第33話:いつもと少し違う日常

体が重い。そして気も重い。

なぜなら今、俺は学校へ向かっているからだ。別に学校が嫌と言うわけではない。学生の本分は勉強なり。その本分を今日も果たしに行くだけなのだ。


しかし、どうだろうか。その学校には昨日俺を殺そうとした輩がいるではありませんか。そんな奴のいる場所に行きたいと思うだろうか。幸いにもクラスは別であるがゆえに、エンカウント率は低いと思うが。


「ちょっと!聞いてるの?新!」


「あーはいはい。あれだろ?黒ひげ危機一髪。あれって黒ひげ飛び出させた人が勝ちっていうルールらしいな?」


「え!?そうなの?初めて知った...今まで全部逆のルールでやってたよ〜。じゃあ今までの負けは勝ちだったんだね!...じゃなくて!!」


「ナイスノリツッコミ!」


俺と雫は朝の通学路を一緒に登校している。こうやって雫と何気ない会話していると昨日のことが嘘のように感じる。


「もう!全然関係ない話するんだから!そうじゃなくて、今日の英語の小テストの話!新、中間テストも点数悪かったんだからちゃんと勉強してきたの?」


はて?中間テストなんて受けたかな?記憶にないな。もしかして若年性アルツハイマーか?いや、ただ点数悪くてさっさと忘れただけだった。

体の構造変わったんなら、どうせなら頭も良くなってくれればよかったのに。


「その顔...どうせしてないんでしょ?はあ、もう仕方ないなあ。英語は4限目だからそれまでの休み時間で要点だけささっと教えてあげるね?」


おお、雫様は聖女様なのですか?

まあ確かに雫は容姿もかなりの美少女でこの包容力だからな。学校でも聖女って呼ばれているのに頷ける。ご慈悲に感謝を。


「ッ!」


あれれ〜?なんで雫さんは顔を赤くしているのかな〜?


「もう!全部声に出てるから!バカ!」


俺は時より心の声が俺の内側から勝手に出ていってしまうらしい。気をつけなければいけない。

それにしても最近の雫はなんだか見慣れている、俺の目線から見ても可愛い。

学校のやつらもそんな雫を放っておかないだろう。

なんだかそれはそれでモヤモヤする気もする。


まあ雫は妹みたいなもんだしな。

これはおそらくシスコンってやつかもしれん。俺の認めた男しか雫は渡さんというやつ。

あれ?振り返れば俺の方が世話されてる気がする。俺が弟か。


くだらない与太話に花を咲かせながら歩いているともう校門が見えてきた。そういえば昨日窓ガラス全て破壊の限りを尽くしちゃったし、グラウンドにも大きな穴開けちゃったけど、大丈夫か?


「雫!おはよう。この前の件、考えてくれた?」


そこへ校門の脇から一人の人物が現れた。そいつは...


「えっと、八代君、おはよう。この前の件ね?も、もう少しだけ待ってくれるかな?」


なぜ貴様がそこにいる。なぜ今日一番会いたくなかったやつと初っ端からエンカウントしてしまわなければならないんだ。攻撃繰り出すぞ?お?

しかも何やら雫に用があるらしい。お兄さんそんなこと聞いてないぞ!


「できれば今すぐ返事を聞かせて欲しいけど?」


八代が雫を急かしてくる。えらくグイグイくるな。

それに対し、雫は困っている。


「まあ、待て。雫はもうちょっと待って欲しいって言ってるだろ?無理強いはよくないぞ?」


「ん?誰だい君は?俺は今、雫と話をしているんだが?」


プルプルと怒りに震えるのが自分でもわかる。きっと今の俺の顔は引きつっていることだろう。しかもなんで呼び捨てしてやがんだ。

なんつー腹立つやつだ。こんなに嫌なやつだったのか?

