第32話:八代という男

あー最悪だ。

やってしまった。今の俺の感情はその一言。


学校に現れた、2体の手強いオウムを倒した俺は今、6人の知り合いに囲まれている。

無論、向こうは俺のこと知り合いだとかそんなことまるで思っていないかも知れないが。俺の一方的な思いというわけではなく、正体がわからないという意味だ。断じて友達だと思ってた奴が俺しかそう思っていなかったとかそういうことではない。


「両手を上げて、こちらを向いてもらおうか」


この声は会長だな。厨二病の。と声を出しそうになったが、喉の奥に押しとどめる。


「...はぁ」


俺は止めることのできないため息をつきながら両手を上げてゆっくりと振り返った。




今日は私たち生徒会メンバー総出でオウムの殲滅に取り掛かっていた。

何せ同時に発生する数が多いのだ。

今日に限って相良さんは本部に戻っている。それでも3組それぞれで各地の対応を行わなければ被害が出てしまう。


私と八代君も現場に急行していた。

今日目の前にいたオウムはいつもの個体よりも少し魔力が多かった。


他の2つの場所でも同様に少し強力な個体が出現しているかも知れない。

凛さん達のペアなら兎も角、いのりちゃん悠馬くんの1年生コンビにはまだ少し荷が重い。

そう憂慮しながらも、私と八代君は戦った結果、思っていたよりも時間がかかってしまった。


オウムをどうにか倒した私たちは、後処理を協会の特殊部隊にお願いし、いのりちゃんたちの元へ向かおうとした時だった。


「!?」


ドクン。神楽町全体が波を打ったような気がした。

八代君も異変を感じたようだ。


「この感覚は...かなり強力なオウムが出現したようだ」


私は自分の眉間にしわを寄せた。この前の林間学校での一件が思い出される。

それと同時に携帯がブブブと震えた。凛さんからの電話だ。


『もしもし!先ほどの波動感じたか!?』


凛さんは慌てて居るようだ。それも無理はない。それほどまでに強力な魔力を持つものが現れたというのも問題だが、その場所が私たちの学び舎、学園の方面だったからだ。


『いのり達も自分たちのオウムの対処が終わったそうだ。これから、全員で学園に向かう』


『分かりました!すぐに向かいます!』


電話を横で聞いていた八代君はこちらを見て頷き、散会した。

私も電話切るとすぐに学園の方面へ向かった。



「これは一体...」


学園に着くと凛さんと吉岡さんが先に到着していた。


「凛さん!」


「これは一体どういうことですか?」


学校がドーム状の何かに覆われている。

私と八代君は目の前で起こっていることが分からず、凛さんに疑問をぶつける。


「分からない。何者かが結界を張ったようだ。それもかなり高度なものだ。突破には時間を要するかも知れない」


「凛、どうする?佐之や悠馬がくるまで待つか?それとも先にこじ開けるか?」


吉岡さんからの言葉に凛さんは顎に手を当て熟考する。


「いや、時間が勿体無い。中で何者かがオウムと戦っている、もしくはオウムを使って何かをしようとしているのかも知れない」


私たちは皆、その意見に首肯し魔術や神器での突破を試みた。

しかし、いくら攻撃を加えても中々突破することはできない。


「先輩!お待たせしました!」


そこにいのりちゃんや悠馬君の二人も合流した。

そして皆で一点に集中して攻撃を加えようとしたその時だった。


凄まじい破裂音とともに暴風が学園全体を襲った。

その恐ろしい衝撃は結界のみならず、校舎の窓ガラスを全て破壊してしまった。


「くっ!」


「きゃっ」


