第2話「輿入れ」

 1週間後……両親に見送られ、私は故国アヴァロンを出発した。

 当然目的地は、嫁ぎ先のアルカディア王国である。


 アヴァロンから随行する護衛の魔法騎士は、騎馬の30人。

 私は王家専用の馬車に乗り、御付きの侍女兼護衛役のオーギュスタが、

 対面に座っていた。

 オーギュスタは2m近い強靭な体躯を誇る女戦士で、

 剣技は勿論、様々な武道の達人である。

 意外な事に彼女の特技は鍛冶、否!

 家事であり、とても家庭的な一面もあった。


 そして何と!

 今回、私に付けられた侍女はオーギュスタのみ。

 普通なら考えられない事だが、一騎当千のオーギュスタひとりをつける事で、足りると父は考えたらしい。


 でも私はオーギュスタの真の正体を知っている。

 彼女は父の愛人……のひとり。

 

 そう私の父は良く言えば恋多き男。

 母以外にも、たくさん愛人を有している。


 普通の平民なら非難される奔放な行いも、

 王族や上級貴族なら咎められる事はない。

 

 それがアヴァロンの法律が許した一夫多妻制。

 ちなみに……私がこれから赴くアルカディア王国も一夫多妻制を採用している。


 アーサー王子が、いろいろな面で微妙な相手だとは認識しているが……

 せめて私ひと筋で、他に愛人を持たないで欲しい。

 そう切に願う……


 そんなこんなで馬車に揺られて約10日……

 間もなく、国境の村デルフリである。


 この村で、『人質』交換が行われる。

 そう、女子ふたりを交換するのだ。


 アヴァロン側の人質女子は当然、私……

 そしてアルカディア側の人質女子は……名も知らぬ王女。

 私の兄に嫁がせる形となる。

 

 でも相手は形式的に王女というだけ。

 彼女の正体はアルカディア某上級貴族の娘だという。


 本来なら、相手も王の実子である血がつながった王女を出すべきである。

 アーサー王子には、エリザベスという12歳となった美貌の妹が居るという。


 当然、私の父はエリザベスの輿入れを所望した。


 しかし何と!

 エリザベスは嫁入りを断固拒否したのだ。


 無理やり輿入れさせるなら、「自死する!」と彼女の父王の前で舌を噛んだという。

 大慌てした父王が、エリザベスのわがままを受け入れ、急遽、養女を立てたという顛末。


 でもそんなの許されるの?

 私は国の為を思い、覚悟を決め、嫁ぐというのに!

 

 多分、エリザベスは子供子供した幼い少女なのだろう。

 我がまま放題の、つんけん少女のイメージがはっきりと浮かんで来る。

 そんな子が私の『小姑』なんて先が思いやられる。


 つらつらと考えながら、私は馬車を降りた。

 警護してくれたアヴァロンの魔法騎士達へお礼を言い、

 今度は、アルカディア側が用意した馬車へ乗り込むのだ。


 アルカディアの馬車に向かうと途中で、相手の『王女』とすれ違った。

 お互いに軽く会釈する。


 そっとチラ見したら……

 『王女』の顔は辛そうにゆがんでいた。


 そりゃそうだ。

 本来なら、この子が異国に行くなんてありえない。

 彼女はわがまま王女エリザベスの犠牲、人身御供となったのだから……

 まあ、私も人身御供なのは、同じだけど……


 10mほど歩き、すぐアルカディアの馬車に着いた。

 私の傍らにはオーギュスタがぴったりと寄り添っている。


 歩く先に1台の馬車が停まっており、20人ほどの騎士が整列していた。

 見やれば、兜、鎧の仕様がアヴァロンとは全く異なる。

 アルカディアの騎士団であろう。


 と、ここで列から、老齢の男性騎士が一歩踏み出した。

 深く礼をする。


 彼とは、2回会った事がある。

 そう、アルカディア側の使者としてアヴァロンへ赴いた、クラーク・マッケンジー公爵である。


 公爵の年齢は70歳を楽に超えているだろう。

 叩き上げ、老練な騎士という趣きである。


 ぎろりと睨む、傍らの猛女オーギュスタの迫力に、やや押されながらも……

 公爵は口上を述べる。


「イ、イシュタル様、遠路はるばるお疲れ様でございます。我がアルカディアへようこそ、さあどうぞお乗りください」


「出迎えご苦労さま」


 と私は控えめに、尊大に見えないよう一礼して言葉を返した。

 

 何事も最初が肝心。

 「出迎え大儀じゃ」などと、のたまったら、

 アルカディア側の反感を買うのは100%確定である。

 

 エリザベスを反面教師にするのならば、腰の低い良き嫁として、極力対照的に見せないと。


「さあ! イシュタル様」


 オーギュスタに導かれ、私は新たな馬車へ乗り込んだ。

 先ほどまで身代わりの王女が乗っていた馬車である。


 恨みつらみ……

 身代わりの彼女が持ち続けた怨念の波動を感じた気がして、思わず鳥肌が立った。


 すぐに扉が閉められ、馬車はアルカディア王都のブリタニアへ向けて出発した。

 更に約10日間、馬車の旅が続く……


 覇気の無いダメ夫に、超が付くわがままな小姑。

 暗雲が立ち込める予感に、私は大きくため息をついていたのであった。

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