第14話「お仕事命じられました!」

 私とアーサー、エリザベス、そしてオーギュスタの4人で摂った奇妙な朝食会から数日が経った。


 朝食の後、アーサーはエリックという騎士を伴い、おしのびで王都ブリタニアの視察をしたと聞いた。


 大きな収穫があったと嬉しそうだった。

 何でも、無法者と噂されていたエリックの実弟ゴヴァンを配下とし、

 口入屋という、人材紹介業を営む怪しい平民夫婦とよしみを通じたという。


 ああ、それ面白そう!!

 正直、私もアーサーに同行したかった。

 でも私が行くと言えば、エリザベスもけして退かない。

 ふたりを連れていると、市中でも目立つ。

 おしのびの意味がない。

 考えたら、それはそうだと、納得した。


 あれから……

 夫のアーサーは昼間は殆ど、不在。

 夜だけ私の部屋へ来る。


 そして激しくも優しく私を愛し、翌朝早く、一緒に朝食を摂るというパターン。

 抱き抱かれ、愛し愛し合う事で、アーサーとの距離は心身ともどんどん縮まっていた。

 否、もう完全にお互いが分かりあったと言い切っても、過言ではない。


 しかしバンドラゴン家の人間と、私の間には大きな距離がある。


 先方が尋ねて来る事は全くないし、私からご機嫌伺いに尋ねる事もしにくい。

 当然、アーサーの両親ともコミュニケーションはとれていない。


 アーサーの父クライヴは重い病に伏せっていたし、母のアドリアナは、

 弟のコンラッド贔屓のせいか、私を避けているふしがある。

 弟妹も同じで、エリザベスとコンラッドはほぼ私を無視していた。


 重臣達も私にアプローチはしないし、警護の騎士達も付けられた侍女達も、単なる使用人の域を出ない。

 オーギュスタは別として、このブリタニアの王宮に私の味方はアーサーしか居ない。


 という事で、相変わらず私は人質扱い、とても孤独だった。

 加えて、やる事が殆ど無い。

 勝手に魔法の訓練を王宮内で行うわけにもいかない。


 アーサーから寝物語でアルカディア王国の内情を聞く事により、

 国内の詳しい状況は認識はしては来たが。


 仕方なく……

 持参した魔導書を含め、ひたすら本をたくさん読んだのと、オーギュスタから手解きを受け、室内でも行えるトレーニング等を地道に続けていた。


 そんな中、再び同じ形式の朝食会があり、今度は私とエリザベスも一緒に給仕をし、喋りながら、一見和やかに食事をした。


 食事中、エリザベスは相変わらず、私を完全に無視。

 目を合わせようともしない。

 う~ん、小姑ちゃんには、歩みよる気配全くナッシング。


 と、ここでアーサーが挙手。


「おい! お前達!」


「はい!」

「はい!」


 私とエリザベスが返事をすれば、


「おい、オーギュスタ、お前もだ!」


 とアーサーは苦笑した。


「わ、私も!? で、ですか?」


 私とエリザベスと同列に扱われ……

 さすがの百戦錬磨なオーギュスタも戸惑っているようだ。

 

 否、もしかしたら……照れている?

 アーサーへの想いが増しているせいかもしれない。

 う~ん、微妙だ。


「よし! 3人に話がある! 良く聞いてくれ!」


「「「はいっ!」」」


「昨日、爺に話を通した」


 爺とは……アーサーのお守り役、クラーク・マッケンジー公爵。

 オライリーを反逆罪で解任し、投獄してから、宰相を務めている。

 そのマッケンジー公爵に話を通したというのは、どのような意味だろう。


「詳細は後で話す。文書も後送する。まず辞令だ」


 辞令?

 官職や役職の任免に際し、その趣旨を記載し、本人に渡す文書が辞令だけど……


 アーサーはしれっと凄い事を告げる。


「イシュタル、エリザベス、お前達を宰相補佐に任ずる」


「ええっ!?」

「な!?」


 私とエリザベスが宰相補佐!?

 それって!?

 私達が王国政務の中枢に!?

 でも……宰相補佐って、具体的に何をやるのだろう?


 驚く私。

 そして、さすがに冷静沈着なエリザベスも絶句していた。


 戸惑い、混乱する私達を見て、アーサーは豪快に笑う。


「ははははは! かといって、宰相の実務を丸投げするわけではない! まずはお前達に大きな権限を持たせる為、作った職務だ」


 大きな権限?

 ……含みのある言葉だ。


「お前達ふたりは己の得意分野を生かし、王国に貢献するように」


 ええっと……

 私の得意分野は……そうか、魔法だ!