その衝撃からみな一様に悲鳴をあげ、その場に立ちすくんだ。

砂埃が舞い、私たちも砂まみれだ。


これほどの攻撃にも関わらず、魔力は全くと言っていいほど、感じられなかった。


砂埃がやむとグラウンドの中央には大きな穴と一人の影が揺らいで見えた。

先ほどの衝撃波を生み出した人物だろうか。その人は校舎の方を見ながらじっとしている。


私たちはお互いに目を合わせ、頷き、彼の者に近寄った。


「止まりなさい!!」


私はその場を去ろうとする彼に警告をした。その手に魔力を練って。

それは凛さんや八代君も同じだった。


「両手を上げて、こちらを向いてもらおうか」


凛さんがその正体を見るべく彼にもう一度警告した。

その言葉を受けて彼は観念したのか、大きなため息とともにこちらを振り向く。



その姿は白に赤。


彼は仮面で顔を覆っていた。仮面は全て白で塗りつぶされ、空いている部分は目の部分しか存在していなかった。


そして、穴から覗かせるその目はまるで血を垂らしたように赤かったのだ。

その目を見た瞬間私は、ゾクッと恐怖を感じるとともに不思議とその瞳に吸い込まれそうになった。

あれ、この感覚どこかで...

胸の奥に引っかかりを覚えたところで真紅の眼を持つ彼は言葉を発した。


「敵意はないんで帰っていいっすか?」



その発言に私達はあっけにとられてしまった。

一瞬シンとした空気になったがすぐに八代君が三度警告する。


「何を言っている。貴様は拘束させてもらう」


八代君は、彼の神器である天羽々斬あまのはばきりを構え目の前の不審な男に告げた。天羽々斬の刀身は弧を描き夜の月明かりに反射し、美しく煌めいている。

そんな武器を向けられてなお、彼は投降する姿勢は見せなかった。


「だから本当に敵意ないっての。俺はただ、あんたらの手伝いがしたくってオウムと戦っていただけだって」


その言葉を聞いた凛さんは小声でこちらに問うてきた。


「どう思う?奴は敵だと思うか?」


「分かりません。でも彼からは魔力も何も感じられません。魔力がないのにどうやってオウムと戦うんでしょうか。それに結界も張れないはずです」


私は先ほどから感じていた疑問をそのまま凛さんに返す。


「そうだな。その通りだ。もし奴が魔力を一切漏らさずに制御できるものなのであれば、特級魔術師並の力量ということだ。そんなやつが相手では6人とはいえこちらの部が悪いかもしれない。ここは慎重になった方が良さそうだ」


凛さんの言葉に目を合わせて頷く。

それに対し、話を聞いていた八代君が反発する。


「何を言っているんですか!そんなレベルのやつが野良でいるわけないでしょう!?明らかにこいつは不審です。ここらで力づくでも拘束すべきです」


彼の中で燃え上がる正義の炎がそれを許してはくれなかった。彼は自分を信じすぎている。自分に絶対の正義があるのだと。

基本的にはいい人なのだが、私は彼のそういうところが苦手でもあった。


「せ、先輩。落ち着きましょうよ!相手に敵意はないんですから!そんな好戦的にならなくても...」


「彼女の言う通りだ。まずは落ち着け」


いのりちゃんと吉岡さんが八代君を宥める。しかし、彼は鋭い眼光を目の前の仮面の男に向けている。


「いいんですか?こいつは山の封印を解いたかもしれない容疑がかかっているんです。ここで取り逃したら大問題ですよ?」


もう!何を言ってもまるで聞いてくれない!

これじゃあ埒があかない。


「俺も先輩に賛成っす。ここで逃すのはマズイと思います。無理矢理にでも拘束すべきっす」


ちょっとなんでここで悠馬君まで彼に賛同するの!?

