***





「おーい、ジェラルド君ー!」


 騎馬が全て眠る中、普段の姿に似合わず全力疾走してくる、一つの影。


 いつしか紅に染まった長髪をなびかせ、ジェイは可笑しそうに振り返った。


「ルーチェ殿、走りにくいとはいえ──いくらなんでも……裾を破りすぎでは? まあ、皆眠っているが……貴殿がアラマンダに見えてきてしまったぞ」


「あぁ、これか。服なんぞ構ってる場合じゃないんだよ。今から言うことを、頭に叩き込めよ? ジェラルド君、私には今、余裕が無い」


 日頃のクールさはどこへいったのだろう。

 目の前の部下だった人間──界の守り人たる人間は、瞳にかかった前髪を振り払う時間も惜しむように、早口で「命じ」た。


「セレス城には数刻持つ強固な結果を張ってきた。皆が眠ってる今がチャンス、すぐに王城に戻るべし。……ジェラルド君がいない間、あの子──エイシアの見ようみまねで変化術を酷使して、ジェラルド君の代役をやってたわ。二重の魔法は疲れるのよ、早く交代なさいな! 国境も、セレス城も、もう大丈夫──私には、解るの。それが、守り人の力。セレスは安泰よ、後始末を、ジェラルド君たちがしくじりさえしなければね。だから──私はヴァルドに行ってくるわ。あちらの処理は、少し手を焼く」


 言うなり槍を片手にダッシュしながら方陣を描いて異空間へと消えたルーチェを、ジェイは不思議そうに見守って。

 それから、レストに向き直った。


「──だ、そうだ。俺は城に戻るから、後を頼んでいいか?」


 唖然としていたレストは、我にかえってはっきりと返事をする。


「はい、もちろんです! こちらはおまかせください。あの方が安全と仰るなら、安全なのでしょうし」

「急場だが、あれを信じられるというのかね?」

「はい。この辺りには、あたたかな気しか満ちていませんから」

「なるほど、君は能力察知も鋭敏だったな。すまない──俺は王になってから、自らに余計な思考回路を組み込んでしまったようだ」

「それは当然です、貴方は、王なのですから。けれど……もしそうしたくないのなら、それもまた良いのかと存じます」


 爽やかなレストの笑みから紡がれる回答は、王と配下という垣根を少しばかり崩したもので。

 失言かもしれません、と、レストははにかんだ。


「──ありがとうな、レスト。お前はアズロの息子にはもったいない」


「ふふ。それこそもったいないお言葉です。ご無事で、我らが王よ」


 金の髪だった──今は緑色の、ふわりとした髪の少年に見送られ、ジェイは王城に駆ける。

 ルーチェが目覚めさせたらしき一頭の騎馬が、前方へと誘った。


 レストの現在の瞳の色は、藍より優しい空の色。

 その色を想い、ジェイは静かに願う。


「アラマンダ……あいつを、アズロを、守ってやってくれ。それから──いつも、すまないな」


 小さな小さな声は、風に流れ、彼方へと消えていった。

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