第27話

 Aの声が震えているのが分かる。

『……(ピーッ)さんが……私を……殺……え?』

 それに被せる様に、冷静な渡邉の声が続く。

『執行までに、三時間ほど猶予がございます。親族等に連絡を取られることは適いませんが、殺害される前に何かなさっておきたいことがございましたら、この時間内にどうぞ』

 頭を下げる渡邉。

『殺……が……い? 一体何のこと? 何これ……な……に……人殺し――』

 Aの声が囁きから絶叫に変わっていく。

『あ……私、殺され……い……いやぁーっ!!』

 画面からAの姿が消えた。



 CMを見ながら考える。もしも俺が殺されるほうだったら、と。

 なぜそれを今まで考えなかったのか、とても不思議だった。

 俺がこの試験を断るか、又は試験開始後に契約違反を犯したら渡邉に殺されるかもしれない。それは考えた。しかしそれは、自分次第で十分に避けられることだった。

 だが、この女性は違う。

 もしも俺が、いきなり目の前に人殺し通知書を突き付けられ、今から三時間以内にあなたを殺します、と言われたら。

 それも、知り合いから。

自分は耐えられるだろうか。恐らく、その三時間で気が狂ってしまうのではないか。

 この女性――小池から殺害宣告を受けたこの幼稚園教諭は、三時間という執行猶予をどのように過ごすのだろうか。そして、いよいよ命を絶たれる時、どんな反応を見せるのだろうか。

 そこまで考えて突然、猛烈な恐怖に襲われた。

 自分が殺されることはもちろん怖い。しかしそれよりも、自分が小池を殺す時、あの女はどんな反応を見せるのか。暴れるだろうか、泣くだろうか、それとも――。

 自分が殺されることよりも、俺にとってはその瞬間を考えることのほうが怖かった。

「…………」

 気分が悪くなってきた。

 このまま考え続けたら、自分は小池を殺せなくなってしまうかもしれない。

 震え出しそうな体を無理矢理伸ばし、頭を左右に強く振って思考を追い出す。

 テレビはCMが明け、続きのVTRではなくスタジオが映し出されていた。



『先ほどはAさんが殺害宣告を受けたところまでをご覧いただきました。ここからは、実際に殺害されるまでをご覧いただきます』

 司会の男が喋る内容と同じテロップが、画面下に流れ出す。

『今からご覧いただきますVTRは、倫理規定に基づきまして映像と音声をかなり加工してあります。本来ならば放送自体を差し控えるべき内容なのですが、私たちの仕事は真実をお伝えすることです』

 画面の中の顔が、次第に紅潮してきている。

『私たちは、ありのままを、真実を伝えなければならないのです! さあ、みなさん! 人が殺されていく様を一緒に見届けようではありませんか! 人を殺す、という行為がどんなに素晴ら――』

 興奮して喋り続ける司会者を、数人の男が横から止めに入った。マイクの音声は切られたが、彼はまだ何かを叫び続けている。



「……人を殺すことって、もしかして……魅力的なことなのか?」

 そんなはずはない。

 しかし、あの司会者の興奮した様子は、少なくとも恐怖のそれではない。

 俺の頭の中は、恐怖から混乱へと変わっていた。

 目の前にはテレビがある。人の気配がなくなったスタジオからVTRへと切り替わる様子が見て取れる。本当は人が殺されるところなんて見たくないが、見なければならない。

 それが、何のためなのか――自分の時のためなのか、それとも人が殺されるところが見たいのか。

 俺は分からなくなっていた。

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人殺し権 淋漓堂 @linrido

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