話がどんどんややこしくなっていきた。


そうやって私たちがもめていると仮面の男はこっそりと後ずさっていた。


「貴様!逃げるつもりか!」


そしてそれに気づいた八代君は遂に手に魔力を込め、術式を練り上げてしまった。


「第4群ノ11:流星槍!」


呪文を唱えると空から展開された魔術が仮面の男に向かって降り注ぐ。

隕石の雨とも呼べる、中位魔術の中でも後番に当たるその魔術は、拘束を行うような相手に行使する魔術ではない。


驟雨しゅううのように降り注がれるその攻撃は相手の殺してしまうのではないかと思うほどの威力があった。


「ちょっと!何してるの!?」


「くっ、正体のわからない無抵抗な相手に向かってそれほどの魔術を使うとは君は正気か!?」


私と凛さんで彼を非難する。


「奴をここで取り逃すくらいなら始末してやった方がいい。そう判断しただけだ」


彼は強い口調で言う。その目にはどこか憎しみが篭っているようにも思える。

そして魔術の雨が止むと、そこには土埃だけが舞っていた。



なんなんだよ、あいつ!?普通魔術使う?しかもえらく殺傷能力高そうな奴!

ありえねえだろ。死んだらどうするつもりだよ!

ああ、しかも服に穴空いてやがる。靴にも!新調したばっかりなのに...

ゆ、許さん...


実はこの穴、オウムと戦った時には既に空いていたのだが、新は八代の魔術によって開けられたものだと勘違いしていた。そしてその怒りの矛先は目の前の魔術師たちへ向かう。


「お前ら覚悟できてんだろうな!?」


「!?」


思わず、服をボロボロにされた恨み節を口に出してしまった。

まさか俺が立ち上がってくるとは露ほどにも考えていなかったであろう彼らは全員が目と口を開いて驚いている。


「な!?君は一体...」


「最悪の気分だ...」


会長の言葉塞ぐように発せられた俺の言葉により緊張が走る。そして目の前の彼らは皆武器を構え、魔術を練上げようとしていた。


なんでまた攻撃してこようとしてんだよ。これだけ威嚇射撃やっといてまだ足りないの?


そういえば琥珀どこいったんだよ。先に逃げ帰ったか?それなら好都合だ。俺一人の方が逃げやすいし、琥珀を見た高崎さんに俺の正体がバレてしまうかもしれん。


「はあ...」


もう一度大きくため息を付き、俺は拳を振り上げた。


「貴様!?動くな!」


それに反応する八代。

やだよ、バーカ。今日で俺はお前のこともっと嫌いになったんだからな!


「!第2群ノ6...」


俺は魔術を展開されるより早く、地面を穿つ。

地面に触れるや否や、大きく岩石が隆起した。

少しの石のかけらくらいは飛んでいくだろうが、それはおあいこだ。

決して俺に彼らを傷づける意思はない。敵対するつもりはないのだ。


「くっ!」


「きゃっ」


僅かばかりの悲鳴などが聞こえたが気にしない。その隙に俺は足に今まで込めたことのないほどの力を入れ、飛び上がった。


──────────────



ガチャ。


「はあ」


やっと帰ってこれた。服もボロボロだ。血も少し流したし、せっかくオウム倒したのに八代には襲われるし踏んだり蹴ったりだわ。


〈おう、やっと帰ったか。なんじゃお主。オウムとの戦いより一層ボロボロになっておらぬか?〉


やっぱり先に帰っていたか。この薄情者め。しかし、琥珀があの場にいたところで高崎さんに見つかれば余計ややこしくなってしまうことは明白なので、今日のとこはグッジョブだ。そんな君にはちょっといい猫缶をあげよう。


それにしても疲れた。穴の開いた服を脱ぎ、シャワーを浴びることにしよう。

そうして裸で鏡の前に立った俺は、自分の肉体を眺めていた。

決してナルシシズムではない。

そこには、今日貫かれたはずの穴がもう塞がっていたのだ。打撲もすっかり痛みを感じない。

異常な回復力だよな。


俺はシャワーを浴び、ベッドに寝転がると今日のことを繰り返し考えていた。

特殊なオウムにあの力。そして魔術協会。


いろいろ面倒なことになってきた。もう正直に話してしまおうか。最初からそうした方がよかった気もする。

しかし今日の出来事で協会からはあまりいい印象は無いように思える。

それはやめておいた方がいいだろう。

何より八代が面倒で仕方ない。


そんなことを考えているうちに俺は、深い眠りへと落ちていった。


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