 故国アヴァロンに比べ、アルカディアは魔法の発展途上国。

 騎士にはそこそこの人材が居るが、魔法使いは皆無に等しい。


 優秀な人材を見出し、私にしっかり育成させる。

 そして強力な魔法兵団を作り、敵国に対抗する。

 そう読んだ。


 つらつら考えていたら……


「オーギュスタ! お前には我が王国の特別軍事顧問を命ずる」


「はい!」


 うん!

 納得!

 特別軍事顧問……オーギュスタには適任だ。

 彼女も頼られて嬉しいらしく笑顔である。

 何か、『特別』という文字が気にはなるが……


 そして……


「イシュタル! お前は俺と共に魔法省を新設する。つまり宰相補佐と共に大臣を、魔法省の長を兼務して貰う」


 ビンゴ!

 大当たり!!


 私は宰相補佐兼魔法省の長たる大臣。


 凄い重職。

 う~!

 やりがいがある!

 激しく燃えて来た。


 でも、言うは易く行うは難し。

 資金、ノウハウ、そして導き入れる候補者……

 問題、課題は山積している。

 でも、絶対に受ける。

 とても期待されているのを感じるから。


「はい! 謹んでお受け致しますっ!」


 大きな声でOKの返事をする私……

 でもでも!

 あれ、違和感?

 何か気になる言葉が混ざっていたような。


「ア、アーサー様! 俺と共にって?」


「ああ、言葉通りだ。実は俺も魔法使いだからな」


「「「えええええええっ!?」」」


 この場の女子全員が驚いた。

 初耳だ、そんな事!

 でも、どうりでと思い当たるふしもある。


 だけど正直嬉しい。

 頭が切れて、強くて……その上魔法まで使える!?

 私の旦那様はどこまで大きく素晴らしい人なのかと!


 心がうきうきしていた、その時!

 うっわ!

 と、私は思わず悲鳴をあげそうになった。


 凄まじい殺意を感じる。

 こ、これは……

 と思い、そ~っと見たら……


 やっぱり!

 エリザベスだった。


 彼女は鬼のような形相で、私を睨んでいた。

 仕事も恋も上位に来た、私への嫉妬に違いない。


 しかし……

 チェスの達人のようなアーサーは、しっかりと先読みし、

 この事態を想定していた。


「さて! 皆は分かっているだろうが、政策で王国の根幹を為すのは、財務だ。経済力とも言う」


「「「はい!」」」


「まあ、カッコをつけても仕方がない! ズバリ言う! 一番大事なのは金だ!」


 そう、アーサーの言う通りなのだ。

 王たる父も常に言っていた。

 国を動かす根幹はまず金、つまり財力、次に人材だと。


「エリザベス!」


「は、はい!」


「お前は俺や爺と組み、王国の為に、金もうけをする! 大金を稼ぐのだ!」


 エリザベスに!?

 全くの未経験の財務を!?

 というか、全く畑違いの商人的仕事をやれと!?


 当然というか、エリザベスは驚愕していた。


「へ? お、お金もうけ? で、ですか!? お、お、お兄様……」


「そうだ! まずは我が王国の主たる財源、塩湖の更なる活用法を考えてみせい!」


 な、成る程!

 今のアーサーの言葉で、エリザベスに対する無茶ぶりの謎が解けた。


 アルカディア王国の北方には巨大な塩湖がある。

 この塩湖から取れる岩塩を諸外国へ売り、王国は巨大な利益を得ている。

 事前に知っていたし、改めてアーサーからも聞いている。

 この塩湖の運用方法を再考するのだ。


 これって……私へ与えられた魔法省創設以上の難題。

 私は魔法が得意というアドバンテージがあるが、エリザベスにはないもの。


 あ、でも……

 気が付いた。


 この前にアーサーが言ったセリフに大事な鍵がある。

 彼は、私の時と同じように、エリザベスへ告げていた。


「お前は俺や爺と組み、王国の為に、金もうけをする! 大金を稼ぐのだ!」って。


 俺や爺と組み……

 そう、何かあればどんどんアーサーやマッケンジー公爵に相談し、判断を仰いで構わないという事。

 つまり、エリザベスがアイディアに詰まっても、アーサーが助けてくれるという事。


 アーサーは、エリザベスに難題を出したが、上手く逃げ道も与えたのだ。

 そして王国にとって最も重要な財務にかませる事で、エリザベスの自尊心をくすぐった。


 やっぱり……この人モノ凄い。

 父なんか比べものにならない。


 でも……

 まだまだだった。

 私が本当にアーサーの施策に驚くのは、この後であったからだ。

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