。

 でも、だから。

 

 美冬はその身を投げ出しました。

 精霊の命の力で、山の噴火を抑えます。

 空は一転かきくもり、美冬の心がはじけました。


 大きな雨といかずちが、秋人の体を撃ちました。

 御山の神はゆるしません。

 秋人の勝手を罰します。


 ああ、でも。

 その手に抱いた熱に悪意がなかったことを、美冬だけが知っていました。

 かつて交わした約束が、ふたりをかたく結びつけ、一滴の命を散らします。


 ――わたしたち、御山をかたく、かたくまもりましょうね。

 どこまでも、どこまでも。わたしたち、御山を盛り立てましょうね。

 ――ああ、みふゆ。


 猛る火山は再び眠り、森に安寧は戻ってきました。







 秋人は山を動かした罪で、神に放逐されました。

 美冬は火山を鎮めた功績で、人々に祀られました。

 一体ふたりのどこが、違ったというのでしょうか。

 





 あるいは、美冬に涙があったのか?

 そこまではわかりません。

 ……わからないのです。


【雪を溶く熱~約束のために~完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪を溶く熱~約束のために~ 水木レナ @rena-rena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説