第27話:油断
俺は雫の元に向かう影がもう一つあることに気づいた。
それ影は人とは思えない様子をしており、明らかに雫に害を与えようとしていることが分かった。
俺は踏み込んだままに雫に近づこうとする何かに向かって蹴りを放った。
その何かはこちらに気づくことなく、俺の足から放たられる力の奔流により、木に激突、木はへし折れ森の奥へ吹きとばされ、姿が見えなくなった。
「雫!?」
奴の姿が見えなくなると俺は慌てて雫に駆け寄る。
雫はひどい怪我だった。体は痣や傷だらけ、とても見ていられるものではない、痛々しい姿だった。
「ん...あらた?ど..うして?」
「もう大丈夫だよ。帰ろう?」
「うん...」
雫は俺が来たことにより安心をしたのか意識を手放してしまった。
痛みや疲れがピークに来ていたのだろう。それに脱水の症状も見られる。
すぐに山を降りて、医者に見せた方がいい。急ごう。
雫を抱きかかえ、山を降りようとした、その時違和感を感じた。
「!?」
おかしい。まだ奴の感覚がこの森から消え去っていない。
そう思い、視線をやつがいた場所に向けると、先ほどの一撃で消しとばしたはずのそれは、何事もなくそこに立っていた。
「ぎゅるるるるるるる」
まるで何も効いていないと言わんばかりにニタニタ笑みを浮かべるそれは俺を待っているようだった。
なんで?なんでこんなところにオウムがいる?
どっから湧いて出やがったんだ、こいつは?高崎さん達は気づいていなかったのか?
そんな疑問よりまずは、雫を一刻も早く医者に見せないといけない。
しかし目の前のやつはそれを許してくれそうにない。
やはり、先に倒すしかないようだ。
俺はやつの様子を伺いながら、雫をゆっくりと地面に寝かせ、奴に対面した。
先ほどの蹴りは、いつものオウムであれば確実に倒せていたはずだ。それにも関わらず奴は無傷。
少し力加減が足りなかったか?ならば、もう少し強い力でやってやる。
俺は目の前で気持ちの悪い笑みを浮かべる奴に瞬きも忘れるほどの速さで迫り、拳を振るう。
「!?」
が、その拳は空を切った。俺の拳は奴の体を捉え吹き飛ばすことはなかったのである。その想像していた結果にならず、俺には完全な隙が生まれる。
「ッ!」
気づけば跳ね飛ばされていた。俺が奴を蹴り飛ばしたのと同様に俺も奴に反撃を受けたのだ。
木に激突し、体の勢いが止まった、
殴られた!?
それにしても...痛い。なんだか久しぶりの感覚だ。
攻撃を受けた箇所、腹部付近には裂傷ができていた。
今までで初めての感覚だ。この体になってトラックの衝突や倒して来たオウムの攻撃であっても決して俺の体には傷がつくことはなかった。
完全に油断だ。奴の攻撃では俺の体には傷一つつけることができない、今まで通り一瞬で片付けられる、そう高を括っていた結果がこれだ。
俺が死ねば、雫も死ぬ。バカか俺は。
幸い、やつの興味はまだこちらを向いている。もう一度、奴を今度はぶっ飛ばす。
そう決めて、奴の前へ戻った。
奴は相も変わらず何を考えているかわからない様子でこちらを見ている。
今までのオウムそうだが、こいつもより一層気味が悪い。
さっさと片付けてしまおう。
今度は奴の上段から蹴りを放つ。奴は機敏にもそれに反応し、また避ける。
「くそっ!」
攻撃を避けられると隙が生まれる。そんな隙を見逃すほど奴も甘くはなかった。
反撃が来る。
おおよそ常人とはかけ離れた反射神経でその反撃を躱し、距離を取った。
「ぎゅる」
「はやっ!」
今度は奴がロケットのようにこちらに迫り、仕掛けて来る。
まともな武術とは言えないそれは、まるで子供が腕を振り回しているだけのようだ。
それにも関わらずその一振り一振りで確実に命を摘み取ろうしてくる。
俺であれば、死ぬとまではいかないだろうがさっき受けた傷を見る限り、受けないに越したことはない。
振り回される腕をどうにかいなしていく。
適当に振り回し来るがだけに予測がし辛い攻撃だ。普通であればすぐに隙ができそうな攻撃をやつは恐るべき速さで次の攻撃へと繋げて来る。そのおかげでこちらも反撃ができない。
一か八かこちらもタイミングを見計らい、目の前の奴に拳を放った。
結果は相打ち、お互いがお互いを吹き飛ばした。
「いってぇ....」
「ぎゅるるる」
痛みわけだ。人間相手ならこの辺で引き分けを提案して戦いをやめたいところだが、奴はそんなもの聞き入れてくれないだろう。
なんかさっきよりやる気になっているように見える。
次こそ。次こそ、奴の息の根をとめる一撃を本気でお見舞いしてやる。
立ち上がりそう思った時だった。
なんだか眩しい。
俺は光の発生源を確認するとそれは俺自身の手の甲だった。
「な、なんだこれ?」
変な紋様が見える。今までこんなことはなかったのに、今初めてみた。
一体なんだというのか。
考えていても始まらない。今は奴に集中する。
俺は光る手の甲の紋様は一旦、置いておき、再度奴に迫った。
渾身のストレートを放ったつもりだった。奴はそのストレートに対し、後ろに下がり避けたつもりだった。それが間違いだった。
真っ暗な夜に一筋の光が奔った。
俺の拳から放たれたそれは、まるでレーザーのように真っ直ぐと空に伸びていった。
「は?え?」
自分でも脳の処理が追いついていない。俺、レーザービーム放った?
目の前の奴も恐らく何が起きたか分かっていないだろう。
奴の体には大きな穴が空いていた。そして、その穴より、奴の体は自壊していく。そして跡形もなく、崩れ去って言った。
「なんだったんだ...。ってそんなことより雫!!」
俺は急いで雫の元へ向かった。
相変わらず意識は失ったままだが、息はしている。
状態は良くないが、急いで下山すればどうにかなるかもしれない。
俺は、雫を背中に背負うと山を一気に駆け下りた。
俺はきっとこの時、雫のことに一生懸命になりすぎていたんだと思う。背後から何者かが俺を見ていることに全く気づくことができなかったのだから。
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