人の振り見てメランコる明日の身

@dekai3

甘いモノは暫くいいわ

「んー。おいしぃー。この天然の甘味料を使った贅沢なスイーツさいこー」

「そんなに取ってきて食べられるの? 残したらペナルティあるんじゃない?」

「だーいじょーぶですよー、だーいじょーぶ。こーんなにおいしいんですから」

「……そう」


 テーブルに所狭しと並べられたお皿に乗った色とりどりのケーキを頬張り、瞳孔をハートマーク型に輝かせながら舌鼓を打つ彼女を見て、どうして私は久しぶりのオフにこんな所に居るのだろうと考えてしまう。


「ジーさーん、撮れてますー? ほら、このケーキの色は僕のリボンの色と一緒なんですよー? カワイイでしょー? 撮って撮ってー」

「はいはい、かわいいかわいい」


 どうしても何も、この目の前であざとくポーズを決めながら電脳ブログに載せる為の写真を撮ってくれとせがむ承認欲求の権化の電脳偶像サイドルの口車に載せられてやって来たのであって、現実逃避をしようにも結局は自業自得でしかない。


「ほらー、撮ったらジーさんも食べて食べてー。せっかくのスイーツビュッフェなんだから色々食べないと損ですよー」

「私の有機転換炉胃袋はそんなに大きくないの。少しずつ頂くわ」

「あー、そういえばそうでしたねー」


パクッ モグモグ ゴクン


 私に『食べて』と勧めながらもツーショットを終えたケーキ達を二口程で食べきる彼女。元々のケーキのサイズが小さいのもあるのだけれど、そんなに大きな口を開けるのは恥ずかしくないのかしら。

 まあでも、食べている姿も撮って欲しいと言われているので撮影は続ける。それがこの調の対価なのだから。


「それにしても、よくこんな特級市民しか入れないようなイベントの参加権を持っていたわね。貴女、戸籍無いでしょ?」


 そう。本来ならばこの様な富裕層の為の場所は上級よりも上の市民しか入れない筈であり、私達の様な遺物漁りスカベンジャーはどれだけ着飾ろうと身分照会をするまでもなく入り口で撥ねられるのが普通だ。

 遺物漁りスカベンジャーとは前時代の文明の技術やら道具やらを遺跡から漁って持ち帰る事で生計を立てている者達の総称であり、この街に無くてはならない職業ではあるが、身分を持たない最底辺の人間でも出来る仕事という事でまともな扱いはされていない。私達のクランは大きな仕事もこなしているので他のクランよりかは信頼があるけれど、それは行政からの信頼であって民間人からしたら十把一絡げだ。

 その上、今回私をこの場に連れてきた目の前で無駄に星やらハートマークやらを飛ばしながらいかに自分が可愛く見えるかの百面相をしてケーキを頬張る自称電脳界のアイドルは戸籍が無いので市民権が無く、上級どころか下級の市民ですらない。

 それなのに、入り口で彼女がわざとらしく胸の谷間から取り出したチケットをスタッフに見せた所、本来なら行って当たり前の身分照会も無しに入場出来たのだ。


「あー、その事ですかー? なんて事は無いですよー。僕のブログのファンの政府高官にお願いしたら特別に枠を作ってくれたってだけですからー」

「あなた…それ……いえ、いいわ…聞かなかった事にする……」

「流石に名前は出さないんで大丈夫ですよー。相手の事を深く詮索しないのが『パパカツ』っていう古の風習のマナーみたいですしー」


 この復刻エンパイアホテルは民間企業が再建した物であって、いくら政府高官と言えど自由に上から『席を開けろ』と命令出来る訳ではない筈だ。

 という事は、最初からその高官用に割り当てられている枠を譲っているという可能性が高く、フォーマルなドレスを着ている私はともかくとして、オーダーメイドでフリル過剰のロリータなワンピースを着た少女がその政府高官の名前で入店した事になる。

 娘と思われるには無理があるだろうし、下手をしなくてもホテルの従業員には私も含めて愛人と思われているだろう。

 流石にそういった情報を外に漏らすようなホテルでは無いだろうが、この市の行政は大丈夫なんだろうか…


チリンチリーン パイガヤキアガリマシター


 私がこの市の行く末に不安を感じた時、スイーツが盛られている場所の隅で鐘が鳴った。

 こういった客が自分で食べる物を取りに行く形式の食事はある程度並べられた料理が減ってから新しいメニューを並べる事が基本であり、最初に置いてあるのは温くなっても味の変わらない料理だったり原価が低い料理だったりする。

