降り、降る雪。


 数千年ぶりにセレスの大地に降った雪は、星を抱く約束の霧を、優しく払っていく。


 一人、また一人、容姿が塗り替えられて──


 いや、元に戻ってゆく、と言ったほうが合っているのだろう。




 髪の色、瞳の色。


 全てが虹色に、変化を遂げる。




 柔らかな眠りが響く中、目蓋を閉じなかったものたちは、一様にぽかんと口を開いていた。


「──俺、いつ髪が蒼になったんでしょうね?」

「知りませんよ、それより僕、眠……くて……」


 ぱたりぱたりと熟睡していく仲間を尻目に、イシオスは苦笑いする。


「嫌だなあ、これじゃますます今までの自分の所業を認識させられる。──ねぇ、アズロ師団長?」


 おそらくは、自分が見上げる最上階にいるであろう司令官を想い、祈るように目を閉じる。


「無事ですよね……? 地上では、貴方がいないと厄介な事態が起きていますよ?」


 ふと、ひとつの足音がイシオスを横切って走って──


 再び開いた瞳に、衝撃が走る。


「!」


 間違いない。

 陽動部隊を率いていた大隊長、エナの姿が、塔の階段へと消えていった。


「……あの中に、一人で?」


 凄まじい光を放つ塔の最上階に迷いなく走る後ろ姿は、イシオスにはない、何か。


「考えられませんよ。大隊長が、眠る部下を放って単独行動なんて──いや、違うな。俺でも、そうする」


 諦めたように頭を左右に振ったイシオスは、自らの立場を全て放り投げて、エナを追った。


 半分が崩れた階段は、いつ崩落してもおかしくない。

 しかし、向かった二つの足音は、一定のリズムを刻み、やがて──




「──生きていたか!」

「無事で、何よりです」


 駆けつけたエナとイシオスに振り返ったシェーナとアズロは、驚き微笑む。


「エナ大隊長も、ご無事で」

「イシオス、よかった!」


 シェーナとアズロは、機体の両脇に立っていた。

 互いの片手を機体に当てたまま、強い眼差しで語る。


「ここは、もう大丈夫です」


「あと少しの光を放てば、この機体は自動的に永眠するよ。静かに、壊れるだけ。もう、誰も害することはありません」


 アズロの声音が、少しだけリゲルに似ている気がして、エナは部屋を見回した。


 瞳に映る、アズロの金の髪。

 部屋に散った、紅いもの。


「──≪これ≫は、リゲルか?」


 表情を崩さぬまま問うたエナに、アズロもまた、表情を変えずに頷く。


「はい。彼の──亡骸です」


 瞬間。


 すとん、と、エナの両膝から、力が抜けた。


 床に正座したエナは、静かに、ただ静かに、語りかける。


「──そうか。眠ったのだな、リゲル……。お前は、眠ったんだな」


 穏やかなその声は、涙に似た、ぬくもりで。


「おやすみ、リゲル」


 エナの微笑みに、微かに部屋の空気が振動した。

 形ない、光る何かが、蛍のように、空を目指してゆく──

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