25.勇者、天使、幼馴染、悪魔堕ちした少女、後輩、悪魔、未来からきた娘、と主人公




 異世界からやって来た悪魔アモデウスの手によって、ショッピングモールで起こった事件のその後。


 ショッピングモールで大暴れした俺たちは、全てが終わってから静かにその場を後にした。

 ショッピングモール内は俺たち、というか主にセリスとアモデウスの戦闘のせいで無茶苦茶になっていたが、リヒトの謎勇者パワーと、セリスの謎天使パワーですぐに元の状態に修復された。

 また、リヒトによって気を失ったまま強制的にショッピングモールの外に避難させられていた人々は、やがて何事もなく気を取り戻した。アモデウスの手によって眠らされていたようだが、本当にただ眠っていただけらしい。

 

 このことは、その翌日、とあるショッピングモールで起こった超怪奇事件として、日本中で大きなニュースになっていた。大騒ぎになったが、誰も怪我を負った人はいなかった。これは迅速な対応をしたリヒトのおかげだろう。


 はてさて、こんな大事件を引き起こしたにも関わらず、世間には知らぬ存ぜぬを突き通している俺たち当事者と言えば―――――


「――で、なんでお前ら俺の家に集まってんの?」


 今、6階建てのマンションの4階『408号』室の我が家の居間には、俺とリヒトとセリスと紅葉と花咲さんとさくらとアモデウスとハヅキがいた。

 別に狭い部屋という訳じゃないので、みんな割と余裕をもって床に座っているのだが、ここまで人が密集すると暑苦しい。あとメンツが濃すぎる。よけいに暑苦しい。鬱陶しい。

 勇者、天使、幼馴染、悪魔堕ちした少女、後輩、悪魔、未来からきた娘。なんだこのメンツは。


「まぁ、ウチに呼ぶのが一番手っ取り早かったのでな」


 リヒトが言う。お前の家じゃねえ。


「ねぇ、なんでリヒトを襲おうとしたコイツまでいるの? ころしていいの?」


 セリスが、向かいに居るアモデウスを睨みつけていた。アモデウスがニパッと笑って「おっ、天使ちゃんやっちゃウー?」とか言ってる。お願いだからここでは暴れないでくれ。


「落ち着けセリス。この悪魔は重要な参考人だ。それに正体がボクたちに割れた今、今すぐ強引な手段に出るということもないだろう。それに何か下手な動きを見せれば、その時はボクが容赦をしない」


 リヒトが決して気を許した訳じゃないという気迫を込めて、アモデウスを静かに見据えた。その視線を受けたアモデウスは「勇者こわイーっ」と言いながら隣にいるさくらに抱き着いて、楽しそうに笑っていた。掴めない悪魔である。


「ねえ……その、実樹」


 リヒトたちのやり取りを見守っていた紅葉が、隣の俺の服を引っ張りながら言う。


「本当に、この人たちは、その、異世界から来たの……?」


 ショッピングモールでの事態が終わった後、紅葉には簡単な事情を説明したのだが、未だに納得はしきれていないようだ。まぁ、紅葉を早く休ませたかったのもあって、しっかりとした説明はしてないからな。


「そうだとも、ボクは異世界から来た勇者だ、こっちが天使のセリスだ」


 リヒトが自分の胸に手を当てて自己紹介して、隣にいるセリスを手で示す。

 紅葉はそんなセリス、というかセリスの背中に生えている真っ白な翼を信じられないという目で見つめていた。紅葉にジッと見られているセリスがふんと鼻を鳴らして、翼を揺らす。


「それでネ! ワタシが悪魔のアモデウスだヨ!」


 アモデウスが立ち上がって、蝙蝠のような羽と、尻尾を揺らした。紅葉の視線がアモデウスに移り、本物か確かめるようにツノや羽や尻尾を見つめる。


「さわってミルー?」


「い、いや、いいです……」


 ビクッと怖がるように紅葉が体を震わせる。彼女が少し強めに俺の服の裾を握った。


「母殿には事の顛末を知る権利がある、手数をかけて申し訳ないが、今からのボクたちの話を聞いてくれていれば、きっと分かるだろうと思うぞ」


 リヒトの言葉に、紅葉が「はぁ」とよく分からないような生返事をしつつも、頷いた。


「では、さっそく状況の整理を始めようか。正直な話、ボクも今回の出来事の顛末を全て把握している訳ではない。だから、一体何があったのかを始めから順に、皆に確認していきたいと思う」


