第7話「攻防戦決着①」

 私がアルカディア王国へ嫁ぐにあたり、

 父は念入りに調査をしていた。


 当然、私の夫となるアーサーの身辺調査だ。  

 結婚前に相手の性癖、事情等を調べるのは、

 どこの王家でも良く行う事。


 特に今回の婚姻は、完全に政略結婚。

 アーサーの弱みを衝き、篭絡するのが私の役目なのだ。

 

 特に有効な弱みがあるのなら、上手く使うのが目的への近道。

 力で勝つというのは、そのひとつだと確信していた。

 だからこのような状況となり「しめた!」と思ったのである。  


 美味しい話に釣られてしまったが、元々私は用心深い。

 あまりにも著しいアーサーの変貌に気付き、

 原因が、何らかの魔法から来ているのではと疑い、念の為探ってみた。

 

 しかし、アーサーの膂力や物言いは魔法によるものではないと分かった。

 彼をいくら調べても、結局は魔法発動の『ま』の字の痕跡も感じなかったもの。

 

 だから私は強気に勝負のゴーサインを出した。

 肝心の『扉破壊』事件を忘れていたのは失敗だったけど。


 さあ!

 いよいよアームレスリング勝負だ!


 アーサーとオーギュスタは腕をがっしり組んだ。

 男子と女子でも腕の太さは段違い。

 普通の腕と筋肉むきむきの腕。

 あまりにも対照的だ。


 余裕をもって見守る私……


 さあ、勝負に勝てば今回の任務は無事終了。

 さっさと離婚して、アヴァロンに帰ろうかな?


 でも……

 またどこかへ嫁に出されるのは勘弁……

 辛いな~王女って。


 と、鼻歌が出そうなくらい、すっかりもう勝った気でいた私の目前で……

 

 何と!!!

 衝撃の光景が展開されてしまった。


 どむ!


 木製のテーブルが肉の当たる鈍い音を立てた。

 その後は……部屋全体を沈黙が支配して行った……


 アーサーと右手を組み、向かい合ったオーギュスタは……

 驚愕のあまり固まってしまっている。

 同じく、私もショックで固まっていた。

 

 理由は簡単だ。

 アーサーが、アームレスリングでオーギュスタに勝ったから。

 それもあっさり、一方的に楽勝したのだ。


 オーギュスタは固まったまま、口あんぐり。

 あまりの驚きように、彼女の喉の奥まで見えていた。

 下手をすれば、よだれが「だ~っ」と出てしまいそうだ。


「ま、ま、ま、まさかああああ!!! マ、マ、マスタークラスと言われた戦士の私があ!! ……ま、負けたあ? この、わ、わ、私が? 戦士ではないアーサー様にぃ?」


 一方、余裕しゃくしゃくなのはアーサーである。

 何と、再戦を申し出た。


「ははははは! オーギュスタ、良ければもう一回やるか?」


「え?」


「よし、やろう! 右手で勝負したから、今度は左手で勝負だ」


「は、はい……」


 しかし!

 またも同じ事が繰り返され、テーブルは鈍い音を立てた。

 

 アーサーに対し私達が持っていた常識が、完全に覆された、否!

 粉々に破壊された信じられない状況に陥ってしまった。

 私とオーギュスタの時間は、完全に止まった……


 そのような中で、アーサーの声だけが淡々と部屋に響く。


「よし、勝負はついたな? 納得いかないなら、何回やっても構わないぞ」


「…………」

「…………」


 しかし、私達は返事を戻せない。

 ひ弱な草食系と侮っていたアーサーに負けたショックで、

 完全に戦意を喪失してしまった。


 と、ここで、

 

「おい、イシュタル!」


 アーサーの「びしっ」とした張りのある声に、

 「びくっ」と身体が震え、私は何とか返事をする。


「は、はい!」


「改めて、名乗ろう。俺がアーサー・バンドラゴンだ」


「イ、イシュタルでございます……」


「うむ! どうだ? もし疑うのなら、そこに居る警護の騎士へ本人か聞くが良い」


「そ、そんな! う、疑うなんて」


 言葉を返すのが精一杯、防御一辺倒の私へ、アーサー晴れやかに笑った。


「ならば、改めて認識してくれ、イシュタル。俺はアーサー、お前の夫だ」


「…………は、い……」


 何とか肯定した私へ、アーサーは

  

「聞け、イシュタル! 俺はな、お前を嫁にして、凄く嬉しいぞ」


「え?」


 私を嫁にして、凄く嬉しい?

 今迄の経緯を考えたら、アーサーの発した言葉は意外だった。

 

 普段の私なら、言葉の裏を読み切って、

 「打てば響け!」と返すかもしれない。

 だが、この状況では難しい。


 そんな私へ、アーサーの言葉がなおも投げかけられる。


「先ほどの話で分かった。お前は俺のテストに合格したぞ」


「アーサー様のテストに? 合格? 私が?」


「おう! 大が付く立派な合格だ。お前は可愛いだけではない。真面目で貞淑な嫁だと、俺は確信した」


「は、はい……」


「見ず知らずの怪しい男の誘いなどきっぱり断り、拒絶する。不貞行為など一切否定し、受け付けない、素晴らしい女じゃないか」


「…………」

 

 ああ、この人……懐が深い。

 勝ちに乗じて、相手の弱みにつけこまない。

 無茶など言わない……


 追い詰められた私へ、さりげなく、

 でも明るく優しく、笑顔で手を差し伸べてくれた。

 

 私の立場を……尊厳を守ってくれたんだ。


 安堵した私は……思わず力が抜け、

 「ほう」と大きく息を吐いたのであった。

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