よく見ると複数形(続編への布石)

 乳房に異常な執着をみせる四十路目前の男性が、自らの存在をブラジャーそのものにせんと奮闘するお話。
 何を言っているのかわからないと思いますが、わたしも何を読んだのかわかりません。なんだか恐ろしいものの片鱗を味わいました。
 おそらくは不条理もののコメディだと思うのですが、それを言ってしまうと上の二行でもう言いたいこと全部言ってしまっているので、ちょっとネタバレにはなってしまうのですが、個人的にグッときたところを語らせてください。
 全編通してテンション高めのお話なのですが、その実細かいところにちょこちょこ悲哀が滲んでいるような気がして、それが妙にチクチク刺さってくる感じが面白かったです。というのもこの主人公、どうもこのお話の開始時点まではまともっぽいんですよ。急に会社を無断欠勤し始めて、それを不審に思った電話が来るくらいなので。急に何があったの、と思うと結構ホラーですし、なにより最後のひとこと、振り仮名でふられた「ギタイする」のひとことが強烈です。
 ずっとブラジャーになるって言ってたし、現に今も「なる」って供述してるのに。もしかしてこの人、認知機能のどこかでそれがあくまで擬態に過ぎないって理解している?
 この、わずかに残った正気のかけら。あるいは前日までは普通の真人間だったという現実。冷静に想像するとだいぶしんどいこれらの事実が、いや全然そういう話でないのはもちろんわかっているんですけど、でもそれはそれで美味しいというかスイカにかけた一振りの塩みたいに効いてくるという、なんとも強烈な作品でした。

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