第9話

 独り言のような俺のつぶやきに、渡邉がすかさず答える。

「誕生日の件はもうよろしゅうございますか? 他に何か?」

「いや、聞きたいことは誕生日がメインじゃないから。それで、その試験が始まって、殺したい人が決まったら、次はどうなるの?」

「OH!」

 渡邉は叫んで、額に手をあてて天井を仰ぎ見た。オーバーアクションの完全復活だった。

「またしても忘れておりました! 私の誕生日どころではございません!」

「ん? ああ、誕生日は聞いてないから」

 俺の言葉を無視して、急いで話を続ける。

「殺害相手が確定いたしましたら、すぐに私にご連絡くださいませ。直ちに実行に移行させていただきます」

「実行?」

「はい。まず、殺害方法をお選びいただきます」

「殺害……方法……」

 それはそうだ。名前からして『人殺し権』というくらいだから、人を殺害するための制度だろう。しかし、なんだか全てが他人事のようで、話がうまく飲み込めない。

「はい。ここが一番の難点でございました」

 渡邉は、一枚目の附則をめくり、二枚目を示した。

「ほとんどの方は『人を殺す』という行為を経験されたことがございません」

「そりゃそうだ」

「そこで、誰を殺害なさるか決めるまでを個々で、その先――いわゆる殺害行為は他人に委ねる、という方法も考えました」

 俺は、「それにする! それならちょっとは気が楽かも。俺、それにする」と、すぐに答えた。しかし、渡邉は首を大きく横に振った。

「申し訳ございませんがその案はすぐさま却下されましたので、ご自身で殺害なさってくださいませ」

「ご自身で……って、なんで? いい案じゃないかっ!」

 思わず腰が浮きかけたが、渡邉の冷静な声に制された。

「これが法案として成立した時のことをお考えくださいませ。日本国民全員がこの権利を得ることになるのでございます」

「そんなことくらい分かってる」

 渡邉は、やれやれといった風に肩をすくめ、両手の平を天井へ向けた。

「よろしいですか? 人を殺したいのだけれども自分の手を汚すのは嫌だと、こうお考えになるお方も多いでしょう。その場合、今の滝沢様のように、実行は他人へお任せというケースが容易に想定されます」

「……で?」

「はあ……私、先ほど映画の見過ぎではと申しましたこと、撤回させていただきます」

 なぜため息を吐かれなくてはいけないのか分からないが、別に映画を見過ぎてもいないので「どうぞ」と答えた。すると渡邉は、大きく咳払いをした後に、小声で説明を始めた。

「あまり大きな声では申しあげられませんが、そういうケースが出てまいりますと、必ずそれに食い付く輩がおります。いうなれば『人殺し権代行業』なる新ビジネスを生み出し、いわゆるそういった集団の新たな資金源になるのは、ほぼ間違いないと思われます」

 渡邉の言いたいことがやっと分かった。

「そりゃ……まずいよね、やっぱり。そしたら自分でやるしかないってこと?」

「はい。まず殺害希望者がお決まりになられましたら、お電話かメールで私まで御一報くださいませ」

 二枚目の附則の下のほうに、代理人の電話番号とアドレスが記入してある。

「その後、滝沢様と直接お会いいたしまして、ご意思の最終確認をいたします」

「相手を調べたりとかは?」

「いたしません。その方がたとえどんなに善人であろうとも、大家族の母親であろうとも、被試験者に選ばれた時点で『死』は確定でございます」

「そうなんだ……」

「はい。そういうルールになっております」

 渡邉は初めて、少しだけ辛そうな表情を見せた。

「先を続けさせていただきます。その後、被試験者――滝沢様と代理人の私が先方へ赴きまして、殺害の意思があることを相手側へ表明いたします」

 そこまでを説明した後、渡邉はアタッシュケースの中から最後の書類を取り出し、机に並べた。

 それには『人殺し通知書』とあり、こう書かれていた。


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