イケメン兵士

その城――メイガスランド・アスクレウス伯グスタフ=エル=ヌークリヒの住まう古城は、西大陸南西部に位置する小さな半島の先端にあった。


文字通り、最先端である。その城は断崖絶壁の上に聳えていた。周りのほとんどに海を見下ろし、大陸中心部に向かう僅かな陸地を深緑の森に塞がれた巨大な石の城は、遥かな刻に亘って吹き付ける海風に晒されながらもなお色褪せることなく圧倒的な存在感を誇示していた。


崖下を見下ろせば陽光に照らされて煌く海原、陸に目を向ければ飲み込まれそうなまでに雄大な森林、眼を瞑れば潮と草花の匂いを一息に吸い込むことができる。

しかし、情緒的にはこれ以上望むべくもない立地ではあったが、同時に現実的な地の利は最悪とも言えた。


何しろ交通の便が壊滅的である。グスタフ伯爵の城は、本来彼が治めるべきアスクレウス領の中心地からはかけ離れている上、間を塞ぐ森には二台の馬車がすれ違うのにさえ慎重にならざるを得ないような、おざなり程度の小道が一本敷かれているに過ぎない。海側には港があるが、これもまた海神ポセイドンのくしゃみ一つで消し飛んでしまいそうな小港で、とても一国の伯爵様がお住まいになるに相応しい環境であるとは言えなかった。


城の正門には、一人の兵士がどっしりと立っていた。メイガスランドの象徴である一角獣ユニコーンを模した角兜と鉄の鎧に身を包んだ男は、同じく一角獣の紋章の刻まれた長剣を携えている。


「何者だ」


門番の兵士は、私たちに剣をちらつかせながら口を開いた。

20代そこらか。すらりとした長身で、角兜の下から覗く顔はなかなかの男前。

わたしの美貌を五兆点とするなら、まあ90点ぐらいの美男といったところか。


「マレウス=マレフィカルムと申します」

胸に掌を当てて上品に頭を下げ、姉さんは今日もさらりと出鱈目な名前を告げた。

「そっちの二人は?」

イケメン兵士の瞳が、姉さんの後ろに立つわたしとレイに向けられる。

「いずれもワタシの従者にございます」

正確にはレイは従者ではないが、特に異議もなさそうに黙っていた。


「グスタフ伯に謁見を願いたいのですが」

姉さんが言葉を続ける。

「伯に謁見。何用ゆえか」

「本日は、伯に貢ぎ物をお持ち致しました次第で」


「……貢ぎ物」

兵士がかたちの良い眉をひそめるのが、兜越しにも容易に読み取れた。

「食物か」

「左様にございます」

姉さんに横目で促され、わたしは抱えていた木箱を差し出して見せた。


「伯の名は有名でございますので」

本当は、わたしは昨日まで聞いたこともなかったのだが。

依頼にあたっては、わたしはいつも必要最小限の知識と背景だけを姉さんから説明される。伯爵がわざわざこんな辺境の古城を選んで住み着いているのは、彼が厭世者えんせいものだからというわけではない。


まず――森ではケモノや鳥が獲れる。山菜や木の実が採れる。山には伯爵の意向によって、本来この地方には生息しない種のケモノが多く放されており、この土地には原生しない植物も栽培されている。


そして、海では魚が獲れる。崖下の浜辺には巨大ながあり、やはりこの近海では獲れない魚が飼育されている。また、港には小さいながらも絶えず大量の貿易船が訪れ、各大陸から様々な食材・酒・香料を運び入れている。


そう。伯爵の城は、ただ世界中の食材を出来る限り新鮮な状態で結集する事、それのみに特化されている。

アスクレウス伯グスタフ=エル=ヌークリヒは、知る人ぞ知る美食家なのである。


「……分かった。入るがいい」

木箱をちらりと見ただけで、イケメン兵士は中身を確かめようともせずに剣を下ろした。


「中に入るとすぐに係の者がやってくるから、謁見えっけんの意を伝えれば取り次がれるだろう。少々待たされることになるかも知れぬが心配は要らぬ。伯爵は食物を持ってきた客を追い返す事は決してしない」

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