第二十七話 家族

― 王国歴1135年-1144年


― サンレオナール王都




 僕達夫婦やうちの両親がドミニクとジョゼフについて報告を受けたのは養子縁組がまとまった後だった。夫婦はやっとその時に姉がマリー=アンジュを早期流産していたことも教えてくれた。


 二人は子供達を迎える前、彼らに全ての事情を話して聞かせた。自分達が貴族であり、魔術師でもあること、ザカリーの出自、マリー=アンジュのことも、全てである。周りから見ると四人家族だが、姉とザカリーの中ではマリー=アンジュも含めた五人家族なのだった。


 ジョゼフの方は純粋に変幻魔法に驚き感激していた。ドミニクの方は二人の話に影響を受け、王国の魔術史に興味を持ったようだった。


「ガブリエルさんは分かるけれど、ザカリーさんが元の姿だったら僕、気付かないよー!」


「家の中では、本来の姿でもいいか? 違和感があるって言うなら、常にお前たちが知っている姿で居てもいいけれど」


「僕達のためにそこまでしてくれなくても……そのうち慣れますよ」


「お前、何いきなり丁寧語使ってんの? 今まで通りに話せよ。それに……出来れば俺達のことをお父さんお母さんと呼んで欲しい」


「お父さん、お母さん!」


 ジョゼフは実の両親の記憶もあまりなく、幼く素直なため、抵抗はなかった。


「ガブリエルさんは如何にもお母さんって感じですが、ザカリーさん、貴方は僕と十七しか違いませんよね」


「ドム、お前はいつも一言多いよな。十七も年上なんだからうやまえ!」


 姉はそんないつものザカリーとドミニクのやり取りを幸せそうに微笑みながら見守っていた。


 夫婦は子供二人を今まで通り平民の学校に通わせることにした。ザカリーも生まれは平民だし、彼に嫁いだ姉も貴族出身というだけである。そもそも夫婦は平民の住む地域に家を建て、仕事以外は裕福な平民と変わらない生活をしているのだ。




 ドミニクとジョゼフが加わり、夫婦の生活は一気に賑やかになった。子供を産んだことがないとは言え、姉はザカリーが胎児の時から面倒を見ている。男の子の育児には慣れていた。


 ザカリーの養父母ルソー夫妻も実の両親もドミニクとジョゼフのことは事後報告だった。別に血の繋がった孫でもないのだから、と彼らに会わせることも遠慮していたようである。親戚の中ではレオン父さん達が一番子供達を可愛がっていた。平民同士で付き合い易いし、気持ちが分かるのだろう。


 クロエは姉一家とこれからは子供達も含めて家族ぐるみの付き合いが出来ると喜んでいた。最初は少し戸惑っていたうちの子供達も、ドミニクとジョゼフとすぐに仲良くなれた。身分の差など、実は大人が築いた境界でしかないのだ。思春期のうちの子達も新しくできた従弟たちのお陰で少し視界が広がったようだった。


 さて、ドミニクとジョゼフは、クロエにベタ惚れした僕が彼女に猛アタックするがすぐには付き合ってもらえず、最後は泣き落としでやっと交際、そして結婚に漕ぎつけられたなどという偽情報を信じきっている。叔父の威厳もあったもんじゃない。ザカリーの奴が吹き込んだに違いないのだ。


「本当のことでしょう、フランソワ。何をそんなに怒っているのですか?」


 僕がそれをクロエに愚痴る度に、彼女はそう言って呆れたものだった。それでもクロエは結婚した頃のことを懐かしく思い出す度に、僕という素晴らしい夫を持てた幸運を改めて噛みしめているのだ。これに関しては読者の皆様のいかなる反論も突っ込みも無視することにする。


 要するに、昔を思い出すとクロエは普段よりも僕に優しくなって、そして希少なデレデレ成分をたんまりと分泌して僕に甘えてくるのだ。具体的にはどう優しくデレるのかって? それは夫婦の秘密だ、グフフ。




 おっといけない、本題に戻るとしよう。


 ドミニクとザカリーは何だかんだ言って気が合う同士だった。いつも憎まれ口ばかりの二人だったが、家族になってからはすぐにお互いを認めて、時々は姉も入り込めない結束を見せていた。度々ジョゼフも嫉妬するほど仲が良かったらしい。それは僕達が見ていても良く分かった。