 リヒトがその場を仕切るようにそう言って、グルリと皆を見渡した。


「話を始める前に、何か言っておきたいことがある者はいるか?」


「あ、じゃあはい」


 そう言って手を上げたのはさくらだ。さくらは俺を見て言う。


「あの先輩、ジュースとお菓子みたいなのは出ないんですかねー?」


 えへへーとさくらはゆるく笑った。


「あと床が硬くておしりがいたいので、クッションとかあったら欲しいです」


「お前って、なんというか大物だよな」


 俺は呆れを通り越して、感心しながら言う。

 

「いやいやー、そこまででもないですよー」


「うん、褒めてはないけどな」


 そんな感じで緊張感もへったくれもなく、話し合いは始まった。さくらに便乗してセリスとハヅキも要求してきたので、ジュースとお菓子とクッションは、出した。





 まず、今回俺の身の回りに起こった一連の出来事。その中で最初に起こったのが、アモデウスが異世界からこの世界にやって来たことだ。

 聞く話によると、異世界の悪魔たちの中でもかなり上位の存在であるアモデウスは、異世界で未来に現れるという絶対的な『魔王』、その『魔王の出現』を確実なものとするためにこの世界にやってきたらしい。

 その具体的な内容が、『三角形』の痣をもっている者と『逆三角形』の痣を持っている者、その二人の間に子供ができること、ということらしい。その子供が『六芒星』の痣を持つ『魔王の転生体』になる、と。


 アモデウスはまず『逆三角形の痣』を持っているさくらを見つけ出し、さくらと一緒にもう一人の『三角形の痣』を持つ者を探し始めた。その中で、俺が『三角形の痣』を持つ者の候補だったため、さくらは俺に近づいたのだ。


 だが、実際に誰が『三角形の痣』を持っているのか確定させる前に、アモデウスと同じ異世界からやってきたのがリヒトだ。


 リヒトは、『魔王の出現』という未来を防ぐために、『魔王の転生体』である『六芒星の痣』を持つ者を探すべく、世界を渡り、俺の元にやって来た訳だ。

 なぜ俺の元に現れたのかというと、リヒトの来世が俺の息子だからとかいうふざけた理由だが、まぁそんな訳だ。


 だが、ここで問題なのは、『六芒星の痣』を持つ者が、まだこの世に生まれていないということだ。リヒトもセリスもそのことを知らなかった。


 そうしている内に、俺が『三角形の痣』を持っているという事がさくらにバレて、あのショッピングモールでの事件が起こった。


 一連の流れとしては、だいたいこんな感じである。

 

 だが、絶対に見過ごしてはならない要素がまだある。それが、未来からやって来た俺と紅葉の娘であるというハヅキの存在だ。

 俺は、特に話し合いに参加するでもなく、のんびりとクッキーをかじっているハヅキに視線を向けた。


「それでハヅキ、お前のことについても知りたいことが多いんだが」


 すると、ハヅキは困ったような顔をして「うーん」と唸った。皆の視線がハヅキに集中する。


「ハヅキ殿は本当に『未来』からやってきたのか?」


 リヒトが確かめるようにそう言った。


「あぁ、うんそうだねー。今更それは隠しても遅いだろうし」


 クッキーを片手にハヅキが軽い調子で言った。


「俄かには信じがたいな。確かに時間を越えることは理論上可能だろうが、実際にそれを実行して未来から訪れる者が居るとは」


「すこーし止むにやまれぬ事情がありまして……。えへへ」


「ふむ、その事情と言うのは?」


「お父さんとお母さんの喧嘩の原因を取り除くこと」


 チラリと横目でハヅキが俺と紅葉が居る方を見やった。


「ふむ、主と母殿の喧嘩の原因」


 あ、ちょっと待って。


俺はハヅキに視線で「やめろー! やめろー!」と伝えたが遅かった。


「お父さんに隠し子がいることが分かって……、あ、お父さんとさくらさんの子供なんですけど」


「え? 未来にはわたしと先輩の子供がいるんですか? じゃあ未来のわたしは先輩とちゃんとエッチできたんですねー。あれ? ってことは……」


 ゆるい口調でそんなことを言って、さくらはちゅるちゅるとストローでジュースを飲む。こいつ落ち着きすぎだろ。


 俺の顔からはダラダラと嫌な汗が垂れていて、その次の瞬間俺は宙に浮いていた。具体的には、遂に我慢できなくなったらしい紅葉が立ち上がって俺の胸倉を掴み上げて、ブンブンと容赦なく揺さぶった。脳がぐわんぐわんと揺れる。