昨日の件も俺は忘れてないぞ?こら。


そんな俺たちのやり取りを生徒たちが横目に通り過ぎて行く。


「八代か?何を校門前で騒いでいるんだ?それに君は...三波君だったか」


そこへ登校してきた生徒会長がやってきた。


「いや、会長なんでもないですよ。彼と他愛ない無い話をしていただけですよ。じゃあ、雫、また返事を聞かせてくれ」


八代は生徒会長が来るとすぐに学校へ入っていった。もしかして昨日ことで色々もめてたからな。会長とは気まずいのか。八代避けに一家に一人欲しいよ、会長。


「会長助かりました。ありがとうございます」


「いや...なんのことかはわからないがもうすぐチャイムも鳴る。早く教室へ向かった方がいいだろう」


俺たちはその言葉を聞き、会長にお礼を言って教室へ向かった。



向かう道すがら雫に八代のことを聞いた。


「えっと、実は八代君に遊びに誘われてて...」


まじ?アイツ、まじ?


「それは、デデデデートってことか?」


どこぞの大王みたいになってしまった。落ち着け。


「ううん、違うよ。ほら私たち最近、雅ちゃんと真白ちゃん、由里子ちゃんの4人でいること多いでしょ?それで八代君たちの友達とみんなで遊びに行こうって話になって...」


「それでみんなはOKしたのか?」


「いや、みんなそんなに乗り気じゃなくって。あまりにグイグイくるし、周りの女子達の目もあるからなんだか断りづらくって...」


なるほど。そういうことか。あいつがグイグイくるだけじゃないのね。つまり女子に人気の「八代君の誘いを断るなんてどういうつもり!?」っていう感じに見られるってことか。でもそういうのに限って、下手にOKすると「私たちは誘われてないのに!何よ!」ってなるんだよな。女子って大変だなあ。女子って難しい。


問題はアイツか。なんか最近本当にアイツというのは分からなくなってきたぞ。

周りからの評判はいいが、さっきの俺を見る目はかなり冷たかった気がする。


つまりは、周りの仲良いやつや先生。それに女子生徒にはいい顔してるってことか。その他興味のない人間にはああやって裏の顔を使っているのだろう。

はっきりした。あいつはやっぱり嫌なやつだわ。


「まあ、女子の目もあるだろうけど嫌ならはっきり断った方がいいぞ?あいつのこと好きならその仕方ないけど...」


俺は嫌いだけど。とボソッと言ったところで返事のない雫の顔を見るとキッとこちらを睨んでいる。俺何かまずいこと言ったか?


「えっと、どうした?」


「なんでもないよーだ!この朴念仁!新のバーカ!」


雫は俺にそう吐き捨てると一人足早に教室へ入っていった。

うーん、やっぱり女子って難しい。



今は4限が終わって昼休み。

結局校舎やグラウンドは俺の心配も杞憂にすっかり元どおりになっていた。

これも現代の魔術が成せる神業の一つなのだろうか。


そして俺が怒らせてしまった雫は、不機嫌ながらも小テストの勉強を教えてくれた。

そのおかげで少しは点数は取れそうだ。っていっても直前しか勉強してないから0が1になるくらいにの差だろは思うが。でもそれが大事なのだ。


「新〜。今日、購買いく?俺先生から呼び出されてるから、先行って適当に買ってておいてくれねえか?」


「ああ、いいけど。どこで食べるんだ?教室か?」


「ん。まあとりあえず買って適当なとこで食べててくれよ。呼び出し終わったら連絡するわ!」


碧人は小テストの時間ガッツリ爆睡したことにより呼び出しを食らったのだ。

俺でさえ寝なかったというのに、残念なやつだ。


購買に行く前にふと朝から機嫌の悪い雫のこともそうだが、昨日対峙した高崎さんの様子も気になった。高崎さんは昨日あんなことがあったにも関わらず、今日もいつもと変わらない感じ...というよりかは少し眠たそうに授業を受けていた。

そんな高崎さんはいつもの4人グループにいなかった。まあ、トイレかなにかだろうと思い、購買に向かった。



購買で目的のパンやジュースを買うことに成功した俺は、屋上へ行くことにした。ここは基本的には立ち入り禁止なのだが、鍵が壊れていることを知っている生徒の穴場にもなっている。先生も全然立ち寄らないため、全くバレていない。

