第五章 我らは民

◇第五章 我らは民◇

〜1.長の首飾り〜



 ──さわさわ、さわさわ。

 穏やかに風がそよぐ草原に、蒼の髪が揺れる。

 蒼は空の蒼を仰いで、一呼吸。

 それからシェーナに向き直ると、首まで覆った黒い衣服の中から、ほのかな光を湛える、ひとつの首飾りを取り出した。


「──シェーナさんは察していると思うけど……うん……アラマンダはこの世を去った。だから──僕が、これを持ってる」


「……」


 栗色の瞳は、寂しそうに揺れて……そして優しい緑の瞳と目が合う。


「ね、シェーナさん」


「……何?」


 僕の灯火くびかざりに、触れてみて。

 きっと、あたたかな力をくれるはずだから──

 アズロは囁くように言い、戸惑うシェーナの手へと、それを柔らかく手渡した。


 ──瞬間。


 広がる、白の光景──

 光を受けて輝く、淡い紫の長い髪。

 澄んでいながらも深みを持った、藍色の瞳──


 首飾りに触れたシェーナの髪は淡い紫に変容し、瞳も藍色に変わり──。


 起こり得るはずのない事態に、アズロは。


「うそーーーーー!!!!?」


 ただ情けなく、叫ぶだけだった。


「何、何がそんなに……」


 呆れ顔で溜め息をつきながら、左手で長い髪を梳いたシェーナもまた。


「──嘘、でしょ? アズロが驚くってことは、これは意図せず起きたことで──。……待て待て冷静になれシェーナ、落ち着け落ち着いて考えるんだ自分」


 笑顔をひきつらせて、曖昧に笑うしかなく。

 意図せず起こった不可思議な事態に、二人はしばし呆然とするほか無かったのだった。





 ──数分後。


 ようやく我に返ったアズロは、自らの行動がシェーナに及ぼしてしまった事の大きさに気付きながらも、何故か微笑んでいた。


 対するシェーナも同様で、この髪の色もどこか懐かしい感じで嫌いじゃないわ、と、微笑を浮かべて。


「……きれい……だね」


「……ん?」


「吸い込まれるような……いろ……」


 アズロは素直に感想を述べると、シェーナににっこりと笑いかけた。


「……だいじょうぶ。シェーナさん、僕がしでかしたことは、僕がなんとかするから。たぶん、何かの反応だろうね。様子を見て、おさまらないようだったら──セレスに、行ってみよう」


「──」


「あの国なら、異質なものも併呑され得る──シェーナさんが落ち着けるような居場所を確保して、その間に、当面の誤魔化しのための栗色の髪の鬘を作って──大丈夫。君に、危害はぜっっったいに及ばないよう、取り計らうから」


 謝ったところで、どうなるものでもない。

 それが解っているから、アズロは策を探した。

 謝罪より早く、状況をフォローできるように。


 ──師団長としてのアズロの側面を垣間見た気がして、シェーナはアズロの背中側から、その両肩に、そっと両手を添える。


「焦らなくても、大丈夫。一緒に考えれば──ね?」


 ふわりと。

 いつか感じたような穏やかな風を感じて、アズロは苦笑する。


「……ありがとう」


 じんわりと、染み渡る感情。

 これは、何だろう?


 ──今までは、全て独りで。

 独りで、立っていたと思ったのに。


 ああ──

 僕は、なんて……


「……」


 アズロは少しだけ考えると、シェーナのあたたかな両手をそっと解き、正面に向き直って改めて優しく握り直した。


「……まだ、僕にできることがあるかもしれない」


「できること? 無理したら許さないわよ?」


「あはは、大丈夫大丈夫。エストイビエン、カインプロブレーム! 無茶はしないよ、ただ──」


 シェーナさんに、もう少し、僕の過去に付き合ってもらうだけ。

 そう言ってウインクすると、アズロは先ほどの首飾りをもう一度取り出し、何かを念じた。


「この首飾りがシェーナさんと呼応し合うなら、この首飾りが持つ何らかの《記憶》の中に、手掛かりがあるかもしれない。……首飾り、シェーナさんと会った時から──ずっと、シェーナさんに反応していたんだよ。震えるような……滲むような感覚で……」


「──ってことは、私がこうなったのも必然ってことも考えられるわけよね? 私は、自分のことを知らなさすぎるから──だから……もしこれが手掛かりなら、逆にアズロ、あなたに感謝すべきかもしれないわ」


「そうだといいけど……。……そう、だね。じゃあ、この首飾りに賭けてみようか」



 ──


 アズロとシェーナの目の前で、首飾り──薄藍に光るそれは、輝きを増した。


 アズロの詠唱と同時に、二人の姿は白い霧に包まれるように薄れて──



 長い……

 長い歴史を刻む、首飾りの記憶へと……。




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