最後、そこを始まりとできるのは、主人公だけである。

 僕は闘技場を抜け、とある場所へと向かっていた。


「福寿。この闘技場を抜け、そのまま通りをまっすぐ行くと橋が見えてくる。その橋の先はウルフが多く生息している森であるが、その森の奥に一人の老人が住んでいる。その老人は、転移の魔法を使える。だからその老人に事情を話し、王城まで転移してもらえ」


 そうルーナさんは言っていた。

 僕はその通りに進み、そして森の中へとついた。森の中には多くの狼、つまりウルフがいて、入るには躊躇ってしまう。

 それでも、僕は少しでも速く桂華を救いたい。


 僕はウルフが彷徨く森を駆ける。


「うおおおおおおおおおお」


 背後から数匹のウルフが襲ってきているのが分かる。

 素早い足音、獰猛に血を貪る牙の音、鋭い眼孔。それらを背に浴びながら、僕は小屋を目指す。


「速い速い速い速い速い」


 ウルフは予想以上に速く、僕の左足にはウルフが噛みついていた。

 僕は足に走る激痛に耐えきれなくなり、さらには足から血をポトポトと流して貧血気味。それでも桂華のためなら頑張れる。もう、桂華を一人にはしたくないから。


 僕はウルフを振り切って進み、やっと小屋の明かりが見えた。だが、その手前で僕は力尽きて倒れた。


「まだ……僕は……」


 やっぱり僕は、駄目なままだった。

 僕には、誰かを救う力なんてなかったんだ。最初から分かっていたことなのに、どうして僕は、こんなにも悔しい。


「そこの小僧。諦めるのはまだ速い」


 ※※※


 私は相変わらずダメなままだな。

 いつでも自分は弱くて、誰かと一緒にいないと怖くて前に進むことができない。


「おい。そこのお前。速く歩け」


 私は倒れた体を起こし、丸太を持って立ち上がる。

 私は、ムチを持った奴隷を監視する者に大声で怒鳴られ、この地下にある収容所で他の奴隷となった者たちとともにただひたすらに働いていた。

 だけど私は力尽き、丸太を盛大に落として地に倒れた。


「おいお前。立て。奴隷は力尽きてでも働くの流儀だろ」


 監視員の男がムチで私を叩こうとした時、彼は颯爽と現れた。

 監視員の男がムチを持つ腕を彼は自分の拳で握りしめ、男を鋭い眼孔で睨んで私を助けに来てくれた。


 そう言えば前にもこんなことがあったな。

 母親がどこかへ行方不明になり、父親は昔に死んでしまった。一人ぼっちになってしまった私は、行く宛もなく街をさ迷っていた。


「大丈夫か?」


 そう。彼はあの時と同じようにーー


「桂華。助けに来たぞ」


 ーー私を、助けに来てくれた。


 かっこいい私の英雄は、いつでも私のそばにいる。


「桂華。全ては終わる。もうじき、帰れる」


 いつでも彼は、私のそばにいてくれる。

 いつでも彼は、私に救いの手を差しのべてくれる。


「福寿。ありがとう……」


「桂華。今、今助ける」


 福寿が私を抱えようとすると、私たちの前に現れたのは杖を持った若い一人の男。彼は私に向かって杖を向ける。


火炎に帰せインフェルノ


 そう唱えられると、杖から火炎が私へと進む。

 だが、その火炎を福寿は生身の体で受け止める。その熱は当たらなくとも熱いのに、彼はどうしてか私をかばう。

 どうせ私は、誰にも必要とされていない一人の少女。そんな私を助けたところで、福寿にメリットなんてないはずなのに。


「どうして、どうして私を助けるの?私を見捨てていれば、福寿は傷つかなくて済んだのに。そんなお節介を妬かれても、私は微塵も嬉しくないよ」


「違うんだよ。僕はただ君が好きなんだ。僕は君を必要としているんだ。だからこれは、僕のワガママなんだ。でもさ、君がいないと、僕は生きる意味がないからさ。だから桂華には、僕と一緒に生きてほしい。いい……かな?」


 "好き"なんて、生まれて一度も言われたことはなかった。そんな短い二文字の言葉なのに、私の胸に深く突き刺さる。


「どうしてかな……。涙が、止まらない……」


 私は涙を堪えきれず、涙を流していた。

 儚い涙は火炎で蒸発せずに床に転がる。


「うおおおおおおおおおお」


 福寿は火炎を押しながら進み、やがて杖を持った男の前まで来ていた。

 福寿は拳を腰の辺りに下げ、強く拳を握る。


「この程度の火炎じゃ、僕の魂を燃やすことはできねえよ」


 福寿は火炎に耐えている。

 火炎を腕を横薙ぎにして振り払い、拳で男の顔面を殴り飛ばす。男は大袈裟かというくらい吹き飛び、遥か遠くにあった壁にぶつかって意識を失う。


「ウィー爺さん。お願いします」


 突如、私と福寿を囲むように足元に星形の魔方陣が地面へ刻まれる。その魔方陣は光り出し、気づけば私と福寿はどこかの建物の中へと移動していた。


「ここは……どこ?」


「ここはーー」


 福寿の言葉を遮ったのは、元気の良い二人のゴブリン。


「おいおい。彼女を連れてきたのか!」


「まじかよ。福寿スゲー」


 ゴブリンたちは福寿と仲良さそうに会話をしている。

 すると、彼らの背後から一人の女性が現れた。


「か、母さん!?」


「け、桂華!?」


 私の目の前には、何年か前に消息をたったはずの私の母である桐野江 ルナがそこにはいた。


「母さん。どうしてここに?」


「私も異世界に転生してきたの」


 やっと戻ってきた日常。またやり直すことができる日常。


「桂華。もとの世界に戻ることもできる。だが、この世界に居続けることもできる。桂華は、どっちを選ぶ?」


 私はーー

 そんなの決まってるでしょ。


 ※※※


「桂華。ご飯できたよ」


 ゴブリンたちが食器にのった料理を運ぶ。

 私と福寿は椅子に座り、その料理が机に置かれるのを待つ。

 母も椅子に座り、私たちはテーブルを囲む。


 私は、楽しければそれでいい。


「福寿、ありがとう」

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僕の青春英雄譚 総督琉 @soutokuryu

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