第一章 静かな揺らぎ

〜1.夕暮れの町で〜



 青く青く、どこまでも澄んだ空があった。

 手を伸ばせば届きそうなのに、決して届くことはない。

 だからこそ──そこは理想だった。


 陽の光に当てると薄茶色に透ける髪を右手ですくいながら、少女は溜息をついた。


「どうしようかな……」


 夕暮れ時にはまだ早い。昨日珍しく早く寝られたせいか、今日はかなり早くに目が覚めてしまった。


「まいったな」


 髪と同じ色の瞳に、真白な左手が映る。

 少女はそれを見て、再び溜息をついた。


 一見、なんの変哲もない左手。

 この左手に思念を込めて舞っただけで、たくさんのものが傷ついてしまう。


 大切なものも、大切な人も。




 ──セレス。

 水と緑に恵まれたこの惑星を、人はそう呼んだ。


 いつからそう呼ばれているのかは知らない。

 歴史書に残る最古の記録には、すでにその名が使われていた。


 セレスに生を受けた者はみな、一様にある能力を持つ。それは<リリー>と呼ばれるものだ。

 <リリー>は、人の傷を癒すことのできる能力のことで、例えば誰かが足に傷を負ったら、他の誰かの<リリー>により、その者の傷を治すことができる。ただし、治す事ができるのはあくまでも外面的な傷であり、内面的なもの──例えば病気などは、この範囲に入らない。

 <リリー>の能力は人それぞれで、主に左手を相手の患部に当てることで力を発揮するが、一瞬で骨折を直してしまうほどの者もいれば、何度か念じてようやくかすり傷が塞がる程度の者もいた。


「まさかね……」


 少女は口許に、そっと笑みを浮かべる。


 <リリー>。

誰もが持つとされる能力。

 持たないで生まれる者もいるなんて、知らなかった。

 持たない代わりに、厄介な力を持つ者が生まれることがあるなんて。

 ──知らなかったのだ。


 微かに開かれた窓から入ってくる風が、さやさやと髪を撫でる。

 十の月の心地よい涼風に、少女はそっと眼を閉じた。

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