9駅目 大久保

 女の背中にオイルを垂らし、大きな手でそっと塗り込む。陶器のように白く滑らかな肌に触れる度、少し身体を震わせる。徐々に手を下に下に這わせると待っていたように細い足を少しだけ開く。了承済みであることを確認し、足の間に入り込む。


 この商売を始めてもう7年になる。大久保の路地裏の古いビル、そこの一室に俺の店はある。


日本で語学を学ぶために韓国から来たものの、来日してすぐ両親が事故で死んだ。帰ろうにも肉親はおらず、日本で就職することを決めた。その矢先に、地震に見舞われ就職も思うように出来ず、大久保に流れてきたのだ。大久保はコリアンタウンだけでなく多くのアジア人を広く受け入れている街。そのため、時々自分が何人かわからなくなる。そもそも、どこで産まれたか、何の血が通っているか、なんてどうでもいい事なのかもしれない。確かに俺は此処で生きているのだから。帰る場所なんてない。


 生計をたてるために、マッサージを学んだ。神田の店に入れてもらい資格も取った。しばらくは恩返しのつもりでその店で働いたが、反りが合わない同僚を殴り辞めさせられた。人間関係は苦手だったため、独立を決意し大久保の地に自分の店を持つことになる。

始めは至って普通のマッサージを生業としていたがそれだけでは食べていけず、裏メニューを追加した。ホームページはそういうことを望む人が見ればわかるように書き換えた。


 お客は面白いように増えた。欲を満たせない女はもちろん、男を相手にすることもある。これで食べていけるのだから文句はない、プライドも早いうちに捨ててある。ただ、時々思う。一生こうやって人の欲を餌に喰っていくつもりなのか、と。


 今日、最後の客は若い女1人。

 案の定、女は飢えていて俺を向かい入れる。狂ったように喘ぎ悶える女を冷静に見つめ、ポイントを探る。もっともっと、と言わんばかりに腰をくねらせ、深く俺自身を咥え込む。発射するフリをして事を終わらせ、女の上になだれ込んだ。

 女は徐ろに俺の頭を撫でる。少し驚いて身体を離そうとするが、女は気にせず愛おしそうに撫で続ける。何故か涙が出そうになり、女の肩に顔を埋めた。


 それから、一言も話さず2人でシャワーを浴び、お会計を済ませる。

 帰り際、女は言う。

「今日はありがとうございます。私酷い振られ方をして落ち込んでたから。」


 俺だけを残して振り返りもせず帰っていった女を追い掛けもせず、部屋も片付けず、ただ立ち尽くす。


 愛に飢えてる女に愛を求めてしまったことを深く後悔した。あの女にとって俺は誰かの面影でしかないのだから。

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