 元々利発なドミニクは益々勉学に励み、将来は医学か福祉関係の仕事に就くという目標を持っていた。ジョゼフは勉強が苦手な方だったが、それでもかなり負けず嫌いな性格で、こつこつと努力を惜しまなかった。優秀な兄の背中を見ているものだから、彼に触発されて良い影響を受けている。


 こうして親子は血の繋がりはないものの、目に見えない強い絆で結ばれていた。


 ドミニクはその性格ゆえ、反抗期が心配されていた。それでも姉は厄介なザカリーの思春期を乗り越えたのである、その年頃の男の子に対しての心構えがしっかりとできていた。


「反抗期の子供に対してどう接していいかなんて、私も分からないわ。けれど、ドミニクに反抗期が来てもザックの時に比べると可愛いものだって今から断言できます」


 流石育児経験者だ、余裕である。結局ドミニクは多感な時期になってもそう養父母に反抗するわけでもなかった。


「『クソジジイ、金出せ! ババア、うるせんだよ、黙ってろ!』なんてそろそろ、そんな年頃じゃねぇのか、ドム」


 どうして本人にわざわざあおるようなことを言っているのだ、このザカリーは。


「お父さんは十代の頃かなり荒れていたらしいですね」


「誰もが通る道だ」


「人によると思いますが」


「それもそうだな。ガブは魔術を覚醒したどさくさで反抗期を謳歌できなかったみたいだしな」


「まだ赤ちゃんだったお父さんの世話で忙しかったからだと聞いています。お父さんは体も弱くてかなり手のかかる子供だったそうですね」


「それは、まあ……って何で俺の赤ん坊時代の話になってんだ、お前の反抗期について俺達語っていたんじゃなかったか?」


 自分が思春期に姉や周りを手こずらせていたからと言って、ドミニクも同じとは限らないだろう。


「僕はもう反抗期は十歳前に終わりましたから。色々苦労したせいで早成なのです」


「お前が生意気なのは今に始まったことじゃねぇが……養子だからって遠慮するな。反抗したかったらいつでもいいぞ、お母さんだってドムの自我の形成に必要なのだから、とか言うに決まっている」


「別に遠慮しているわけではありませんよ。だから反抗期の子供を持つ親の役はジョーの時まで出番なしです」


「そうかなぁ。それにしてもあの素直で母親ベッタリなジョーが憎まれ口を叩いたり、口利かなくなったりするのはちょっと想像できないな」




 ドミニクは結局ずっとザカリーと姉に対して丁寧語を使っている。それが癖になってしまったと本人は言っていたが、自分達を迎え入れ温かい家庭を与えてくれた養父母への感謝と尊敬を常に忘れていなかったのだ。


 ややもすると我儘を言う幼いジョゼフにドミニクは姉とザカリーの居ない所で自分達の立場を教えてやっていたらしい。


「俺達は養子だってことを忘れるなよ、ジョー。ふかふかの布団も、美味しい食事も、お父さんもお母さんも本来は俺達のものじゃなかったかもしれないのだからな」


 ドミニクとジョゼフはそれぞれ難しい年頃は迎えるものの、家族四人の仲の良さは変わらなかった。親としては先輩だった僕やクロエも彼らからは学ぶことが多かった。


 ドミニクは優秀な成績で中等科を卒業し、さらに上を目指して高等科で医学を学んでいた。ジョゼフは中等科に通っており、手先が器用な彼は将来、家具職人になると言っている。ドミニクの卒業式には家族総出で出席したらしい。


 姉は二人の素晴らしい息子に恵まれ、大層鼻が高いと僕達にいつも聞かせてくれていた。これが本当の親バカで、昔姉がザカリーについて語っていたあれは惚気のろけだったのだと僕は改めて姉に言った。


「姉上もやっと親バカ話をするようになりましたね」


 そして姉をそれで散々揶揄からかったものだ。


 とにかく、ドミニクとジョゼフを迎えて家族として暮らしていたその頃が姉とザカリーの人生で一番良い時期だった。




***ひとこと***

フランソワ君がどうやってクロエを射止めて結婚できたかという経緯はともかくとして……


ドミニクとジョゼフを迎えて幸せな家庭を築いているガブリエルとザカリーでした。

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