そして穴場といってもそこまで人がいることが多いと言うわけではない。せいぜいサボりや告白などで使われる程度だ。

....そう、俺もそれに使った。


そんな懐かしい思い出を思い出しながら屋上のドアを少し開けた時、話声が聞こえてきた。


「高崎さん、好きです!付き合ってください!」


「ごめんなさい。無理です」


高崎さんが告白されていた。だからグループにいなかったのね。

それにしても今日もいつも通り見事な玉砕だった。

俺もあんな風な感じだったのかね。しょんぼりする生徒を隙間から見ながら客観的にそう感じていた。


あ、やばい男子生徒がこちらに来る。

開かれたドアの前でフラれたての男子生徒と目が合う。

どこかお互い慰め合うような、戦友のような雰囲気を感じて少しの間見つめると男子生徒は去って行った。

きっと彼も俺がフラれたことを知っているのだろう。

なんたってフラれて身長10センチ伸びた人だからね!


続いて高崎さんもため息をつきこちらへやってきた。

まだ俺のことには気づいていないようだった。


「あ!み、三波君!?」


「あー、えっとこんにちは?」


「み、見てたの?」


「ごめんなさい」


俺は素直に盗み見していたことを謝罪した。

お互い気まずさを覚える。だいぶ元のように話せる関係に戻ってきたとはいえ、同じ場所で同じように告白したのだ。それを嫌でも思い出してしまったのだろう。


ぐ〜


ここで気まずい沈黙が流れる中、その空間にひどく響き渡った。

高崎さんが恥ずかしそうに頬を赤に染め、下を向いている。

すごくかわいい。好きです。付き合ってください。あまりの可愛さに心の中で再度告白をしてしまった。


「えっと、高崎さんお昼まだだよね?これよかったら一緒に食べる?」


高崎さんは一度迷うそぶりを見せたがまたお腹がなり、コクリと同意した。


俺たちは誰もいない屋上で一緒に座ってパンをかじる。

高崎さんはイチゴジャムパンをおいしそうに頬張っている。

その幸せそうな顔をみるとあげた甲斐があったってもんだ。碧人のだけど。

すまんな。お前の昼飯は俺と高崎さんをつなぐラッキーアイテムへと変化したのだ。


「はあ、おいしかった!それにしてもパンもらっちゃってよかったの?それにカフェオレも」


「いいよ、いいよ!美味しそうに食べてくれたし!それに少し多めに買ってたから!それだけで足りる?」


「うん。大丈夫!ありがとう」


うーん、幸せだ。昨日彼女に魔術ぶっ放されそうになったとは思えないな。

まあ彼女だったら少しくらい許す。八代は許さんけど。


ふと視線を感じて高崎さんの方を見る。すると高崎さんと目が合った。

そして1秒ほど見つめ合うと、急に気恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

高崎さんも恥ずかしがっているかと思うとそうではなく、何か考えるような仕草をしている。そして全く想定していなかった質問が飛んできた。


「三波君って目が悪いの?」


「え!?なんで?」


急な質問で驚いた。俺は昔から目だけはいい。裸眼で2.0ある。


「コンタクトしてない?」


ドキリ。まずいと感じた。どうやって言い訳しよう...

こちらをじっと見つめているであろうその瞳を俺は見ることができなかった。


「いや、えっとーその....」


かなりしどろもどろでだ。このコンタクトを外してしまうと昨日対峙した時のような真紅の瞳が露わになってしまう。


そこへ俺の携帯が鳴った。碧人からだ。なんという素晴らしいタイミング。お前は天才か。俺は慌てて電話を取る。


「あ、碧人からだ。ごめん、高崎さん、俺もう行くね」


俺は高崎さんから逃げるように屋上を後にした。




新のいなくなった屋上に一人ぽつんと取り残された真白。

そんな彼女は新が走り去った方向を見て未だになにか考えている。


「あの目...まさか...ううん、そんなはずない。そんなはずないよ」


真白は空を見上げて、何か物憂げな表情を残しながら、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

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