 前者は長く置いていても問題が無い為であり、後者は最初から沢山の料理を手に取る大喰らいの客に原価の高い商品を少量しか取らせない為だ。

 なので、大抵こうやって追加される料理は希少だったり、高級な素材を使った物だったり、出来たてが一番美味しい物になる。


「あ、ジーさん! 行きますよー! あのパイは聖書に書かれたという伝説の果実のリンゴを使っているんです! ここで食べておかないと損です!」


 他にも会場が一段落した所に新しい料理を出す事で常に客に高揚感を感じさせてイベント自体に好印象を与える為というのもあり、テーブルの上のケーキがまだ残っているというのに新しい物を取りに行こうとする彼女は、まんまとその作戦に引っかかっている。


「ちょっと、私は柔らかい物しか喉を通らないわよ?」

「余ったら僕が二つ食べるんで大丈夫でーす! ほら、早く早くー!!」

「はあ、もう…分かったわ…」


 明らかに周囲の客から浮いてる服装と言動をしながらパイの列に並んで大声を出す彼女を見て、私は感じるはずのない頭痛で頭を押さえながらその列へと参加する。

 流石上流階級と言うべきか人が出来ているご婦人が多く、あの騒がしい様子はどうやら微笑ましい物として受け入れられている様だ。完全に子ども扱いだが、確かまだ産まれて数年だった筈なので子供と言えば子供なのだろう。

 そして私には前に並んでいるご婦人達から『お連れさん、可愛いわねぇ』と声がかかり、頼んでも居ないのに次々と順番を変わってくれて彼女に追い付いてしまう。

 彼女は『えへへー、皆さん優しいですねー』なんて笑顔で言っているけれど、私は申し訳なさと恥ずかしさで、今すぐ帰りたい気持ちでいっぱいだ。




◇ ◇ ◇ 




「いやー、食べましたねー。お腹いっぱいですよー」

「帰ったら食道の洗浄をするわ…クリームがこびりついてそう……」


 あれから彼女は会場中のご婦人達から気に入られ、あれはどうこれはどうと様々なスイーツを持って来られては美味しそうに食べる様子を観察されるという、ちょっとした餌付け会が開催されていた。

 私はスイーツを持ってくるご婦人達に対して(上流階級の人間に失礼を働いてはこの街で生きてはいけない)とハラハラしながら対応したのだが、ご婦人達は彼女を孫娘か親戚の子供の様に扱っていたので、かなり失礼な言動をしていたのも『子供だから』という事で大目に見てくれていた様だ。

 私のぎこちない対応も『お転婆な子の保護者として苦労している』という感じに受け取ってくれていたらしく、最終的には私もご婦人達に勧められるがままに大量のスイーツを食べさせられる羽目に陥った。

 生クリームやゼリーならともかく、しっかりとした固形物になると口内に歯を用意していない私の義体では食べる事が出来ないので、いくつかは勧められても断ってしまったのを失礼に思われていないといいのだが……


「さーて、今日の様子も早速ブログに載せちゃいますよー。今日の日記も間違いなく人気記事になりますねー」


 彼女はそう言いながら、ホテルの地下駐車場にある装甲車のコンテナに取り付けた義体用ハンガーを開ける。


「じゃあ、端末とのリンク切りますんでー、カメラは中のコンソールに繋いでくださいねー」

「分かったわ。一応他の人たちの顔は修正しておくのよ?」

「だーいじょーぶですってー。顔出しの許可貰ってますしー」

「……そう」


 これ以上何か言っても無駄だと感じ、深くは追及せずに装甲車の中へと入り、通信席の端末にカメラを繋ぐ。


『接続ヲ確認。感謝シマス』

「いいわ、ちょっと疲れたけれどおいしかったもの。今度は皆で行けるといいわね」

『考エテオキマショウ』


 装甲車内のマイクからは先程の義体とは全く違う機械質な音声が流れ、喋り方もよくある管理AI然としていて温かみを感じない。

 恐らく出荷時のデフォルト設定から弄っていないのだろう。というのに。


「たまに本体の貴女と端末の貴女と、どっちが本当の貴女なのか分からなくなるわ」

『ドチラモ私デス』


 装甲車と少女型躯体で喋り方も性格も全く違う事を再確認し、 ハァ とため息を吐く。

 先程合ったご婦人達は自分が『可愛い』と言っていた相手がだと知ったらどんな顔をするのだろうか。

 席を譲ってくれた政府高官もそうだ。自分が熱を上げている電脳偶像サイドルが稼働5年にも満たないプログラムだと知ったらどう思うのか。

 まあしかし、誰も相手の本当の中身というのは分からない者なので、表面から見える部分だけで判断して付き合っていくのが世の中という物だろう。

 私だって元は男なのだし、80年も生きていればこういう事もあるわね。


「じゃあ、私は今日の味覚データの整理をするから、安全運転でお願いね」

『シュアー、グランパ』


 とりあえず、今日食べた物のデータは保存・分析し、合成食材でも似た物が作れないかを試してみよう。

 上手く出来たら旦那にも食べさせてあげるかな。レシピを売るのもいいお金になりそうね。

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