 紅葉は顔を真っ赤にして、訳が分からないと叫びながら俺を揺さぶる。


「ねぇ!! もう一体全体どういうことなの!? 勇者とか悪魔とか天使とか異世界の話は何となく分かったけど! ていうかあんなのに巻き込まれたら信じるしかないけど! けど! このリヒトって人が私のことを『母殿』って呼んでたり、転校生のことが『未来』から来たあんたと私の娘って言うのは何なの!!? あんたと私結婚するの!? 結婚するの!? こ、こ、こ、子供作るの!? それに隠し子って何!? あんたこの後輩女と浮気したの!? ふざけてるの!? ねぇ!? どういうこと!?」


「み、未来の話を……っ、俺に聞かれても……っ、こまっ、こま、る……って、お願いだから揺らすのやめ――」


 そんな俺と紅葉を眺めながら、ハヅキが「はー、未来でも過去でも変わらないもんなんだなぁ」と小さな声で感心していた。ほとんどお前が原因でこうなってるんだから助けろ。


 揺らされ過ぎて顔を青くしている俺を見て、リヒトが恐る恐る制止をかける。


「お、落ち着いてくれ母殿。先ほども軽く話したが、貴女を母殿と呼んでいるのは、ボクの来世があるじと母殿の息子だからだ」


 それを聞いた紅葉の手が止まり、俺は床に落ちる。目を回している俺にさくらが「先輩大丈夫ですかー?」と声をかけたが、声をかけただけだった。


「その……前世とか来世というのがよく分からないんだけど……」


「ふむ、主に説明した時もそうだったが、どうやらこちらの世界での『来世』と『前世』は、ボクたちの世界と認識が少し異なるようだな。つまりだな、ボクたちに言わせれば『来世』と『前世』の関係は、あって当たり前の事実なのだ。今の余生を全うすれば、もう一つの世界で新たな生を受ける。全ての生きとし生けるものは、ずっと昔からそんな繰り返しを続けているのだ」


「何となく言いたいことは分かるけど……、来世でどんな風に生まれ変わるとか分かるものなの?」


「あぁ、それが『予言』というものだ」


「異世界では、そうなのね……」


 思った以上に物分かりが良い紅葉である。紅葉は物凄く複雑そうな目でリヒトを見た後、今度はハヅキとさくらを見た。


「じゃあ! この子が未来から来た私の娘で! コイツが実樹と浮気したっていうのはどういうこと!?」


 指さしでコイツ呼ばわりされたさくらがムッとした表情になる。


「先輩と付き合ってもいない人にそんなこと言われたくないんですけどー、確かに先輩とはエッチしようとしましたけど、別に浮気でも何でもないですし、先輩も嬉しそうでしたしー」


 「ねー? 先輩」と言ってさくらが俺を見る。

 心臓が痛い。紅葉の顔を見れない。冷や汗がダラダラと流れて、今すぐどこかに消えてしまいたい気分だった。


「ま、まぁお母さん落ち着いて! お父さんの浮気は私がちゃんと防いだから大丈夫だよ」


「そういう問題じゃないでしょ!」


「ほんとですよ、この貧乳ちゃんが邪魔したせいで。あとちょっとだったのに。あんな状態で一人取り残されたわたしの気持ちが分かりますか?」


「だからその呼び方やめて! 私は貧乳なんかじゃありません! ちょうどいいサイズなんですー!」


「おっぱいが小さい人はすぐに怒るらしいですね」


 ふっとさくらが笑みを張り付けて、ハヅキを挑発するように見た。

 それを受けたハヅキがプルプル震えながら、さくらの胸に鋭い視線を向ける。


「そんなこと言って……またあの時みたいに、私におっぱい揉まれてもいいの? さくらさん」


「ふっ、やれるもんならやってみてください」


 そう言って、余裕のさくらが胸をそらした。

 次の瞬間、ハヅキがさくらに跳びかかってその場は騒然となる。


 結果的に、ハヅキに胸を全力で揉みしだかれて腰砕けになったさくらがダウンした所で、場は収まった。


 ……で、これ何の話だっけ。

 

 

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