第7話

 私は、昔から真似事ばかりだった。


 はじめからそうだった。公募に出した小説は、好きになった作家を真似したものだ。その次は、ジュンの小説を真似したもの。あの公募に受賞したものを何度も読み返して、どうすればいいか考えた。

 それから先も、ずっと。そうすればきっといいものができると考えて、真似し続けた。好きになった作家だけじゃない。映画、音楽、絵画からも、気に入ったものは、みんな真似した。


 だけど、そのせいで、取りこぼしてたものがあったかもしれない。だから、これを最後の真似にしようと考えた。


 私が小説を志すきっかけとなった、彼女の小説。そこで、主人公は亡くなった友人に託された本を、遺言に従い炎にくべる。物語の中では、それは友人との再会のための儀式だが、私の場合は、真似ばかりに取り憑かれていなかった私との再会の儀式だ。



 ドラム缶に、ノートを放り込む。一つ、二つ、……持ってきたものも、置いてあったものも、すべて。

 母に許可をもらって、裏山に来ていた。父が先祖から受け継いだ土地。ここでは、ものを燃やすことが許可されている。合法とか違法とか、そんな事を気にするところが、彼女の小説の主人公と違って、ちょっと恥ずかしい。だけど、気にならなかった。すでに、気持ちは穏やかだった。


 ノートをすべて放り込んで、最後に万年筆を取り出す。

 最後まで躊躇はあった。ジュンからもらった思い出の品だったから。色んな思い出が詰まっていたから、それを捨てるのは、自分の一部を捨てることにほかならない。

 だけど、自分の一部になるほどだからこそ、捨てるべきだった。


 私は万年筆をドラム缶に放り込んだ。

 甲高い音がした。

 私は古紙を中に入れて、瓶にうつして持ってきた油をかけた。

 顔を上げると、今日は満月だった。

 私はマッチを擦った。


 火が灯り、夜がさっと身を引いた。私はドラム缶の中に放り込んで後退る。

 中で、音が鳴った。炎は、揺れながら立ち上った。

 私はその場から動けなかった。炎が消えても、まだ、動けなかった。

 ねんのため、水をかけておく。熱せられていた鉄が急に冷やされて、湯気を吐いた。ドラム缶の中を見ると、黒い塊がたくさんあって、その底で、万年筆が溶けてひしゃげていた。



 帰り道。なにも持たずに歩いているいるせいか、どこか、気持ちが軽かった。

 スニーカーの靴底の感触を感じていると、まるで歌を聞いている気がしてきて、気持ちに任せてスキップする。

 月夜が、気持ちよかった。

 母に、ちゃんと言おう。ジュンに、謝って、また友だちになろう。わけもなく、そう思うことが、できた。

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わたしだけの「言葉」 犬井作 @TsukuruInui

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